順応力が高すぎる
「吸引力はともかく」
「吸引力はともかくなんだ。大事なことだと思うんだけど」
真紀の言葉に千春が反応したが、真紀はそれどころではなく、急いで左右をうかがった。
「今の、誰にも目撃されてなかったよね」
「ゲイザーが消えたのなら私が見たが」
「ひえっ、ザイナス……」
敵は左右ではなく後ろにいた。もっともザイナスは間違っても敵ではない。
「私はマキやチハールが好きだから、面白く見ていてわかったが、そもそも瘴気の流れを目で見える人などいない。マキやチハールが何をしたかなど知られていないと思ってよいぞ」
ザイナスは小さい声でそう言った。真紀は時々思う。ザイナスのこの圧倒的目撃者感というか、すべてを見てなんでも楽しむという姿勢はいかがなものかと。絶対私達で楽しんでるよね。まあ、大事にもしてくれるからいいんだけどさ。
「誰も見てなくてほっとしたよ。別に今までだって何かに悪用されたことなんてないけど、これ以上あれこれやってほしいと言われるのは正直なところちょっと大変だから」
「うむ。ここに来てからも大活躍だものな。昨日チハールが熱を出したことなどすぐ忘れそうでいかん」
ザイナスは自分に言い聞かせるようにそう言った。真紀もはっとした。
「ほんとだよ、千春、体調はどう?」
「真紀ちゃんも今の今まで忘れてたよね?」
「申し訳ない」
ついさっきまでは覚えていたのだ。
「まあ、やりたいことをやりたいと言って、やった挙句にゲイザーにやられておかしくなって迷惑をかけてくる人たちよりずっとましだけど」
「千春、それ聞こえてるから」
「あら、ごめんなさい」
真紀の慌てたような声に千春はふふふと笑った。おそらく猫人達が近づいてきたのを知っていてそんなことを言ったのに違いない。これは千春は結構怒ってるなと真紀はひやひやした。近づいてきた猫人の代表と思われる人は、気まずそうに謝罪した。
「聖女殿、すまなかった。その」
「猫人の村でおばばやケアルやアリッサにお会いしたけれど、その時は猫人が女性に詰め寄るような人たちだとは思いもしませんでした」
千春はつーんとそう言った。なんだかうやむやになっているけど、そう言えば詰め寄られたり、肩をつかまれたりして怖い目にあったんだった。千春が怒っても仕方がない、うん、仕方がないと真紀もそう思うのだった。千春に何か言って自分も怒られるのは嫌だからね。
「異例のことづくめと言っても、聖女を働かせすぎだろう。幸い、魔物はおとなしい。おぬしらが逸って攻撃しなければ攻撃してくることもないのだから、少し落ち着かぬか」
「その通りです、ザイナス。常にないことなのでついはしゃいでしまって。猫人の村を訪れてくれていたのですね。ありがとうございます」
そう言われては仕方がないだろう。千春も少し落ち着いたようだ。
「それでは、落ち着いたところで広場で宴会を行いますので、聖女様もぜひ参加を」
「もちろんです!」
やや食い気味だっただろうか。しかし、ここで怒っていた千春がすぐ態度を変えられないだろうし、真紀がそう言うしかなかった。別に宴会が好きだからではない。真紀はそう自分に言い訳した。
そうして千春が熱が引いた日、ダンジョンに来てからまだ二日目、
「ダンジョンが溢れかけているからすぐに来てほしいという緊急依頼だったと思うんだけど」
「もう終わった? ねえ、終わったのかなあ」
そう思うほど緊迫感のない光景が目の前に広がっていた。広場にはいくつもの焚火が用意され、それぞれのところで焼き肉がぐるぐると回されている。あっちは鶏肉がいくつも串に刺されているし、こちらでは形の分からない何かの肉がやっぱりぐるぐると回されている。焚火と言ってもバーベキューのセットのようなもので、落ちた肉汁が無駄にならないように下で受けられるようになっている。
もちろん、野菜だって鉄板で焼かれている。しかも、「聖女様に」と言うことで、なんでも一番先にできたものを持ってきてくれているので、食べきれないほどの食べ物が目の前に並んでいる。
酒を飲んでいるのは人間の冒険者くらいだが、猫人の村であったように、ところどころで獣人同士の取っ組み合いも行われている。それを見て喜んではやし立てる者もいて、にぎやかだ。
「何を不満そうにしている。マキとチハールのおかげでこのところの緊張状態がとけたのだ。一緒に楽しんでくれればよい」
レイアがエールの小さい樽を抱えて二人の前にどっかりと座った。ザイナスはにこにことして二人のそばで肉を楽しんでいる。
「酒が足りないんだろう。エールをもって来たぞ」
そう言うと、木のカップにエールを注いでくれた。もちろん、喜んでいただく。あれ、千春、熱が引いたばかりじゃない、と思ったがじろりとにらまれたので何も言わないでおく真紀である。
「ぷはー、仕事の後のこの一杯! いやいや、そうじゃなくて、みんな順応力高すぎない?」
「順応力? なんのことだ?」
真紀の言葉にレイアが首を傾げた。そもそもレイアは金色の毛色で、ラッシュにそっくりなのだ。
「レイア、かわいいよー」
「ハハハ、マキ、もう酔ったのか?」
急に抱き着いた真紀にもレイアは優しく対応してくれた。酔ってはいないが毛並みに、いや、この場合は髪の毛だが、急にラッシュが恋しくなったのだ。
「いやいや、違くて」
真紀ははっとしてレイアから離れた。
「魔物たちが気にならないの?」
「魔物? ああ、あいつらはこちらがかまわなければ何もしないんだろう?」
「それはそうなんだけど、いやいやいや、さっきまで戦ってましたよね、みなさん」
真紀が気になっているのは魔物だ。座り込んで森を見ていた四つ足の魔物も興味ありげに焚火に寄ってきているし、焚火の上ではゲイザーが影のようにうろうろと飛び回っている。
ゲイザーはダンジョンでは焚火を見たことがなかったそうで、大変面白いものだという気持ちが伝わってきてはいるのだが。
「獣人の皆さんどころか、人族の冒険者まで慣れすぎでしょ」
もはやゲイザーはただの背景にすぎないかのようだ。
「それもこれも二人のおかげさ。ありがとうね」
そう言われればそれ以上追及する必要もない。
「なあ、あんた!」
「え、私?」
まあいいかと落ち着いて酒を飲んでいた真紀に声がかかった。
「さっきのパンチ、あれをもっと見せてくれよ」
「空手の? 型ならまだ覚えてるけど、対戦は難しいよ?」
「型? それでもいいからちょっとこっちでどうだ」
真紀は千春のほうを見た。
「私は昨日のこともあるし、そろそろ休もうと思うんだけど、真紀ちゃんは自由にしてて」
「でも」
「私が送ろう」
「ザイナスもいいよ、すぐそこじゃない」
千春は過保護な二人にフフッと笑った。
「ほんとは私も真紀ちゃんの空手見たいくらいだし。我慢するから、真紀ちゃんはやっておいでよ」
「ちょっと面白そうではあるんだよね。じゃあ行ってくる!」
「では私もちょっと見てくるかな」
そう言って手を振って別れ、千春をひとりで部屋まで帰らせたことを真紀もザイナスたちも後々まで悔やむことになった。
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