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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編
12/169

仕事の早い人

ミラガイアは少し散歩をと言っていたが、実際には随分高くまで上がっていた。


真紀ちゃんが何か話しかけて、手で方向を示し、二人でそちらに飛んで行ってしまった。


「マキは、ずいぶん落ち着いているな」


アーサーがぽつりと言った。


「真紀ちゃんは、物事も人もありのままに受け止めるから」


千春はそう答えた。


「その分チハールが警戒しなければならない?」

「そんなことは……」


真紀のために警戒しているのではない。自分で状況をコントロールできないのがいやなだけだ。流されたほうがかわいらしくてふられたりしないのかもしれないけれど。それでも。


「真紀ののんきでおおらかなところは、救いなんです。本当にほっとする人で」


千春はそう言った。


「だから向こうでも真紀に付け込もうとする人は結構いて。おおらか過ぎて執着がないと思われたり。理想を押し付けて勝手に期待したり勝手に裏切られた気持ちになったりして、真紀を傷つける」

「だから最初からありのままのマキをみんなに見せようとしているのかい?」

「さあ。そんなことは」


友だちのことをそんなに深く考えたりはしない。それに仕事ならと我慢しなければいけないこともたくさんあった。ただお互いに一緒にいて気持ちがいいように努力はする。


「チハールは亡き妻に似ているな」

「亡き……エドウィのお母さまはもう?」

「体の弱い人でな。エドウィを産んですぐにな。将来の王妃など勤まるまいと。子どもなど持てぬはずと周りに言われながらも、添い遂げてくれた強い人だ」

「それは……光栄です」


それで王子は少し甘えん坊なのかな。アーサーはふっと口元をゆるめるとこう言った。


「光栄と言っていいかどうか。妻は腹黒であったからな」

「ええ? 私は腹黒ではありませんよ? ちょっと、そのちょっと」

「ちょっと?」

「ちょっとおなかの中が正直なだけで」

「はははっ。妻も正直だったのだなあ、きっと」


アーサーは空を見上げた。


「幼馴染だったのだ。お互いによく知っていたとは思うのだが、それでも大人になった妻の考えを知りたいと良く思うのだよ」

「腹黒な私の考えでよければ正直にお伝えしますよ」

「ははは! やはりな。妻もそのような物言いを良くしておった。なつかしいな」

「奥さんであるのと同時に」

「うん?」

「きっと良い友だちだったんですね」

「うん。うん」


アーサーは優しい顔をした。


「ちーはーるー」

「真紀ちゃん!」


真紀が戻ってきた。ミラガイアにそっと下ろしてもらったとたんに走ってくる。私ならまずふらついて倒れるな。さすが真紀ちゃん。千春は思った。


「宮殿のね、上から街を眺めてきたよ! 噴水のある広場に、屋台が、屋台があった!」

「屋台! 小銭! 小銭がいる! アーサー、百万小銭に両替してください!」

「え? おお?」

「千春、落ち着いて。百万両替なんてあり得ないでしょ。ま、一人一万くらいかな。魔石を正式に売って、そのうち一万を小銭にしてもらおう」

「待て待て、マキ、チハールよ、まだ城外に出るのは難しい」


真紀と千春はぐるりと振り向いた。アーサーは鳥人を手で示した。


「鳥人だけでなく、聖女だとわかれば人が群がるだろう。警備をきちんと考えないと危険だ」

「聖女を害そうとする人がいるのですか?」


千春が尋ねると、アーサーはこう答えた。


「害そうと言う人はまずいないとは思う。終末教団くらいだろう。だが最近大きな動きはないし」


待て待て、終末教団! 怖っ! 何あっさり当たり前のように言ってくれてんの? 千春が一言言う前に、アーサーは続けた。


「それより、めったに見られない聖女を一目見ようと押し寄せる人につぶされるのが怖いな」

「それじゃ永遠に出かけられないよ……」

「マキ……」


落ち込む真紀にアーサーが少しおろおろした。しょうがない。


「アーサー。人間領はここら辺だけですか?」

「いや、ここは大きい大陸の海辺なので、海沿いにも内陸のほうにも広がっているぞ」


ふむ。


「では、女性が出かけるときベールをかぶる国などないですか?あと、お忍びで変装するとか」

