吸引力
猫人の男は頭を振ると、そのままふらふらと戦列を離れた。
「まったく、何あれ」
真紀はぷんすか怒っている。
「真紀ちゃんは近すぎてかえって見えなかったかなあ」
そう言う千春に、真紀は首を傾げた。
「さっきも何か言ってたよね。瘴気がって」
「そう、あ」
話している二人のところに、見学していた人がちが集まってきていた。
「そっちの姉ちゃん、やるなあ」
「なんだい、あれは。俺たちはだいたい爪が武器だからな。あんな風に打ち込むとかあんまりみたことがない」
たちまち真紀は取り囲まれてしまった。その一方で広場では、猫人がゲイザーと戦っている。先ほど千春が何か言ったらしく、小さめのゲイザーもそこまで調子に乗ることはなくなったようだ。
「いや、あれは故郷の武道で、特に実践を目指してやっていたものではなく」
真紀がやっていた流派は寸止めだったので、あんな風にまともに打ち込んだのは実は初めてのことだった。打ち込んだと言っても、ちょっと驚かせる程度だ。そうでなければ真紀の手が駄目になっていただろう。
「すげえな、ちょっと教えてくれよ」
そう言ってワイワイ集まっている獣人がちょっとうっとうしい。時間がないからと言っているのにちっとも話を聞きやしない。これは、そうだ、サウロと同じだ。確かに今、千春と大切な話をしようとしていたところなのに。真紀がイライラし始めた時、
「すみません、ちょっと話さなくちゃいけないことがあって」
と千春の小さめの声が響いた。
「小さい聖女さんだ」
「用事だそうだぞ」
「じゃあ仕方ねえな」
真紀の周りに集まっていた人たちがそう言って道をあけた。
「ちょっと待って! いや待たなくていいけど、なんで千春の話なら聞くかな?」
真紀の嘆きはもっともである。
「いや、だってよ」
「聞いてあげなくちゃかわいそうだろ」
「私はかわいそうじゃないの?」
という真紀の嘆きは無視された。
「こんなこと日本でもよくあったよねえ」
「千春ぅ、ずるいよ」
「まあまあ」
千春は苦笑した。
「私は私で、真紀ちゃんが男の人と対等に扱われるのがうらやましかったし」
「私は女の子扱いされる千春がうらやましくて」
千春と真紀はそうやってお互いに懐かしく思い出すと、
「でも、どっちの男の人たちも」
「そう、女の人をそうやって区別することそのものが嫌がられてるんだってこと、気づいてないんだよね」
と声を揃えた。いくら自分が女の子扱いされたからって、その口で友達をぞんざいに扱われたら、いい気がするわけがないのだ。
「もっとも、獣人の人たちにはそんなつもりはないと思うけど。単に真紀ちゃんの強さに感嘆していただけだと思うよ」
「まあ、わかっているんだけどね。ところでさっきの話」
「そう。こっちに来て」
千春は真紀を、広場の戦いが見えるほうに連れて行った。
「見て。ゲイザーがたくさん集まっている人や、ゲイザーがぶつかっている人たちを」
「どれどれ」
さっきほどではないが、ゲイザーに囲まれている人もいる。千春は瘴気がと言っていた。真紀は目を凝らしてみた。瘴気は目で見えるものではなく、何となく空気の濃さの違いのようなもので、なかなか感じ取るのは難しい。それでも、確かにゲイザーのそばは瘴気が濃いし、そのそばにいる者たちはといえば、
「待って待って、体の中に瘴気の気配がある!」
「そうでしょ。あそこの人を見て」
端っこのあたりで、たくさんのゲイザーに囲まれている人がいる。
「そろそろおかしくなるんじゃないかな」
冷静な千春の予想は、すぐ現実のものとなった。
「うわああああ!」
男は叫び声を上げると、激しくゲイザーに襲いかかった。その無茶なようすを見て止めようとした隣の人にも襲いかかり、逆に取り押さえられている。
「なんだお前、落ち着け!」
「そのまま抑えていて! 真紀ちゃん、ちょっと離れたところから見てて!」
千春はそう叫ぶと、その人たちのそばに行き、押さえられている背中側から手を当てようとしている。真紀はそれを言われた通り、ちょっと遠くから眺めていた。
「背中から、手を当てようと、いや、ちょっと待って!」
