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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
エルフ領編
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遠くに飛んでいけ

「チハール、大丈夫だったか」


エアリスの言葉はおそらく姫たちとトラブルになっていないかも含めてだっただろうが、千春は気が付かずににっこりして答えた。


「大丈夫。マンドラゴラからは何となく好意しか感じないの」

「ふうむ」


エアリスは立ち上がった千春にしがみついていたマンドラゴラを指でぺんっとはじいた。途端にマンドラゴラがエアリスの足に群がり、ひげ根でぱしぱし叩いてくる。


「大丈夫だ。チハールに何かするわけではない。お前たちはちょっと邪魔なのだ」


そうマンドラゴラに言うエアリスだったが、伝わるわけもなく、


「エアリス、私今とっても楽しいの。こんな生き物初めて見たんだ。邪険にしないであげて?」


と千春に言われてしまってはしかたがない。後ろでは気を利かせたお付きの人が、新しい軽食と温かいお茶を用意しなおしている。


「エアリス、もともとマンドラゴラは人に害をなす生き物ではない。せっかくお茶を用意してくれたのだし、座って落ち着こう」


アーロンの声にエアリスはちょっとためらったが、千春から離れて、そして初めて姫二人に気づいた。


「一の姫、五の姫」


一の姫はその言葉に肩を落とし、


「やってられんわ! この朴念仁が、誰に対してもこうかと思えばチハールにはデレデレと。幼い頃より憧れて育った私の気持ちをどうしてくれる!」


と叫んだ。


「おお、一の姫、もう名前で呼び合うほど親しくなったのですな」


しかしエアリスは言われ慣れているのだろう。憧れうんぬんはどこかへやってしまったようだ。


「親しくはない! それに一の姫一の姫と。昔のようにアイラと呼べばいいじゃろ。私が王宮に戻ってからずっとそうやって壁を作って、私は、私は!」

「姉さま」


五の姫がアイラを止めた。千春はずっとエアリスの後ろから二人を見ていたので、エアリスが何も言わず二人のそばを通り過ぎた時、そして振り返って今始めて二人に気づいたという顔をした時、どんなに傷ついた顔をしたか知っていた。


だからと言って何が言えるだろうか。人の気持ちはままならないものだ。エアリスの気持ちだって、千春がどうこうできるものではない。まして一の姫の長い間の思慕、五の姫の恋も、どれほどのものなのか測るすべはないのだ。千春は葉を揺らすマンドラゴラに目を落とした。姉妹で慰め合ってもらうしかない。


「だいたい、そんなにエアリスが好きなのに、別の方に嫁いだのは姉さまではありませんか。しかもたいそう幸せだったと聞き及んでおります。今更憧れだのなんだの、ちゃんちゃらおかしいですわ」

「なんだと? 大人の恋もまだ知らぬ末っ子が!」

「大人の恋とは地団駄踏んで叫ぶだけのモノとは知りませんでしたわ」

「ぐぬぬ」


むしろライバルだった! 千春があきれて何か言う前に、アーロンがため息をついてこう締めくくった。


「大切な話がありますので、少し静かにしてもらえませんか、姫様がた」


アーロンのほうがずっと大人だった。アイラとリーアがおとなしく席に座ると、逆にエドウィが席を立ってゆっくりと真紀と千春のほうにやってきた。マンドラゴラはゆらりと葉を揺らしエドウィに気づいたことをうかがわせるが、エアリスの時のように警戒したりしなかった。


「それ、私にも触らせてくれるでしょうか」


そう言ってマンドラゴラに手を伸ばしている。そっと掬い上げても、もぞもぞするだけでマンドラゴラは抵抗しなかった。


「かわいいでしょ」

「はい。何というか、ええ、はい」


エドウィは嬉しそうだ。


「マキとチハールはそのままでいいから聞いてくれ。ダンジョンからすでに魔物が少しずつあふれているらしく、今回は飛行船を使って素早く兵を運ぶことになった。それで」


アーロンは自分で言うようにエアリスに話をつないだ。


「うむ。私の飛行船も使いたいとのことでな。申し訳ないのだが、私もエドウィもその仕事に赴かねばならなくなった」


ものすごく残念そうだ。エドウィも黙ってマンドラゴラをすくい上げては地面にそっと戻している。真紀は、


「大丈夫だよ。これから五の姫と、エルフ領のどこを観光するか相談しようと思っていたところだから」


と答えた。もちろんさみしいが、本当は遊びに来たわけではないのだから。その時、真紀の目の前にふわりと綿毛のようなものが飛んできた。形がたんぽぽの綿毛なだけで、大きさは真紀の顔の半分ほどもある。思わずふわっと捕まえてしまった。うわ、ふわふわだ。


