ぷにっと
魔物を狩りたかったら狩ってもよい。もともと我らは巡り巡るために生まれたのだから、とゲイザーは言った。
「ただし四つ足の者たちはそんなの面倒だから、闘うならゲイザーだけにしてくれって言ってます」
「面倒……」
レイアは少し遠い目をした。一生懸命ダンジョンの魔物を狩ってきた。面白いからが一番だが、それが獣人の群れのためになると信じたからだ。しかし、その魔物にはどうやら意思があって、そして面倒だと思っているとか。
にわかには納得しがたいものだった。
しかし、ゲイザーが相手をしてくれるというし、冒険者は満足し、結果的に聖女の負担も少なくなる。いいことづくめではないか。割り切りのいいレイアはすぐに切り替えた。
広場には獣人たちが集まり、会議を始めた。昨日の夜中かかって紛糾したという会議は何だったのか、自分たちが戦えるとわかったら会議はあっさりと終わった。
レイアの指示のもと、洞窟の前には誰もいない広い空間が作られ、我こそはと思うものたちがその周りに集まった。
四つ足の魔物は相変わらず興味がないかのようにじっと座り込んでいるが、ゲイザーたちは何が始まるのか興味津々というように見に来ているものもいた。
「では始めようか」
レイアの声に、
「まず俺が」
「俺も」
と何人かの猫人が名乗りを上げ、広場に散らばった。
「闘ってもいいとか、お前たちが思ってるかどうかは知らないけどな」
一人がゲイザーに呼びかけた。
「来いよ!」
ブーンと言う音がかすかに響き、一つ、また一つとゲイザーが広場に集まっていく。
シャキーンと、まるで音がするかのように一瞬で形態変化が始まった。第二形態だ。犬人は手が犬のように変わるのは知っていた真紀だったが、猫人の形態変化は初めて見る。
「ああっ」
と両手を握りしめたのは千春だ。
「手が! 手が!」
目ではない。
「ああ、肉球はあるのかなあ」
「少なくともザイナスにはあったなあ」
「ええ? 真紀ちゃん、なんで知っているの?」
千春だって内陸から帰ってきた夜、ザイナスとオーサに添い寝してもらったから、二人の毛皮がいかに素晴らしいものかはわかっている。しかし、おなかを撫でさせてほしいとか、肉球を見せてほしいとか言えるわけがなかった。
「トラムの街でね」
「そんなに前?」
城出からミッドランドに戻ってきた時には、トラムの街に出ている暇はなかったはずだ。
「千春と私と別々にお使いに行った時にさ、ザイナスが手だけ変化させてくれたの。その手をこう」
真紀は何かを受け取るような仕草をした。
「わかる。なんか捧げ持っちゃうよね」
「うん。その時についでにこう、さわさわと」
「いいなあ。ともかく、あの手のひらに肉球があるとわかったのは収穫よね」
そんな会話をしていたら、集まっては来たものの高い位置から猫人を見下ろしているゲイザーに向かって、猫人が飛び上がった。
「うそ!」
「ええー?」
身長をはるかに超えて飛び上がり、そのままゲイザーに手を振り下げた。ひゅっと空を切る音がしたような気がしたが、錯覚だったかもしれない。
ゲイザーはそのまま形をなくし、キーンと魔石の落ちる高い音がした。
「油断したって、ゲイザー……。律義に最後の言葉を残していったよ」
「ゲイザー……」
そこに悲壮感はなかった。ただ事実があった。それを見た周りの猫人達も飛び上がるが、やはりそれを見ていたゲイザーも少し位置を高くする。なかなか手が届かずじれてきた猫人をからかうように、時々はわざと低く飛んでいるようだ。
「ゲイザー、楽しそう」
「特に小さいやつは元気だねえ」
「全部はまとまりきらなかったんだね。あ、猫人がバランスを崩した!」
飛び降りた場所に何かがあったのだろう、バランスを崩して倒れてしまった。そこに小さめのゲイザーがふいーと寄ってきた。
それにつられたのか、他の小さめのゲイザーが、集まってきた。いつの間にか猫人が真っ黒な塊に覆われいる。
「あれ、待って? 私人に寄らないようにって言ったよね」
「うん、千春そう言ってたよ」
「ゲイザーが寄るとどうなるんだっけ」
