かごに乗って行こう
鳥人はおそらく遠慮しながら飛んでくれているのだろうが、飛行船よりもかなり高い場所を、飛行船よりもかなり速いスピードで飛んでいる。
「飛行船でも馬車よりもだいぶ速いのに、このスピード感」
「少し高い所を飛んでいるからわかりにくいけど、ものすごく速いよね?」
真紀と千春は窓から下をのぞきこみ、感嘆の声を上げた。内陸に人魚救出に行った時は、直接鳥人に抱えてもらったから、その速さはわかっているつもりだった。しかし、直接抱えられていると風圧が強いことと、運んでもらうにも筋力がいるので景色を楽しむどころではなかったのだ。
「こうして箱の中にいると、風圧もないから息が楽にできるし、確かにすごく楽ちんだね」
飛行しているコースは、どうやら海沿いだ。というより、陸の見える海の上を飛んでいるようだ。なぜ海の上を飛ぶかは、陸を見るとわかる。エルフの城のあったあたりこそなだらかな丘が連なる平地であったが、そこを過ぎると、海のそばまで森が来ており、ずっと奥まで山が連なっている。
「この森林地帯のどこかにドワーフ領との境目があるんだ」
ザイナスがそんな曖昧なことをのほほんと言う。心底どうでもいいと思っているのだろう。
「まあ、この森には馬車の通れるだけの道こそ作ってあるけれど、小さい村がところどころにあるくらいで、どっちの領地でも構わないしねえ」
オーサが苦笑しながらそう説明してくれた。だからエルフ領とドワーフ領はそれほど交流がないのだと。もっとも、お互い新し物好きの種族ではあるから、交流も交易も途切れることはない。
「エルフの森林族がいるのは、城をはさんでドワーフ領の反対側だから、ずっとあっちがわだねえ。私もちょっと大木に住むというエルフの地を見に行きたかったな」
オーサは下を眺めながら、夢見るようにそう言った。
「オーサも? 私たちもまだ行ってないんだ! じゃあ、全部落ち着いたら一緒に行こうよ!」
真紀が嬉しそうに言う。
「え? 仕事を休んでかい?」
オーサはそう言うと、ザイナスを見た。ザイナスは面白そうにオーサを眺めている。
「父さん、その好きにすればいいっている視線、ちょっと腹が立つわ。ディロンの気持ちが少しわかるよ」
「だが、好きにすればいいのだ。何日働かなければならないという決まりなどないのだからな」
その話を聞いて真紀は不思議に思う。
「そう言えば、鳥人はそんなに仕事をしてないように思うんだけど、犬人は違うの?」
「犬人は、と改めて言われて初めて気づいたけど、私らダンジョンに当たり前のように潜って、それが楽しみでもあるからねえ。もちろん、農業をしている人もいるし、鳥人は主に狩りをして食肉を提供しているよ」
オーサはそう言って、
「うーん、でも確かに犬人は休みなしに働いてるかも。と言うか、皆で仕事してるのがあたりまえで、うーん?」
と悩み始めた。そんなオーサに千春が提案した。
「じゃあさ、ツアーで行けばいいんじゃない?」
「ツアー?」
首を傾げるオーサに千春が説明した。
「皆で仕事してるのが好きなら、皆で一緒に旅行に行けばいいんじゃないってこと」
「皆で、一緒に」
「私たちの国ではね、修学旅行とか、大人になっても社員旅行とか、あ、つまり学校や同じ職場の人と旅行に行くことがよくあったんだよ」
もっとも、最近は社員旅行などはすたれてしまっているかもしれない。現に千春の会社ではもうやっていなかった。
「だからさ、オーサがエルフ領に旅行に来たければさ、ダンジョンに潜る人たちで連れ立っていけばいいよ」
「お、聖女ツーリスト始動だね」
「とすると、エルフ領は五の姫が所長だね」
