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ぽちゃんと落ちたのは

なにかようすはおかしかったのだ。


真紀が空手の型をやって見せると、獣人の人たちは大いに沸いた。次々に自分もやってみたいというものが現れた。空手の形と言うのは、見た目ほど簡単ではない。実際に相手がいるつもりで演じなければならないのだから。真剣にみんなに伝えたし、獣人の人たちも真剣にやってくれて、とても楽しい時を過ごした。


だから、頭上のゲイザーの動きが少し激しくなったのも、それを見て興奮したせいだと思ったし、四つ足の魔物がのそりと動いて森のほうへ向きを変えたのにも気が付かなかった。胸に沸き上がる不安と怒りも、自分が久しぶりに空手をやって興奮しているせいだと思ってしまったのだ。


ある程度すると、獣人も宴会に戻り、ゲイザーも落ち着いた。真紀も残っていたエールをグイッとあおると、立ち上がった。


「じゃあ私ももう休みます」

「マキ、昨日も今日もありがとう。マキとチハールがずいぶん魔物を減らしてくれたから、明日からは今いる人数でもなんとかなるだろうと思う。そうこうしているうちに、増援部隊も来ることだしね」


レイアもありがとうと頷いてくれた。


疲れたけど、面白い日ではあった。でも、千春にとっては熱が収まった後なのに大変な一日だったよなあと夜空を見ながら思う。もう眠っているだろうけど、早く部屋に戻ろう。


今度こそ窓からではなく、建物の正面から入ることにニヤニヤしながら玄関を抜けると、真紀はフロントに部屋の確認に行った。真紀と千春の部屋はそのまま一階の部屋だという。