そっと手を当てるかと思いきや、千春は思い切り猫人の背中を叩き、真紀のほうを見た。
「あ、瘴気が押し出された!」
その後でもう一度今度はそっと手を当てる。
「え、瘴気が吸い込まれた」
千春が猫人から手を放すと、猫人を抑え込んでいた仲間が何かを試すように手を外した。暴れていた猫人は目が覚めたようにきょろきょろとした。
「俺、俺はいったい……」
「急に暴れだして、俺にまで襲い掛かってきたんだ。聖女様に叩かれて正気を取り戻したようだが、俺こそ聞きたいよ。何があった」
「ゲイザーに取り巻かれているうちに、だんだん頭がぼーっとして、目の前の者を倒すことだけしか考えられなくなって、そこからは頭がぼんやりして……」
「瘴気にやられたんだと思います。少し休んだ方がいいと思う」
猫人はそばにいた千春にそう言われて、
「あ、ああ、ありがとう」
と言うと、ふらふらとどこかに戻って行った。
「結局何があった……」
呆然と見送る男に、千春は念のために言っておいた。
「とにかく、ゲイザーに取り巻かれないよう注意してください」
「わ、わかった」
そうして戻ってきた千春は、
「どう?」
と真紀に笑った。
「どうって」
真紀も苦笑する。
「最初は真紀ちゃんがお腹にこぶしを打ち込んだ時に気が付いたの。瘴気が背中にぱっと飛び散って消えた」
「ええ? 聖女としての私に吸われたのじゃなくて?」
「吸われたのなら、見えなかったと思う。こぶしの勢いがよすぎて飛び散ったんだよね。だからそれが目に入って」
「ああ、私も今それを見たよ!」
「でしょ? それを見て、瘴気のせいでおかしくなってるのかな、だったら残りの瘴気は吸っちゃえって思ったの」
「なるほど、よく気付いたね」
千春の説明に真紀は感心した。それをレイアとザイナスは隣で聞いていた。
「つまり、魔物にやられるというのは、命を吸い取られるのではなく、瘴気にやられるということなのか?」
ザイナスがそんな馬鹿なというようにつぶやいた。
「でも確かに、魔物の被害はダンジョンの中で起きていて、実際に魔物にやられた奴がどう弱っていくかをじっくり見たことなんかないからねえ」
「俺はある」
真紀は意外そうにそんなことを言うザイナスを振り返った。
「ああ、ザイナスは親善大使をやる前の若いころはダンジョンで闘っていたからね」
なぜかレイアが自慢そうだ。千春は、その時のザイナスがかっこよかったんだろうなとピンときた。
「何人か亡くなったものも見たことがある」
「じゃあ、段階を踏むのかもしれません。最初は瘴気にやられて気が荒くなって、だんだん弱っていくとか」
「うむ。しかしそれを実証するわけにはいかないしな」
さすがに二人もゲイザーにやられると、猫人達も慎重になるようで、ゲイザーに取り囲まれるものも少なくなってきていた。
「うーん、でもよくない気がしてきました。私たちも瘴気を吸い込んではいるみたいだけれど、ゲイザーが激しく動き回ると瘴気が散るから、広場全体の瘴気が薄くならなくて」
広場の瘴気が濃く、猫人達が息を切らし始めている。
「よし、そろそろ切り上げ時だね。さあ、みんな! そろそろ仕舞いだよ!」
レイアの掛け声に猫人達ははっとして、ゲイザーたちを警戒しながら広場の端に引いてきた。ゲイザーたちはもういいのかと言うようにすーと思い思いの場所に散った。
「できるかな、真紀ちゃん、ちょっと広場の瘴気を急いで吸い取ってみようよ」
「え、意図的にってこと?」
「そう。そうしなくても勝手に吸い込まれるけど、さらに加速させる」
「おっけー」
千春と真紀は手を前のほうに伸ばしてみた。一応のポーズだ。
「来い!」
「集まれ! え? 本当に来た! あ」
目には見えない瘴気が一気に寄ってきただけでなく、近くにいたゲイザーが数体、端っこから引っ張られるようにほどけて魔石に還ってしまった。
「マジですか」
「ダイソ〇かよ」
吸引力の変わらない、それが世界でただ一つの聖女です。そんな広告が真紀の頭をよぎったのだった。
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転生幼女は明日更新予定。




