警備の大切さ
「聖女方、すまないが、このようなことがあった以上明日からの警備計画を練り直さねばならない。少なくとも、今夜のこの事態の説明だけでもお願いしたい」
背の高い方の聖女があからさまに面倒くさいという顔をした。小さい方はもう眠いのかぼんやりしている。ハウは矛先を変えた。
「事情がはっきりとわかっているのなら、エアリスでもアーロンでもかまわない。聖女のお二人は明日すぐ姫様方と出かけるのだろう。我らは今夜中に計画をたてたいのだ。聖女の安全のためだ」
「しかしな」
「何がしかしだ、エアリス」
指揮官とエアリスは親しい仲である。
「明日にはチハールとマキと離れるのだぞ。過ごす時間を少しでも減らしたくない」
「バカかおまえは! しかも離れるって、ほんの数日だろう」
ハウはあきれた。
「離れるならなおさら警備は大切だ。いいか、お前は」
「私が行きましょう。私が一番事情に詳しいと思いますので。エアリスとアーロンはマキとチハールを部屋に」
エドウィはそうハウの小言をさえぎると、疲れている聖女を連れていくよう合図した。ちょっとあきれてそれを見送るハウをエドウィは自室に招いた。他に招いてもいないのに、トールも、なぜか出てきていた一の姫と五の姫もついてくる。
王族が三人も揃っているのに完全な傍観者であり、しかもエドウィは途中で人数分の飲み物を注文する有能ぶりだ。
「どちらが王族だか、歳上なのかわからんではないか」
このミッドランドの王子はまだ子どもと言ってもいい年なのに。エアリスのようなマイペースな者や王族なのにのんびりした者の多いエルフ領の中で警備を担当するのは実に骨の折れることではないのかとハウは常々思っていたが、エドウィを見てそれが確信に変わった夜だった。
さすがにミッドランドの王子ということで、エドウィには広い部屋があてがわれているので、それぞれが座るのには何の問題もない。
「さて、聖女ですが、今日ごらんになったような、魔物を魔石に戻す力についてはすでに王には報告してあります」
「うむ。私も聞いている。ただし、ことがことだけに王と私だけでまだ他のものには話していない」
「確かに私たちも知らなんだ」
エドウィの言葉に、トールが頷き、一の姫がそれに同意する。しかし、その答えにハウは満足しなかった。
「しかし、そのことは警備担当には話してもらえないと困ります。聖女はお忍びを好むと聞いていたので、最低限の護衛でと考えていました。もちろん、私も付く予定ですが」
「ハウなら一人で何人分かしれぬほどの武人。十分であろう」
「しかし、今日のようなことが毎晩、あるいは昼間にあるようではそれではたりません。何班か編成して昼夜を分かたず護衛を考えないと」
そのハウの言葉に、エドウィは首を横に振った。
「あれほどのゲイザーを、と思ったことでしょうが、私はあれより多い魔物に取り囲まれたマキとチハールを何度も見てきました。魔物は夜にしか来ない。そして魔物は聖女を傷つけない。ですから、魔物に対する警戒は不要です。むしろ」
エドウィはその青い瞳をひたとハウに向けた。
「魔物を魔石に戻す、そのことで怖がられたり、遠ざけられたりすることのほうが何倍も聖女を傷つけることでしょう。だから」
「だから?」
「気を付けるべきは、人の悪意です」
「それは」
警備の仕事ではない。そうハウは言いたかった。
「時には守るべきものが傷つける。なぜすべての魔物を聖女が浄化しないのかと。神に招かれた聖女だということを忘れて、自分たちのための道具のように思う人がいないとは限らないのです」
エドウィは続けた。
「そしてそれが、兵や民であるということもありうると、そのように考えています」
部屋には沈黙が落ちた。
「確かに、やすやすと魔物を魔石に戻していた。あれならわざわざ冒険者や兵をダンジョンに送るのがばからしいと考える人もいるじゃろうな」
「姉様、何をおっしゃっているのか。たとえば矢が得意だからと言って、それを仕事にしたくないというものをその仕事に就かせるわけにはいかぬのですよ。すべて聖女次第なのです」
エドウィはおやと思った。一の姫も五の姫も案外きちんと物を考えられるようだ。エドウィはそれに頷くともなく頷くと、ハウに向かってこう言った。
「ですから、マキとチハールがうっとうしいと思わない程度の護衛で十分です。ただし護衛には、聖女には魔物が好んで寄り集まること、聖女は魔物を浄化する力はあるが、それは心身に大変に負担のかかることということをしっかりと伝えておいてもらいたいのです」
「疲れてはいても元気そうに戻っていったようだったが」
ハウは思わずそう返した。すたすたと歩いて戻ったではないか。
「心身と言ったはずです。聖女にとっては魔物も生き物なのです。感情が伝わる生き物の命を自らの手で失わせることにどれだけ心が痛むことか」
魔物が生き物であるということですら理解しにくいというのに、難しい注文をするとハウは思った。
「マンドラゴラを踏みつけることさえ許さず、綿毛の一つでさえ空に返す、そんな二人ですものね」
五の姫は夕方のことを思い出し、仕方がないというように口元をほころばせた。
「武人のハウには難しい注文かもしれません。私たちができるだけ悪意からは守りましょう。ねえ姉様」
「もちろんじゃ。たとえライバルと言えど、神に招かれ浄化の役割を担う聖女。もちろん、大切にしようではないか」
ライバルということは変わらないのかと、エドウィは少しおかしく思った。五の姫はハウに向かい、
「観光の計画を話し合おうとしたところにマンドラゴラが騒いだものですから、具体的には決まっていないのですが、私としては、食べ物がお好きなら王家の森の蜂蜜工房へ、着るものに興味がおありなら養蚕から機織りまで見られる織物工房へとお連れしようかと思っています」
と言った。
「ふむ、蜂蜜工房であれば通常の警護で十分でしょうな。織物工房は人が多いからどうするか……魔物は考慮に入れぬとなると……」
ハウは少しだけ悩むと、一の姫と五の姫にこう言った。
「織物工房に行かれるようでしたら少し、少し警護の人数を増やすやもしれませんが、目立たぬようにいたしますので、それでお願いいたします」
「わかった。我らもなるべく聖女方には注意を払おう」
一の姫が鷹揚に頷くと、ハウはすぐ席を立った。
「ではまた明日に」
エドウィに目礼すると、あきれたように王族を見る。
「殿下、姫様方、いつまでこの部屋にいるおつもりですか。エドウィ様がお休みになれないでしょうに」
「たまにだからよいのではないか」
「よくありません、さあ」
「エドウィ、では事態が落ち着いたらゆっくり酒でも飲もうな」
「最初からそれが目当てか、さ、行きますよ」
王族三人はハウに追い立てられ渋々帰っていった。
「やれやれ、エアリスやヴァンとはまた違ったマイペースさだな」
エドウィはふうっと大きく息を吐いた。本当はエドウィだってマキやチハールと過ごしたかったが、仕方がない。自分がいなくても、アーロンと、五の姫が何とかしてくれるだろう。まずはしっかり役割を果たさなければ。そう気合を入れると、休む準備を始めた。
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