昨日はうっかり千春のベッドで寝ちゃったけど、そういえばベッドはちゃんと二つあった。鍵を預かり、なるほどと部屋に向かおうとして真紀はふと立ち止まった。


なんで鍵がもらえたんだろう。それはもちろん、二人部屋だから二人分鍵が用意してある宿もあるけれど。


真紀はフロントを振り返った。


「あの、千春は、もう一人の聖女が先に来てますよね」

「いえ、お二人とは伺っておりますが、お客様以外、鍵はお渡ししてはいませんけど」

「え? きてない?」


真紀は一瞬立ち止まると、


「ありがとう」


と言って部屋まで急いだ。


「きっと窓から入ったんだよ。そう」


焦る手ではなかなかうまくいかないけれど、大きな金属のカギは最後にはガチャリと鍵穴に入り、真紀は急いでドアを開けた。


「ちはる?」


小さな声で呼ぶが返事はない。もう寝ているなら申し訳ないけれど、真っ暗な部屋の明かりをつけさせてもらう。衝立の向こうをそっと覗いてみると、


「あれ、千春、いない……」


ベッドは朝整えられたらしく、誰も使った気配がない。部屋を見渡してみても千春の気配すらしない。


どくん、と心臓が大きくなり、ぎゅっと何かにつかまれたように胸が苦しくなった。


「ち、違う建物に泊ってるんだよ、きっと」


部屋の隅にそのまま置かれている荷物は、きっと持っていくのが面倒だっただけに違いない。


「でも、でもちゃんと確かめて、そう、千春の顔を見たら安心して眠れるから、そう」


真紀は誰にともなくそうつぶやくと、後ずさりして部屋を出た。


「あの、連れが見当たらないんで、その、他に宿泊施設は」

「ありますけど、冒険者用の武骨なもので、普通のお嬢さんなら泊まらないようなところですよ」

「えっと、一応どこかな」

「裏手ですが、酔ったものの多いこの時間はお勧めしません。心配なら、レイア様に一言言ってからのほうが」


受付の人は親切にそうアドバイスをしてくれた。


「うん。そうだ。自分で焦ってるより、レイアに聞こう。ありがとうございます!」

「もう遅いですからね。早めにやすんでくださいね」


温かい言葉に送られながら真紀は宿を走り出た。広場はすぐそこだ。レイアはザイナスと仲良く話をしていた。


「おや、マキ、どうしたんだい」

「千春が、千春が部屋にいなくて」

「なんだって? 昨日の部屋をそのままとっておいたはずだけど」


レイアはいぶかしげに真紀に聞き返すが、ザイナスがレイアの前にすっと手を出した。


「ザイナス?」


問いかけるレイアにかまわず、ザイナスは真紀に聞いた。


「マキ、荷物は?」

「そのままなの。部屋を間違えても、持っていくよね、普通」

「ふむ。何かおかしいのだな?」

「うん」


おかしいと言葉にした途端、不安が押し寄せた。


「ど、どうしよう」

「マキ」


ザイナスは立ち上がると震える真紀をそっと抱き寄せた。


「マキ、落ち着くんだ」

「でも」

「何もないかもしれないではないか。二人は仲がいいが、聖女同士の特別なつながりなどはないのか」

「そんなのないよ……でも」


真紀ははっとした。


「ゲイザーを通せば! 千春がゲイザーとつながっていれば!」


そう言えばさっきゲイザーのようすがおかしかったではないか! 真紀はゲイザーに気づかなかった自分に苛立った。しかしできることをしよう。


真紀は胸にぎゅっと握った手を当てた。ゲイザー、ゲイザー。


どうしたんだ、というゲイザーの気持ちが伝わる。特に何も焦ったようすはない。なんて聞けばいいんだろう。曖昧な質問は伝わらない。


「千春のいる場所はわかる?」


ストレートに聞いた。上のゲイザーが心なしかざわざわしている。


着いて行っているものがいるよ……だが早い。力尽きて落ちてしまったものもいる。


「落ちた? 何のことだろう」


真紀の頭の中に、猛スピードで何かを追いかけ、形を保てなくなって魔石に還り、そのままぽちゃんと落ちてしまったゲイザーのようすが伝わってきた。


「ぽちゃん?」


池、か海?


「海……まさか……」


ぶつぶつつぶやく真紀を、話しかけたいが話しかけてはいけないだろうと迷うザイナスとレイアが見守る。


何体ものゲイザーの視点なのだろう。それを受け取る真紀は若干くらくらする。しかしどうやら千春と思われる遠い影はどんどん遠くに行ってしまっているようだ。それならば、違う質問を。


「千春が、焚火から離れた後のことを教えて」


考え込むように気持ちが伝わってくる。千春らしい影に誰かが近づいて、巻いて、連れて行かれる。


「待て待て、またさらわれてる?」

「マキ!」

「レイア、マキの邪魔をするな」


移動して、止まって、バサッと舞い上がる。


「鳥人だ……まさか、まさか!」

「鳥人!」

「待って、質問を変えて、えっと、えっと、千春、なんて言ってた?」


真紀は既に少し震えている体で、もう少し頑張った。


「あっけにとられて、そのあとマキ、と、助けて……」


涙が浮かぶが、続きを聞かなくては。


「毛布か何かに巻かれて何も見えない、しかしかごで運ばれているようだ、連れて行った人は、自由にしてやると、毛布越しにささやいた、って」


しっかり、しっかりしろ、自分、しっかり。真紀はゲイザーとのつながりを断ち切って、両足をしっかり開いて胸を張った。


「千春は、どうやら何か毛布のようなものに包まれて、かごのようなものに乗せられてさらわれているようです。ゲイザーが感じたのは、バサッという羽音。そして今は、どこかわからないけど水の上を飛んでいると」

「鳥人か? 鳥人にさらわれたのか! ミラとサウロをここへ!」


ザイナスの声が飛ぶ。まさか鳥人が? でも。自由って、いつもサウロたちが言ってる。真紀は首を強く振った。誰がいいとか悪いとかじゃない。自分が悪かったという気持ちも抑えなきゃ。


今は、千春の行方を捜す。大事なことを、間違えないようにしよう。真紀はこちらに急いで来る鳥人を祈るように見つめた。



発売前なので、次は土曜日、そして水曜日に更新します!


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