「おや、綿の木は温室にはなかったはずだが、外から飛んできたのかえ。王宮では珍しい」


一の姫が目を瞬かせた。


「綿の木?」

「そう言えばこれもエルフ領の特産品じゃの。見上げるほどの大きな木なのだが、夏に目立たぬ白い花を咲かせ、夏の終わりにこのような大きな綿毛に種を運ばせる性質がある。種に意思があるのか綿毛に意思があるのかわからぬが、自ら風を捕まえて、遠くへ遠くへ飛んでいこうとする。そして秋の初めに力尽きて落ちたところを収穫し、綿毛だけ布団の中身にするのじゃよ」

「それじゃあ捕まえてはいけないよね。ほら、また飛んでいくといいよ」


真紀は捕まえた綿毛をふわりとはなったが、温室の中は風がないのか下に落ちてしまう。


「千春、ちょっと外に行って綿毛君を飛ばしてくるよ」

「私も行く!」


いい? と目で合図する二人に頷きながら、エアリスやアーロンも二人の後をついて外に行くことにした。


「それにしても面妖な」


マンドラゴラを踏まないようにゆっくり歩く真紀と千春の周りには、温室だけではありえないほどのマンドラゴラが集まってきて葉を揺らしており、真紀と千春が地面ごと移動しているかのように見えるほどだった。


やがて真紀と千春が温室の外に出ると、王宮の窓にエルフが鈴なりになっているのが見えた。また、わざわざ外に出てきているものもいて、何となくざわめいている。


「何があったんだろうね、あ」


真紀がエルフを見ていた目をふと空に移すと、そこには空からふわりふわりと綿毛が降ってきていた。


「わあ、きっとどこかで強い風が吹いたんだね。さあ、お前の仲間だよ。一緒に遠くに行っておいで」


真紀は綿毛をふわりと放り投げた。綿毛は去りがたいように一瞬こちらを振り向いたような気がしたけれども、わずかな風を見つけたのかふわりと舞いあがった。


「真紀ちゃん」

「なあに、千春。上を見て、綿毛があんなにたくさん」


暮れかけた空は真っ白な綿毛で埋め尽くされそうだ。


「違うの。上じゃないの。真紀ちゃん、下を見て」

「え、下? マンドラゴラなら、見たよ?」


今は綿毛を見ようよ、と言おうとした真紀だが、そのまま固まった。


王宮の庭がゆらゆらと揺れているように感じるほど、そこにはマンドラゴラがひしめいていた。


「やばくね?」

「やばいし」

「どうする?」

「話してわかってもらうしか……」


その時、強い風が吹いて、綿毛が一斉に舞いあがった。


「うわあ、きれい」

「遠くに、遠くに、飛んでいけ!」


千春と真紀の声がまるで綿毛に届いたかのように、綿毛は風に乗って遠くに飛んでいった。


風を起こしたのは鳥人たちだ。


「相変わらずいろいろなものに好かれているな。この時期の綿毛は時に羽に絡まって厄介だから、飛ばしてしまうに限る」


近くに舞い降りたサウロはそう言ってちょっと得意そうな顔をした。


「サウロ!」

「サイカニア!」


さっき別れたばかりなのだが、ありがたさで涙が出そうな真紀と千春だった。しかし、


「だが、このさわさわしている奴はどうするのだ?」


足元のマンドラゴラを見て首を傾げるサウロとサイカニアは、やっぱりちょっと残念な人たちなのだった。


「いやあ、今回一番大変だったのは」

千春が言うと、

「町長の館だよね」

「グロブルですよね」

真紀とエドウィが同時に答えた。

「「え?」」

「さ、答えは5月10日発売の、2巻で!」

「千春、誰に向かって言ってるの?」


そんな感じの2巻、お楽しみに。書影は下にありますよ!

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