連なっていればそれが列車
それからはまず張り切ったセーラと一緒に、街に出るための衣装を選んだ。
男の子の格好をするということで、すっきりした暗色のズボンに、クリーム色のシャツ、その上にやはり袖なしの浴衣のような前合わせの深いチュニックを着る。女性の物と違って丈は短い。それにかつらをかぶった。この大陸の一番普通の髪色、くすんだ金色だ。目の色を目立たなくするために、前髪は少し長めにしてある。化粧をしなければ、女の子っぽい12歳で通るだろう。王子のちっちゃい版だ。
「あー、これ、いい」
真紀が言う。
「そうですね、真紀さまの着ておられたご衣裳にも似ておりますものね。あれは完全に男もののように思われますが、お国での最近のはやり物でしょうか」
「はやり物、と言うか、社会人、つまり働く女性の制服みたいな感じで。ズボンの人もいればひざ丈のスカートの人もいると言った具合だったよ」
「働いているときはともかく、服装はみんな思い思いだったし、ズボンの女性も多かったよ、セーラさん」
「なんとまあ、それは……」
やはり女性は長いスカートがいいようだ。
「このチュニックならば、ウエストのあたりからすそにギャザーを寄せてもっとゆったりと広げて、女の人はその下にハーレムパンツみたいなのを着たらかわいいと思う」
「ハーレムパンツというと?」
「すそをゆったりとさせて、きゅっと絞った形。ワンピースの袖みたいな」
「ワンピースの袖。ワンピースの袖。なるほど、なるほど。さっそく試作を依頼しますわ!」
ははは、仕事が早いな。千春はおしゃれが好きだったので、こう言った工夫は楽しいと思う。
しかし、また魔石が育ってきていた。
「目立たないリボンみたいなのはないかなあ」
「そうですね、髪の色に近い幅広のリボンを巻いて、結んだ端を髪の毛に隠せば……こうっと」
「あー、いいな、目立たないね」
鏡の前には、ややぼさぼさ頭だがどこぞのいいところの少年が二人、映っていた。
「これなら聖女とはわかりますまい!」
セーラさんが誇らしげだ。
そして次の日から、午前中はエアリス、グルド、ザイナスに海の向こうの三領について、家庭教師の人に人間領の地理と歴史を学び、お昼を挟んで午後から街に出かけるという生活が始まったのだった。
王子に連れられて初めて街に出たとき、後ろにはザイナスもグルドもエアリスもつき、さらに護衛までひきつれて仰々しいいで立ちだったが、街の人は驚きながらも貴族の子としてていねいに真紀と千春を扱ってくれた。聖女だとはうすうすばれていたかもしれないが、それを指摘して困らせる町の人などいなかった。
人間領のうち、アーサーを王に戴くこの国だけが他の三領とつながっている。鳥人は街の上を飛び、街にはエルフもドワーフもいる。店を構えている者もいるので、街の人はおおらかで異なるものへの抵抗がない。
やがて毎日のしのばないお忍びは公然の物となり、護衛は外せなくても、お目付役は一人となった。もっともみな真紀と千春と街に行きたがったので、このお付きの一人は争奪戦だった。敗れた残りの三人は強制的に城での仕事に引っ張られていく。仮にも王子と三領の外交を担うもの、各国の客人の手配やこの時とばかりの交流に休む暇も本当はないのだった。
真紀と千春はどんなにこの外出を楽しんだことか。
何より驚いたのは、皆の抱える大きなカバンだ。日本のカートのように、車輪を付けて引いて行く人もいる。何よりも荷車を片手で引いている人がいる。
「あんな大きくて重いもの、女性でも軽々と持って歩いてるよ!」
驚く二人に、グルドが説明してくれた。
「授業で魔石の勉強をしただろう。ダンジョンの魔物から出る浮遊石について」
「え、あの、物を浮かばせるという」
「マキは飛行石みたいと言っていたではないか」
「それを飛行船に使っているという説明は聞いたけど」
グルドはさらに説明してくれた。
「飛行船を浮かばせるほどの浮遊石はまずなかなか取れないが、小さい魔物からは小さい浮遊石が取れ、それを応用すると、重い荷物を入れても軽く持てると言うカバンの出来上がりなのだよ」
「でも浮かびあがったりしないんですか」
「ふむ、これをごらん」
グルドは自分の持っているカバンを見せてくれた。
「え、ダイヤルがついてる」
「カバンを持って、反対の手でダイヤルをまわしてごらん」
「え、はい、う、わー」
ダイヤルをまわすとカバンがどんどん軽くなる。
「このダイヤルで浮遊石の影響の調整をする。重いものから軽いものまで同じ重さでもてると言うわけだよ」
「ではあの荷車も」
「そう。台座に浮遊石が仕掛けられているというわけだ」
その究極が列車だった。日本の電車の一両の3分の一ほどの長さの箱型の車両が五台、馬にひかれていた。馬なんだ。
「浮遊石のおかげで五台あっても馬にはさほど負担がないのだよ。むしろ適度な重さを付けて荷台が動かないようすることに工夫が必要だった」
グルドは開発に関わったものの一人としてその苦労を話してくれた。
「同時に、海の下のこの隧道を掘るのも大変でなあ。いくらドワーフが坑道の達人とはいえ、一度でも崩れたらすべて終わり。古から伝わる海の下の道の伝承を元に、その道を拡張し支えつつ100年近くかかったわ」
今では最短で4時間でドワーフの領まで行きつくと言う。
「とはいえ、中間地点の人魚島にいったん出るのでな、二時間走り、一時間島で休憩、もう二時間でドワーフ領と言ったところだな。普段は朝晩一便ずつ出ておるよ」
人魚島も気になるが、ちょうど列車が到着し、乗客が降りてきた。一両目からは裕福な人が、二両目からは普通の人たちが出てきていた。
「マキ、チハール、気になるか」
「「はい」」
「旅行をするだけでもやはりお金はかかるのだよ。だから列車を使えるだけでも富裕層と言うことになる。もっともたいていはそういう人たちは専用列車を貸し切るのだが」
みんなで見るともなしに一両目を眺めた。どうやら個室になっているらしい。二両目からは普通に向かい合わせの4人席だ。
「しかしな、小さい商売に出る人もいれば、他領にいる親せきを訪れる者もいる。また他領で一旗揚げようとやって来る者もいる。人間側からだと、ダンジョンで魔石をとる冒険者として行き来する者も多い。そう言ったものたちのために、狭いが安い座席も用意されている。それが、二両目、時には三両目、そして残りが貨物と言うことになるな。今は聖女のお披露目と言うことで、あちこちから大変な人出なのでな、臨時に増便して対応しておるようだ」
二、三両目からは楽しそうな家族連れ、屈強そうな男たちや、子どもだけの組も出てきていた。服はうす汚れている。
「あの子たちは」
「親戚を頼ってきたのだろうよ。そうでなければ孤児院に送られるのか。おそらく親が冒険者で、なにか不幸があったのだろうて」
ここは夢の国と言うわけでもないのだ。貧富の差もある。真紀と千春は、手をしっかりつなぎ歩いていくその子供たちを遠くから静かに見送った。