宴会
温泉で程よく温まって着替えて外に出ると、村のほうからいい匂いが漂ってきた。
「さ、宴会の支度が出来ておりますよ。村の者も総出で待っていますから、さっそく行きましょう」
「宴会!」
「行きます!」
宴会と聞いたらそれは行くしかない。
「にーく、にーく」
「あら、マキは肉がお好きなんですの」
「もちろん! 千春も大好きだよね」
「肉! 一口噛むと肉汁が舌に広がる。その芳醇で複雑な味は私を恍惚とさせ」
「待って、待って」
千春が肉について語り始めたので真紀は慌てて止めた。
「いや、エルフ領でも肉は出たよね」
「もちろん、おいしい料理を出してもらったけれど、でもアリッサ、獣人領は一味違うよね!」
「何をもって一味違うのかはわかりませんが、今日のメインはあれです!」
アリッサが手を差し伸べた先にあったのは。
「丸焼きだ!」
「初めて見た!」
大きな串にささって、少し小ぶりの肉がいくつか、ぐるぐると炭火の上で回されている。
「こちらは、野ブタの丸焼きでございます!」
誇らしそうなアリッサさんの声に、肉のほうからたくさんの人の歓声が上がった。
と同時に、ぱたぱたと小さい足音がし、小さな人影がいくつも真紀と千春に飛びついてきた。
「聖女さまだ!」
「聖女さまなの?」
「おめめ黒ーい」
「夜の神様みたい」
猫人の子どもたちだ。真紀と千春の腰のあたりに抱き着いて見上げるさまざまな色の瞳のかわいらしい子どもたちの頭についているのは。ぴょこぴょこと動く猫耳だ!
「「か」」
真紀と千春のつぶやきに子どもたちが一斉に首を傾げる。
「か?」
「「かわいいー」」
もはやそれ以外言葉にならない愛らしさだ。
「聖女さまへん」
「へんなかお」
それはちょっと厳しい。そこに炭火のほうから少年がすたすた歩いてきた。
「おい、お前たち、聖女様が困ってるだろ。あっちで肉を配るぞ」
「にく」
「にく」
「はいー」
真紀と千春から離れて子どもたちは走って行ってしまった。
「ああ」
「天使たちが」
真紀と千春が嘆いていると、少年はちょっと肩をすくめて、
「お姉さんたち、ほんとにちょっと変な顔だよ」
と言った。
「さすがに傷つくわー」
「少年、もっとこう、ね? 言い方がね」
少年はやれやれと言う顔をすると、
「まず聖女様が乾杯して先に肉を食べないと宴会が始まらないんだよ。それにさ、確かに俺、猫人としては少年だけどさ」
そう言うと真紀と千春をしげしげと見た。
「言っとくけど、もう30歳は越えてるからな?」
「まさかの年上!」
そういえば、確かディロンが100歳くらいで、それより年下の獣人には会ったことはないのだった。
「人族は育つのが早いなあ。君たち年下なら、さあ、手をつないでやるから、早くおいで」
「え、ええ」
戸惑う二人よりも背が低いのに、真紀と千春の手を握ると、二人の間に収まってすたすたと歩き始めた。
「母さんも早くおいで」
「母さん?」
「イリアスはそういう何というか、手の速い所はお父さんに似たのよねえ」
「アリッサの息子さん?」
衝撃で心臓が口から飛び出しそうだ。
「あらあら、そうなのよ」
アリッサは楽しそうだ。
「さ、ここだよ」
「おお、マキ、チハール、程よく肉も焼きあがったところじゃ。ここに座ってまずは乾杯しようではないか」
「おばばさま」
おばばはとてもうれしそうだ。真紀と千春はおばばの両側に腰を落ち着け、そのそばにザイナスやオーサ、そして鳥人の皆が思い思いに座る。
「あの、温泉に来てた、あの鳥人たちは」
「鳥人を閉じ込めることはできぬよ。いずれ鳥人の長に裁きは任せた。少なくとも、今夜の宴会には参加させぬので安心じゃ。まったく若いとは言えあのものらは」
「すまぬ。俺が未熟なばかりに、若い鳥人を制御できずに」
サウロが珍しくしゅんとしている。
「よいよい、よくはないが、おぬしはまだ長ではない。あれらはミラガイアが、あるいは鷹族の長こそがもっとちゃんと抑えなければならぬのだし。ただミラガイアは少々穏やかすぎ、鷹族はすぐ調子に乗るきらいがあってな」
それ以上詳しくは聞かなかったが、鳥人のあの自由さをまとめるのは確かに大変だろう。そう考えると、サウロもサイカニアも思っているよりずっとすごいのかもしれない。
「それよりもまず、乾杯しようではないか」
立ち上がろうとするおばばを真紀と千春が支える。皆が一斉に立ち上がり、それぞれ木のカップを掲げる。中にはエールだったり蜂蜜酒だったり、酒ではない飲み物が入ったりしている。真紀と千春はエールを注いでもらった。
「皆の者、このほんの数時間であっという間に瘴気が薄れた。これも今代の聖女二人が獣人領に来てくれたからこそ。その初めてのもてなしをわが猫人の村で行えることを、栄誉に思おうぞ!」
わあっ、という大きなどよめきが起こった。みんながきらきらした目で真紀と千春を見ているような気がする。こんな素朴なもてなしはなんだか心があったかくなる。
「それでは、聖女マキとチハールに。乾杯!」
乾杯! カップを掲げるとぐいっとそれを傾ける。
「さあ、まずはマキとチハールが丸焼きをもらってきなされ。子どもたちが待っているでのう」
「はい!」
真紀と千春は木のお皿を持って野ブタの丸焼きのところに行った。そこには大柄な猫人がナイフを持って待っていた。
「さあ、どこの部位がいいですか?」
どこの部位と聞かれるとは思わなかった。
「私は脂の多い所で」
「私はももで」
「わかりました」
その人はナイフをその部位に差し込んで、分厚く肉を切り取って渡してくれた。そぎ落とすのだと思っていた真紀も千春も驚いたまま皿を持っておばばのところに戻る。真紀たちの後すぐに子どもたちが楽しそうにお肉に並んでいる。
切ってもらった肉は、まず皮の表面はぱりぱりだが、その下に脂肪があり、さらにその下にはしっかりとした肉の三層になっていた。
「だから深く切り取るんだね」
「どれもちゃんと味わえるように」
「さ、見てないで食べてごらん」
おばばに促されてはむっと口いっぱいに入れてみる。表面は少しハーブを利かせた塩味がきいている皮はパリとしているし、肉の部分はしっかりと噛み応えがあってジューシーだ。それを薄い脂肪の層がとろけるように包み込んでいる。
「「おいしいー」」
ほっぺが落ちそうだ。
「この時期の野ブタは脂肪が少ないが肉にうまみがあって、おいしいのじゃよ」
おばばも嬉しそうだ。
「さ、他にも山の幸がたくさんありますからね。どんどん食べてくださいね」
誰もが聖女をだしにして、飲み、食べ、笑い、時には取っ組み合いが起きたりする。夜更かしを許された子どもたちがはしゃいで走り回る。肉はどんどんお代わりが来る。獣人領特産のお酒はないのだけれど、今日ばかりは楽しさに酔ったような気がする真紀と千春だった。
水曜以外は「転生幼女はあきらめない」を更新しています。
ほのぼの、でも試練もある、赤ちゃん転生のお話です。下の作者マイページから探せますので、よければどうぞ!




