ヨールの一族
戻ってみると、事務所から工房にかけて、手すきの人はみんなミツバチを見に外に出ていた。中にはもちろん、聖女を見に出てきた人もいるようだ。
「ヨール!」
その中でも、ヨールと同じように背の高い幾人かが走り出してきた。
「なんかハチの皆さんがめちゃくちゃはしゃいでいるんだけど」
「ああ、聖女様がきて嬉しいらしい」
ヨールはにこにこしながらそう答えた。そもそもミツバチとの通訳のようなことをしていたヨールについては真紀も千春も気にはなっていた。
「あの、ヨールさんて、ハチの声が聞こえるんですか?」
「ああ、聖女様」
千春の声に、ヨールとその仲間の目が優しく細められた。
「私たちはもともと闇界に近い、深森に暮らしている一族なんです。他のエルフとはあまり交流がなく、むしろ他の生き物と交流することが多くて、自然と考えが通じるようになったらしいです。そこで自然の恵みを分けてもらう代わりに、生き物が子育てしやすい環境づくりの手伝いをしたり、天敵を追い払ったりして来たんです」
その説明に目を見開く真紀と千春を見て、ヨールは嬉しそうに話を続けた。
「とはいえ、もう森の奥だけで暮らす時代でもなくなってきました。だから一族の中でも私たちのように比較的はっきりと生き物の声を聴きとれるものがこうして、森の外に働きに出ているというわけなのです」
千春は真紀と目を合わせ、気になっていたことを尋ねた。
「では、ゲイザーの声が聞こえたり、マンドラゴラの声が聞こえたりはしないんですか」
「それは……」
今度はヨールのほうが驚きに目を見開いた。
「いえ、まったく。ゲイザーなど見たこともないし、マンドラゴラについては話すなどと考えたこともありません」
ヨールの視線が地面まで下がった。みんなつられて下を見た。
「あら、近くのマンドラゴラが寄ってきちゃったみたい」
千春は苦笑してしゃがみこむと、何本かマンドラゴラを手に乗せて話しかけた。
「さあ、根別れしたんでしょ。頑張って遠くへ、行ってらっしゃい」
そうだった、遠くへ、遠くへ行くんだ。マンドラゴラはざわざわと歩き始めた。
「き、聞こえます、聞こえました。あなたたちに対する温かい気持ちと、それから遠くへ行かなければという使命感、みたいな」
ヨールとその仲間たちは頭に手をやって、かすかなマンドラゴラの声を聞き取ろうとしているようだった。
「言葉としてははっきりしないけれども。まさか聖女のお二人はこれが普通の言葉に聞こえるのですか?」
千春はマンドラゴラを地面にそっと戻すと手の土を払って立ち上がった。視線は歩いていくマンドラゴラを追っている。
「ええ、普通に聞こえますよ」
行かなきゃ。遠くに。
「行かなきゃ、遠くにって」
「なんと」
ヨールたちはざわめき、ミツバチのように真紀と千春を取り囲むと、
「聖女様たちは浄化のためにエルフ領に滞在していると聞きました。浄化がひと段落ついたら、ぜひ私たちの故郷へ来てもらえませんか。ここら辺では見かけない植物もたくさんあるし、気持ちの通じる生き物もミツバチ以外にもたくさんいるんですよ」
と話し始めた。
「それでもどうしても細かいことまではお互いに理解できないこともあって。聖女様が間に入ってくだされば、今よりずっとお互いに言いたいことが分かり合える!」
「まあまあ」
その熱意に押されそうな二人だったが、ここで真紀が腰に手を当てた。
「それで、そこに行くことに私たちにはどんなメリットがあるのかな?」
「真紀ちゃん……」
行く気満々のくせに、何を言っているんだろう、真紀ちゃんは。あきれる千春だったが、ヨールたちは生き物に優しい聖女はきっと来てくれると思っていたに違いない。真紀の言葉に驚き、お互いに話し合い始めた。
「そういえば聖女様は代々引きこもり。三領に出てくることさえまれなはず」
「しかし今代はこうして出てこられた。何かお好きなものがあればよいのだが」
そうして、姫たちやアーロンのほうをすがるように見つめた。アーロンは肩をすくめて、これだけ言った。
「酒、食べ物、面白いもの」
それを聞くと、ヨールたちは再び相談の後、こう話し始めた。
「そもそも蜂蜜酒は我らの地域の特産です。集落ごとに様々な蜂蜜酒がありますよ」
真紀の目が輝いた。
「凝った料理はありませんが、季節ごとに樹木の恵みを生かした新鮮なサラダやスープ、それに狩りもしますので野趣あふれる肉料理の数々。そして秋の終わりに来ていただければ、果物の女王と言われ、他の地域にはめったに出まわらないパンナムの実がなります。そのねっとりとした濃厚な味わいと言ったらもう」
千春の喉がゴクッとなった。
「さらに、見上げても上が見えない巨大な樹木は当たり前、闇界に接する岩山には川がいくつも流れ出ており、気が向けば鳥人が連れて行ってくれる天空の庭という美しい滝がひそかな人気で」
「ほうほう」
「その天空の滝のそばには岩燕が営巣していて」
「おいしい燕の巣料理があるんでしょ?」
「燕の巣を食べる? まさか。そうではなく、巣の材料に希少な紫アラクネの糸を使うので、卵をかえし終えた後に巣を回収させてもらったりするのですよ」
だんだん不穏な内容になってきた。千春がちょっと引き始めた時、
「よし、許可が出たら行きましょう!」
真紀が勝手に行くことを決めた。まあ、いいか。天空の庭、見てみたいし。千春も頷いた。
「もちろん、私も警護でついていきます」
突然、ハウがそう言った。
「ハウ、おぬし王宮の警備は……」
「休暇を取ってでも行きます。こんな危なっかしい人、いや人たちを、警護の心得のない人たちには任せられませんからな」
「しかし」
「しかしも何もありません。そもそも姫様方が王宮でおとなしくしていれば私はこんなに苦労せずに」
「ああ、わかったのじゃ! 私からも父上にお願いしてやるから、説教はやめるのじゃ」
一の姫は耳に手を当ててハウをさえぎった。その横で、
「勇者だな、ハウ」
アーロンがぼそっと言った。警護しようとするのはもちろんいい。しかし、警護しようとしてもしきれない何かに巻き込まれる二人が目に浮かぶ。
「まだ三領を回りきっていないから、いつになるかわからないけれど、事態が落ち着いたら、ぜひ行かせてください」
真紀がきちんとそう宣言した。
「ハウ、すみませんが、その時はよろしくお願いします」
あんなに束縛されるのを嫌がっていた真紀が、素直に警護をお願いしている。だいぶこの状況になれたのか、それとも何か違う要素があるのか。まっすぐにハウを見つめる真紀と、それに生真面目な顔を返すハウ。真剣勝負か。千春はため息をついた。ロマンスは、ロマンチックな人にしか来ないんだよ、まったく。
「ないな、今のところ」
「千春?」
「なんでもない。さあ、蜂蜜酒」
「その前に瓶詰の見学ですわ」
五の姫の言う通り。
5月10日、「聖女二人の異世界ぶらり旅」2巻発売されました!
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