「いいね!」
千春と真紀は盛り上がっている。犬人は保守的だから、旅行に行きたい、なんて思う犬人がどのくらいいるかわからないけれど、少なくとも、父さんに母さん、そして今ならディロンもきっと、行ってみたいと言ってくれそうな気がした。
「だからさ」
千春が考え事をしていたオーサの目をのぞきこんだ。
「旅行に行きたくなったら鳥人に伝言してよ。私と真紀ちゃんとで楽しい旅行計画を立ててあげる」
そう、例えば家族で旅行。勝手なことをする父さんと母さんに、振り回されて疲れる自分とディロンの姿が思い浮かんだ。いつもと同じだ。
「うん、いいね、いいかもしれない。その時はお願いするよ」
「はい、お客さん第一号!」
「うわあ!」
うわあと言うのは真紀の声だ。どうやら風の流れが変わったようで、かごが急降下し、またゆっくりと上がっていく。
「びっくりした」
「飛行機のエアポケットみたい。これは厳しい」
「ツアーにとりかごを使うとすれば、これはいけないね」
「コースをきちんと考えないとね」
真紀と千春がまじめな顔をして検討している。
「父さん」
「ん?」
「マキとチハールさ、面白いね」
「そう、何をするかわからなくて、わくわくしないか」
そうか、この胸の奥でさっきからふわふわするこの気持ちは、わくわくしているということか。
鳥人のように自由でいたいとは思わないけれど、こんな風に仕事をしないでみんなで旅をするのは悪くない。うん、悪くない。オーサの口元には笑みが浮かんでいた。
数時間飛んで、平たい土地で休む。鳥人が交代する。また数時間飛ぶ。平地で休む。その繰り返しで、あっという間に懐かしのドワーフ領は通り過ぎてしまい、列車の到着地ノワールは上から眺めることしかできなかった。
かごの中ではどんな場所に旅行に行くか話してとても楽しかったのだが、夕暮れになり今日の宿泊地についた時は、さすがに体力のあるザイナスやオーサも含めて、真紀も千春も疲れ果てていた。よろよろとかごから下りた二人だったが、
「ねえ、真紀ちゃん、すごくない」
「なにが?」
突然の千春の言葉に、真紀が力なく答えた。
「私たちすごく体力ついてるよ」
「ほんとだね。きっと鳥人のおかげだよ」
真紀は乾いた笑い声をあげながら言った。それを見てサイカニアがにっこりしてこう言った。
「このくらいで疲れるなんて、マキとチハールはかわいいわね」
「いや、このかごをもって飛んで疲れていないサイカニアがむしろおかしいでしょ」
そこは突っ込んでも許してほしい所だった。
「さ、マキ、チハール。さすがに一日では目的地に着かなかったが、ここも獣人領だ。ようこそ狭間の町、ノクテールへ」
狭間の町。なんだか素敵な響きだ。そのザイナスの言葉に、疲れていた二人も、頑張って顔を上げた。ドワーフ領とエルフ領の境目は、小さい村だと言っていた。では獣人領とドワーフ領の境目は?
その時、かご部隊の鳥人が一斉に同じ方向を見たかと思うと、マキとチハルをざっと囲った。
「おやおや、今代の聖女も鳥人に愛されていると見える」
聞こえてきたのは年老いたおばあさんの声だった。鳥人の向こうに、何人かの人影が見える。真紀と千春は夕暮れの中目を凝らした。
「ち、千春……」
「真紀ちゃん、あのしなやかなあれは」
そう、きれいな三角の耳、滑らかな毛。複雑な模様、後ろで揺れる細長い尻尾。
「「猫人だ……」」
狭間の町は、猫人の町だった。
久しぶりに新作を書いています。「転生幼女はあきらめない」水曜以外更新の予定です。よかったらどうぞ!
あと、今日がなろうで書き始めて2周年です!これからもよろしくお願いします(´∀`*)