「確か生命力を奪われて死……」
二人は顔を見合わせるとゲイザーに向けて走り出した。ゲイザーからは、好奇心と愉快な気持ちしか伝わってこず、人に寄らないと言い聞かせたことはすっかり忘れている。というか、それなのに倒したいとゲイザーを近づけたのはそもそも人の方なのだが。
二人がたどりつく前に、黒い塊は内側から崩された。
「うがー!」
という叫び声が響き、鋭い爪を左右に振る猫人によってゲイザーは魔石に還されていく。残りのゲイザーはすうっと上のほうに上がってしまった。つまらなくなったから? 何を言っているんだろう、ゲイザーは。
「戻って来い! 闘え! 俺の爪で切り裂いてやる!」
猫人は大きな声で叫んでいる。
真紀と千春は、人に寄り集まっていた黒いゲイザーの塊より、今叫んでいるこの猫人のほうがよほど怖い気がした。
「戻ろう」
「うん」
そう言ってそっと下がろうとした二人に、
「待て」
と声がかかる。さっきの猫人だ。二人は恐る恐る振り向いた。
「なあ、あんたたち」
ちょっと返事をしたくない。
「あいつらをさ、ゲイザーを呼べるんだろ、なあ。じゃあここに呼び寄せろよ」
何を言っているんだろう、この人は。あっけにとられる真紀と千春に、男はもう一度繰り返す。
「呼べよ、ゲイザーをさ。そしたら俺が切り裂いてやる」
そう言って右手を上げると、すっと爪を出して見せた。
「うん、肉球がある」
「千春……」
そんな冗談でも言っていないとやっていられなかった。男が荒々しい言葉遣いをして話しかけてきて、しかも爪をシャキーンとか、怖いからもう倒れてもいいかな、でも倒れたらおしまいだ。千春は踏みとどまった。
異変に気付いた周りの人も注目し始めた。
「マキ、チハール?」
レイアの声もする。気がついてくれたのならもう大丈夫だろう。
「なあ」
「ちょっと、こっちに来ないで!」
ついに真紀が怒りだした。
「さっきから何言ってんの? 倒したければ自分でどうにかすればいいじゃない。なんで私たちがそんなことしなくちゃならないのさ」
「ああ?」
「ああって、何様よ! か弱い女性に爪を見せるとか、ないわー、ありえないわー」
そう言い捨てると、千春の背を押して立ち去ろうとした。しかし男はさっと近寄ってきて、真紀の肩をつかんだ。
「待てよ」
「ああ?」
真紀は千春を押して少し離れさせると、くるりと振り向き、猫人をにらみつけた。猫人はちょっと怯んだように見えた。
「なんで待つ必要があるの?」
「それは、それは?」
男は自分でもわかっていないかのように頭を振ると、もう一度真紀の方に手を伸ばした。
こいつ。真紀は両手をぐっと握りこみ、足元を確かめて前後に揺れると、ぐっと踏み込んで一瞬後には猫人の懐に入った。そしておなかに一発こぶしを打ち込み、バックステップで戻った。後ろで千春があっと小さい声を上げた。
「触らないで!」
真紀の一発など、鍛え上げられた獣人には何ほどのこともなかっただろう。
「マキ、いいぞ!」
「やるね!」
というザイナスとレイアの嬉しそうな声もするが、そうやって見てるなら男を止めてくれよと思う真紀であった。
「あ、俺」
「目が覚めた?」
真紀は胸の前で未だこぶしを握り、前後にバランスをとっている。男は片手でお腹を不思議そうに押さえ、片手はだらんと体の横にたらしている。
もう一発行くか。その真紀の前にすっと千春が出た。
「千春、危ないよ!」
「あなた」
「あ」
千春は男に手を伸ばした。だらんと下げた手をそっと握る。
「千春!」
「大丈夫」
そして千春の額の魔石がコロンと落ちた。
「もう平気でしょ」
「あ、ああ」
男は完全に落ち着き、不思議そうに自分の額に手を当てている。
「千春!」
「瘴気だよ、真紀ちゃん」
心配する真紀のほうを振り返ると、千春はそう言った。
「瘴気、にやられてた?」
「そう、あとね」
「あと?」
千春は真紀の耳に口を寄せた。
「肉球ぷにぷにしてた」
「千春……」
心配したのに。もう。
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