小さいの、心配
そこからは獣人領の人々にとっては、圧巻の一言だった。行儀よく列をなすゲイザーが、一体一体魔石に変わっていく。優しくも凛とした聖女の姿に、その額からきらめき落ちる乳白色の輝き。
命の危険と隣り合わせで、魔物を切り裂く必要もない。ただあるべきものがあるべき姿でそこにあるような、そんな気さえした。
「へえ、いくらでも魔物を魔石にかえられるのか。すごいな」
「聖女の噂は本当だったのね。かわいいだけじゃなくて、魔物を倒せるのね。きゃっ」
そんな風に空から見ていたのは、ラモとモアだ。しかし上空を飛んでいたサウロとサイカニアに見つかり、上から羽であおられ下に落とされた。
「何をするんだ。危ないな!」
「そうよ、せっかく聖女の浄化を見ていたのに!」
「その! 聖女の! 風呂を覗いて罰を受けているはずのお前たちがなんで自由にしている!」
まったく悪びれないラモとモアの二人に、サウロが噛みつくように言った。
「だって」
「ねえ」
「謹慎しているのがたいくつなんだ。聖女に近付かなければいいだろ」
「そう」
サウロはこめかみをひきつらせた。聖女の浄化は見世物ではない。体は何ともないと本人たちは言っているが、それもどうかはわからないのだ。
「ソニッド!」
サウロが呼んだのは鷹族の長だ。
「なんだ」
面倒そうにやってきた茶色の羽の長は、ラモとモアを見てさすがに眉をひそめた。
「お前たち!」
「見ての通りだ。処罰は鷹族に任せたが、少なくとも聖女のいる間は姿を見せない約束だ」
「ちっ」
サウロの言葉に、ソニッドは長らしくなく舌打ちしたが、
「なんだよ、父さん」
「ちょっとくらいいいでしょ」
と言う二人を連れて行くように指示は出した。真紀と千春に注意は払いながらも、ソニッドに改めて注意しようとした時、サウロは違和感を感じた。興奮に包まれていた広場も次第に静かになっていく。
「魔物が」
「止まった」
確かに、真紀と千春の前に並んでいるゲイザーが、戸惑ったように止まっている。
「まずい」
サウロは急いで飛び出した。目の前で千春が後ろに倒れていくのが見える。真紀が千春と大きな声で叫んでいる。間に合うか、間に合え。
サウロは、千春が地面にぶつかる前に、何とかその下に滑り込んだ。軽い体がぶつかり、一度跳ね返ると、ぐったりとサウロに寄り掛かった。
「千春!」
真紀が千春に縋り付く。
「最初から、手が熱くて。多分、熱があったのに」
おろおろとそう言った。
「大丈夫、大丈夫だ。人間はすぐに熱を出すという。よくあることだ」
「でも」
「マキ」
真紀はサウロの静かな呼びかけにはっと顔を上げた。
「魔物が不安がっているのではないか。サイカニア!」
「わかってる」
近くにいたサイカニアがすぐにやってきて、真紀に提案した。
「マキとチハールがだいぶ減らしてくれたから、これくらいなら私たちでも何とかなる。どうする。私たちがやったほうがいいなら、魔物は引き受ける」
そう言って手をかぎづめの形に変えて見せた。
「かっこいい……。じゃなくて! ごめん。びっくりしてつい冷静さを欠いたよ。大丈夫」
確かに、残っている魔物は多いけれども、空を覆うほどではなくなってきた。
「サウロ、千春をお願いね」
「わかった」
「サイカニア、もう少し頑張ってみる」
「無理しないでね」
真紀は立ち上がると、まず、胸に手を当てて魔物の声を聴く。どちらかと言うと千春のほうが得意なのだが、真紀だって聖女だ。魔物の声は伝わってくる。
小さい方、熱い。動かない。大丈夫か。
意外なことに魔物の声は、千春を心配するものだった。
「大丈夫だよ。人間には、たまにあるの」
熱いの、吸うか。
「ええ? いやいや、熱いのも必要だから、吸わなくて大丈夫」
熱のついでに、うっかり生気まで吸われたら困ってしまう。
「私だけになっちゃうけど、さあ、行くよ!」
真紀が両手を構えると、待っていましたというように魔物が寄ってくる。一人になっても負担は同じ。ただ少し時間が余計にかかるだけだ。
からん、と。最後の魔物が魔石に還ったのはもう夕暮れ時だった。ふう、と手を下ろす真紀に、どこからともなく拍手が始まり、地面を踏み鳴らすもの、大声を上げるものなど、広場は熱気に包まれた。
額の汗をぬぐっていると、ザイナスとレイアが近づいてきた。
「マキ、驚いたよ」
レイアは興奮しているようだ。隣でザイナスが優しい、そして心配そうな目で真紀を見ている。今にも抱きしめられそうになりながら、真紀はそれを押しとどめた。
「まだ、まだ仕事が残ってるから。もう少し待ってもらえますか」
「仕事?」
「ええ、ダンジョンの魔物です」
その言葉におもわず皆一斉にダンジョンの入り口を見た。特に何も出てきていない。ほっとして真紀に視線を戻した時には、真紀はもうダンジョンの入り口をじっと見つめたまま魔物との対話を始めていた。
「待てるから、外に出てもいいか……」
真紀のつぶやきに、レイアが思わず身構える。
「暖かいものに寄らず、吸わなければ、外に出てもいいかって聞いてます」
「それは、魔物がかい?」
「はい。狭い中にたくさん仲間がいて息苦しいのだと」
「ふむ」
レイアは腕を組んで考えた。要は人を襲わなければいいのだ。
「皆と相談しなければならないが、そうすれば魔物を押さえられるのだろうか」
「はい。魔物は魔石に還るのを嫌がっているのではありません。ただ、自分たちでもその多さにうんざりすると。せめて広い所で待ちたいのだと」
「明日の朝まで待てるだろうか」
真紀はまた胸に手を当てた。
「待てるそうです」
「よし! 今から会議だ! マキはゆっくり休んでいてくれ。チハールはサウロが休めるところに連れて行ったはずだ」
レイアはそう指示を出すとザイナスを引き連れてさっそうとみんなの中に歩いて行った。
「さ、マキ、みんなにもみくちゃにされないよう急いで宿舎に行こうか。チハールのこと気になるだろ」
オーサが二人を見送る真紀に声をかける。
「うん、魔石の影響と言うより、単に疲れから来る熱だと思うんだけど。大丈夫かなあ」
そんな中で無理をするといって聞かなかった千春が心配だ。
「ここはダンジョンだからねえ。高級な宿屋みたいなのはないんだが、たまに来る人族のために小さめの宿舎があって、ああ、あれあれ」
オーサと真紀はそこに急ぐと、たまたま歩いていた従業員に尋ねた。
「サウロがチハールを連れて来たと思うのだが」
「ああ、サウロ様。それなら一階のテラスのついている部屋にご案内いたしました」
「一階? 女性なら二階だろう。なにゆえ」
「鳥人が入れる部屋がそこしかなかったものですから。異種族恋愛なんて、ロマンチックですわね」
この従業員は何を言っているのだ。オーサも真紀も口をアングリとあけ、サイカニアを見た。サイカニアは眉をひそめて首を左右に振った。ありえない。
「大切そうに抱いていらして。一緒のお部屋に入りましたけど」
ありえないのだが、これはまずいかもしれない。三人はその部屋に急いで向かった。
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