いい湯だな?
「誰?」
真紀の厳しい誰何の声が飛ぶ。とはいっても真紀も千春も何も着ていない、間抜けな状況であることは変わりはない。
「ラモだ」
「モアよ」
「アレクトロ」
「エルリアン」
素直に自己紹介が帰ってきた。
「名前を聞いてるんじゃないって!」
真紀は思わずどなった!
「だって誰って言ったじゃない」
「誰と言われたら」
「名前を答えるだろう」
「ねえ」
かしましいことこのうえない。真紀はふーと息を深く吐いて、
「いい? 普通、人族の女性の入浴をのぞいたら、それは犯罪で、『誰』というのは、怪しいやつ、何者? って意味なの」
「そうなのか。それはすまなかった」
鳥人は素直に謝った。謝ったからと言ってどこかに行くわけでもない鳥人に、真紀は頭が煮えそうだった。
「あのね」
「ギャー!」
真紀の声に重なるようにして、千春が悲鳴を上げた。悲鳴と言うより、叫び声と言った方が正しい。
「ギャー、ガー、ギャー」
「野太いな、千春」
「真紀ちゃんもやるの!」
「はい! ギャー!」
その叫び声に慌てる4人の鳥人たちのもとに、下の温泉のほうからサウロとサイカニアに、他の鳥部隊が飛んできた。真紀が千春に振り向いて言った。
「サウロが来てくれた!」
「ギャー!」
「千春?」
「サウロ、服着てない!」
「うわっサイカニアもだ! ギャー!」
サウロとサイカニアのために言っておくが、服は着ていなくても、羽毛がしっかり体を覆っている。獣人の便利な形態変化である。
「ラモ、アレクトロ、何をやっている!」
「うわ、サウロがきやがった」
ラモと呼ばれた鳥人はいやそうにそう言った。そこに灰色と金色の大きな犬が飛び込んできた。空中の鳥人めがけて大きくジャンプしている。あ、よけられた。ひらりと着地する。
「ラッシュ! かっこいい!」
「違うから! ザイナスとオーサだから!」
そしてやっとアリッサが人型で飛び込んできて、状況を見て取ると、また戻ってタオルを抱えてきてくれた。
「いい加減にしてください! 聖女のお二人の入浴の邪魔をするなんて、何と恥知らずな!」
その声にやっと混乱していたみんなが動きを止めてこっちを見た。
「よかったですわ。皆さん落ち着いてくれて。マキ、チハール、こちらへどうぞ」
そう言ってアリッサが大きなタオルを抱えて構えてくれた。
「うん、あのね、アリッサ」
「ありがとう、アリッサ」
「ええ、さあ」
さあと言ってタオルを広げられても、全員が注目している中、お風呂を上がってタオルに巻かれなくてはならないわけで、それはつまり、全裸をさらさなければいけないというわけで。
「とりあえず、皆、退場してくれないかなあ」
その真紀の一言にオーサがハッと気づき、ザイナスを促し、サイカニアに合図し、サイカニアがサウロを怒りつけ、サウロが残りの鳥人を引っ張っていき、やっと静寂が訪れた。
「やっと静かになった」
「もう少し入っていたかったなあ」
そんな二人に、アリッサがおかしそうにこう言ってくれた。
「無理にあがる必要はないのですよ。私が見張っていますから、もう少し入っていてはどうですか? それとも女性でも駄目かしら」
「ぜんぜん。何なら別にサイカニアだってオーサだっていてくれてかまわないんだけど、でも知り合いでない人は嫌だし、男の人はもってのほかだよ」
真紀は肩をすくめると、またしっかりとつかった。ほんの少ししかお風呂にはつかっていなかったのだ。
「それにしても、チハールの叫び声、見事でした」
「とっさの時にはかわいらしい声なんて出ないってことがよくわかったよ」
千春はげんなりしてそう言った。
「でも、いくら真紀ちゃんが言いきかせても鳥人はどこにも行きそうもないし、もうこれはおおごとにして外の人を巻き込んでしまうしかないと思って」
「私だって裸で回し蹴りなんて無理だしねえ」
「お風呂の中じゃあ防御力低すぎたよねえ」
二人がそう話していると、アリッサもスカートを上げてよっと足だけをお湯につけた。
「あー、気持ちいい」
「気持ちいいね」
「ねえ」
そんな風にのんびり過ごしていると、アリッサがぽつぽつと話し始めた。
「どうしても獣人は形態変化しますから、あまり衣服を重要視しないところがあるんですよねえ」
「そうなんだ。そう言われたら確かにそうだものね」
「それでも男女別であるとか、風呂はのぞかないなど、共通の常識はあるはずなんですけど、あの鳥人たちときたら」
サウロと違うとすぐわかったのは、彼らが茶色の羽色をしていたからだ。内陸ハイランドでも協力してくれた、サウロと同じように愉快なことが大好きな鳥人たちだ。もっとも、その時知り合った鳥人はいなかったように思う。
「獣人は昔はいろいろな種族がいたと、伝説のように語られていますが、現在残っているのは犬人、鳥人、そして私たち猫人の三種族だけなんです」
アリッサが水を足で跳ね上げながらそう話を始めた。真紀と千春も、いったん風呂から上がってアリッサのように湯船の淵に腰かけ、足だけつけてみた。火照った体に風が心地いい。
「犬人や猫人には、それなりにいろいろな毛色のモノがいますが、鳥人は二種類だけ。長距離を飛ぶ白い羽の一族、そして比較的狭い範囲で暮らす茶色の羽の一族です」
「あー、やっぱりその二種類しかいないんだね」
「長はどちらかの一族から、その代で優秀と思われたものが選ばれます。次代は全く文句なくサウロとサイカニアなのですが」
「文句がないんだ」
口にしたのは真紀だが、千春もちょっと同じ気持ちだった。
「自由なところが若い鳥人に受けているのですよ。ただし、もちろん反発する者もいて。それが先ほどの鳥人たちです」
アリッサがため息をついた。
「どこの種族にもあるのですよ。サウロは自由ですが節度はわきまえています。しかし先ほどの者たちは、自由と放埓を間違えているというか、鳥人の自由さをとことんまで突き詰めたようなものたちで」
「不良か」
「不良だね」
アリッサさんはちょっと首を傾げた。
「不良、とは」
「えっと、若い時に自分はこれでいいのかって悩んで、つい悪い誘惑に負けちゃう人、かな」
千春はそう答えた。そう言えば不良ってなんだろう。
「それならあの者たちは違います。自分の生き方やあり方にかけらも疑問を持っていない。ほかの人に迷惑が掛かっても、自分たちが楽しければいいのですから。人数が多くないのが救いです」
「確かに、ちょっと迷惑だった」
「かなり迷惑だったよね」
その後飛び込んできたサウロとサイカニアにもびっくりしたが。千春はひそかに赤くなった。ちゃんと服の代わりに羽毛があったし。面積は少なかったけれど。
「ちょっと暑くなってきたね」
「そろそろ上がろうか」
事件なしで温泉も入れない二人だった。
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