「つけで」って一度言ってみたい
朝食後、今日は何も言われていないので、マキと千春はバルコニーからのんびりと外を眺めていた。アーサーは今頃何かの手配で忙しくしていることだろう。
鳥人はさすがに遠慮して真紀と千春を少し遠くから眺めている。
「昨日の今日なのに鳥人にはだいぶ慣れたね」
千春は真紀に話しかけた。
「うん、千春、落ち着いた?」
「うん。だいぶ」
千春は本当はこんなに警戒心の強い人ではない。泣いたり騒いだりもしない。この三日間、それだけ緊張していたのだろう。本人はブラックだと言うが、突っ込み体質なだけで見かけどおり優しい子なのだと真紀は思う。だから鳥人に怒って意地悪をしているのを見てちょっと新鮮だったのだ。怒った千春はおもしろかった。
「そう言えばアーサーとなんか話してた?」
「そうそう、切ない話だよ。アーサーね、奥さん若いころに亡くしてるんだって」
「王妃様だよね、そうか、エドウィお母さんいないのか」
宮殿の空を飛び交う鳥人を眺める。
「チハールに似てたって言われた。腹黒なところとか」
「ぷはっ。腹黒って」
「失礼だよね。正直なだけですって言っといたよ」
「うん。でも今のところアーサーが一番まともで、きちんとした人だよ」
「王だものね」
「ぐらっときた?」
「ん?」
「妻に似てるって」
「ああ。ないない。亡くなった人の思い出には勝てないもん。似てるって言われたらなおさらだよね」
「うん。たしかに。もし付き合ったとしても、思い出を重ねてるだけなのか自分が好きなのかわからないもんね」
「そもそもさ、今のところ恋愛の余地なくない?」
千春はそう主張した。
「まだ4日目って言うのもあるけど。王に、王子様。グルドに、ザイナス。エアリスに、鳥人たち。どこに恋愛要素が?」
「護衛の人たち?」
「確かにかっこいいけど」
それはチェック済みだ。
「代々の聖女はどうやって旦那さんを確保したんだろうねえ」
「おもしろいから後でセーラさんに聞いてみよう」
「ちょっと気になってたんだけどさ、真紀ちゃん」
「なに?」
「私さ、30くらいまでは別に結婚も焦らなくていいと思ってたんだけど」
「千春はそうだね、私はちょっと考えてた」
「付き合って5年だったもんね」
少し切ない。
「でね、先代聖女のころの日本って適齢期は20歳前後じゃなかった?」
「ぎく」
「ここ、どうなんだろ」
「すでに嫁き遅れ?」
「そう言えば年は聞かれてないな?」
また庭を眺めた。うん。嫁きたい時が適齢期。
「お、エドウィだ」
庭で王子が手を振っている。そこにサウロが舞い降りてきた。何かを話して、ふざけ合っている。
「そっか、次代の長って言ってた。王子どうしか。本来は仲良しなんだね」
と、王子が助走を始め、サウロが平行に飛んでひょいっと王子を抱えあげて空高く飛んでいく。
「うわー。慣れてるねー」
「エドウィ、すごいな」
「千春、怖いだけだった?」
「ううん、怖いのは自分の意思が無視されたこと。飛ぶこと自体は大丈夫。むしろ」
「むしろ?」
千春はちらと真紀を見た。
「どうかごで飛ぶか考えた」
「ははは、やっぱりね。本来の千春ならそう考えると思ってた」
「怒ってごめんね」
「いいよ、怖かったもんね」
「マキ様、チハール様」
「セーラさん、なに?」
「お昼の後に王からお話があるそうです」
屋台だ!
すっかりおなじみになった執務室には、アーサーをはじめ、王子、ザイナス、ミラガイア、エアリス、グルド、そして宰相が勢ぞろいしていた。
「あー、マキとチハールよ」
「「はい」」
「いろいろ考えたが、そなたたちが思ったより順応していること、それから積極的に外に出て行ってもいいと言っていることをかんがみ、他の3領への出発を一ヶ月後に定めたいと思う」
おお、いよいよ出発だ。
「その前に各領に正式に通達をして、聖女のお披露目をしたいと思うが、大丈夫だろうか」
「何か、こう仰々しいことはありますか? 鳥人に運んでもらって民の上を舞うとか」
真紀が質問した。何言ってんの真紀ちゃん! ミラガイアの目が輝いちゃったよ。
「それはいい!」
「よくないから」
千春がぴしっと言った。
「真紀ちゃん、冗談はなしで。冗談にならないから」
「はい……」
アーサーが一応と言う感じで口を開いた。
「パレードは」
「「ないです」」
「そうであろうな。一応言ってみただけだ。では、城門の張り出し台から街に向かって二人揃って手を振ると言うのは?」
「そのくらいならなんとか」
「はい」
「では領民にはそれでいいとして、各領と人間領三国からの使者への披露は大丈夫か。紹介程度で済むと思うが」
「「大丈夫です」」
「そのお披露目の際に、今代の聖女はあちこち回りたいので、遠くから静かに見守るよう通達を出したいと思う。それで大きな混乱は避けられるはずだ」
「「ありがとうございます」」
「で、だ」
真紀と千春はきらきらした目でアーサーを見た。
「さすがに何の対策もなく、街に出すわけにはいかぬ。エドウィ」
「はい、父上」
「内陸領から来た貴族の子どもを、エドウィが連れ歩いていることにしよう。変装すれば12歳くらいの子どもに見えるだろう。エドウィの顔は城下の者ならたいていは知っているはずだ」
「よく抜け出しておりますからな」
「ゴホン、ゴホン。宰相!」
「よい。私も知っている」
エドウィは情けない顔をした。
「当然、はっきりした形で護衛を付ける。だとしても城下の者も好奇心を持ちこそすれ、あえて避けたりはすまい。マキとチハールも少しは自然な形で街を楽しめると思う」
「ご案内いたしますよ、マキ、チハール」
「よろしくお願いします」
「私たちもついていこう」
エアリスとグルドが言った。
「飛行船の発着所と」
「魔石列車の駅も」
「「見たいだろう」」
「「はい!」」
「あー、あとは、と、マキ、チハール、勉強がしたいと言っていたが」
「はい、午前か午後のどちらかで教えてもらいたいです」
「では基本午前勉強で。みんなと相談してときおり街に出るといい。それではこれ」
お付きの人が小さな皮袋を持ってきてくれた。
「今月の支給金から、とりあえず一万ギル分。銀貨9枚と、小銀貨10枚にしてある。それ以上高いものがほしい時は城あてのつけにするか、王子に払っておいてもらいなさい」
やっと楽しいことがやってくる!
一気に加速! 街に出よう。