「ベール……。たしか砂漠の国の女性がそうだな。目立つことは目立つような気もするが」

「それでも群がられたりはしない?」

「さすがにしないだろう。なるほど。その手もあるのか。ただし黒髪と瞳もめずらしいのでな」

「かつらで行きましょう」

「目は」

「伏せておけばいいんです」

「しかし背が」

「子どもだと言い張ればいい」

「……どうしても屋台に行きたいのだな?」

「「はい」」

「……今日すぐにとはいかないが、手配しよう」

「「やった!」」


外出の許可が出た! 喜ぶ2人を横に、アーサーはブツブツ言っている。


「貴族の子弟のお忍びということにしてカツラをかぶれば、護衛をつけても不審がられまい。エドウィもよくやっていた事だし。いや、いっそのこと聖女だと公開して、エドウィに案内させるか。王子と一緒なら護衛も十分に付けられるしな。よし、エドウィとセーラに相談するか。いや、それより前にいつ聖女降臨を公開するかだ」


何かを決めると、


「ミラガイア、今代の聖女はちゃんと会ってくれるそうだから、きちんと手順を踏んでくれ。それから急に運ばぬこと。断ってから、そっとな! あとちょうどいい。せっかく来たのだから仕事の話だ。執務室に一緒に来てくれ。では、マキとチハールも朝食はまだだろう。いったん戻られよ」


と言って足早に去って行った。ミラガイアは名残惜しげに真紀を見たが、満足したのかおとなしくアーサーと共に去って行った。鳥人たちも長年の長の思いがかなったから落ち着いたようで、庭で思い思いに話をしている。サウロは、


「チハールも高いところまでどうだ?」


と誘ったが、千春は、


「まだ高いところは覚悟ができていないから」


と断った。それでも、また直接バルコニーまで運んでもらった。真紀はもうまったく平気だし、千春も慣れてきたような気がする。あと朝食前でよかった。サウロとサイカニアは別のところで朝食を食べるとのことで、セーラの元に真紀と千春は残された。


「お見事でございました。争いもせず鳥人をおさめるとは」

「長年の片思いみたいなものなんだろうね、きっと」

「マキ様とチハール様が思うよりずっと、日界の聖女への思いは強いのでございます。最初はご負担にもなりましょうが、少しずつでも慣れてもらえれば。さ、遅くなりましたが、朝食を」


昨日の朝食は、こちらの世界の物だった。やわらかい掌ほどの大きさのパンにジャム、ハム類にスープ。そして今日はご飯だ。


「こないだも思ったのですが、出汁は何を使っているの?」


千春がきくと、セーラはこう答えた。


「こんぶと煮干し、そしてキノコの干したものにございます」

「やっぱり。かつお節は伝わらなかったのかな」


セーラさんはなぜか張り切った。


「記録によりますと、かつお節はだいぶ前の聖女さまから食べたいものの一つとしてあがっておりました。しかし、どうしても製法がわからず、再現できなかったとのこと。幸い海草は見つかり、小魚の加工も容易だったためこの二つは何とか。もうひと味と言うことでキノコが少しだけ入っております」


なるほど。


「マキ様、チハール様におかれましては、これについては?」

「残念ながらわからないんだよね。カビさせるのは確かなんだけど、どうするかはぜんぜん」

「私もわからない」

「カビ、ですか」

「うん。でも、カビってたいていは体に悪いから、難しいよね」

「ふむ、なるほど、寿命の長いエルフか獣人なら、研究する価値はあるかもしれませんね。要検討です」


そうして食後に出たお茶は。


「あれ、これ、セーラさん……」

「緑茶だ……」

「そうですか、これがそうなのですね! 前代の言う通りの色と味、緑と言うよりは黄色ですが、ちょうど摘み取りの時期でもあると言うことで、職人がマキ様の言った製法を一番簡単な方法で試してみたものなのです」

「緑茶って言っても、はっぱが緑で、お茶の色はどちらかと言うと黄色だもの、味も緑茶ですよ、これ」

「そうですか、このように簡単にできたものを。前代にも飲ませてさしあげたかった……」


セーラさんが感動している。いやいや、たった2日でできるなんて、こっちが感動だと思いつつ。セーラの前代への思いに何となく心が温まった二人なのであった。



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