とばっちりはいやなんだけど
5月10日、『聖女二人の異世界ぶらり旅』2巻発売です。
トラブル多発、グロブルダンジョン編です!
「で、何が起きているのだ」
グルドと同じように、エルフの王もエアリスとほぼ同い年に当たる。したがって非公式の場では全く遠慮がない。
「魔物が思ったより多くてな。鳥人の連絡によると、ここから二週間近くかかるダンジョンからはもう少しずつ魔物があふれ出しているという」
王ではなくトールが答えた。王の交代は崩御まではないとはいえ、着実に代替わりは進めているようだ。
「このエルフ領は闇界に近いとはいえ、ダンジョンそのものはドワーフ領に比べれば小規模だ。むしろ大気中の瘴気の濃さこそ問題であったからなあ。聖女が直接おいでになればまし程度にしか思っていなかったのだが、やれやれ」
やれやれとは、とても若者のセリフとは思えないではないか。代替わりしたとしても、この王族の何とかなる的な発想に変わりはないようだ。そののんびりさに周りがあたふたして、有能な人材が育っているとも言えるのだが。ヴァンしかり、私しかり、とエアリスは内心ため息をつく。
「で、肝心の問題とは何だ。私は魔石の研究にしか役に立たないし、アーロンもエドウィも今回の主力ではないはずだが」
エアリスは少しイライラして言った。マキとチハールが心配で気が気ではない。
「エアリス、大丈夫です。あの人たちは案外強い。城出してもきちんとやっていたではないですか」
そうしてエドウィにたしなめられた。
「短気は変わらぬようだな」
トールは面白そうにそのやり取りを見ていたが、顔を引き締めて話し始めた。
「ダンジョンまで二週間かかる。それなのにローランドからの船はついたばかりだ。これでは兵の派遣が間に合わない恐れが出てきた」
「だからと言って私に何の関係が……飛行船か!」
エアリスの言葉にトールは頷いた。
「一時的に飛行船の定期運航は取りやめてある。定員30人ほどだが、詰め込めば40人ほどは二日程度で運べるだろう。それに加えて、エアリスの個人の飛行船も借り受けたい」
「それは構わぬが」
マキとチハールの観光なら後でもよい。馬車で王都周辺を回るのもよいし、問題ないだろう。
「当然操縦するのはお前だ。エアリス」
「私でなくてもできるが」
「操縦に癖があるだろう」
トールの声に、アーロンがああ、という顔をした。あの飛行船はエドウィとエアリス以外はどうにもうまく操縦できない理由はこれだったのかと言う顔だ。
「しかし」
「二つの飛行船を使えば一度に50人ほどをダンジョン近くまで運べる。三往復もすれば何とかなるだろう。幸い聖女の魔石も豊富と言うではないか。緊急事態なのだ」
困った顔のエアリスにトールが頼み込む。
「マキとチハールなら行ってらっしゃいと言うと思いますよ」
「やるべきことを間違えるなともね」
「エドウィ、アーロン……」
人魚救出作戦にかかわった二人だからわかることだ。あの二人なら、ちゃんと仕事をしろと言うだろう。エアリスは今度こそため息をついた。
「わかった。出立はいつだ」
「明日早朝。今夜はゆっくり休んでくれ」
「エドウィ」
「わかっています。交代要員として私もついていきます。アーロン」
エドウィとエアリスはアーロンのほうを見た。
「わかってる。できる限りついているから」
残るのはアーロンのみと言うことになる。やや不安になりながらも、アーロンはしっかりとうなずいた。
一方、真紀と千春はどうなっていたか。
「これが聖女の印か」
「なんと美しい」
「小さいな」
などとガヤガヤとエルフに取り囲まれていた。それを一の姫も五の姫も止めもせずに見ている。真紀はちょっとイライラした。
「ちょっと、一の姫、五の姫。案内をするんじゃなかったの?」
真紀には珍しく初対面なのに敬語ではない。もっとも初対面とは言えないが。
「して欲しくばしなくもないが」
「はあ? あんた王様に頼まれてたよね? しかも自分から申し出てたよね?」
一の姫は大げさにため息をついた。
「はあ。面倒じゃのう」
「のじゃロリか! いや、ロリじゃないか。ババアだな」
「ババアじゃと! 長く生きているものに敬意を払わぬとは……この小娘が!」
「自分こそ小娘とかいうしー。言動不一致だしー」
真紀は頭の後ろで手を組んでそう言った。これは相当イライラしているな。千春はため息をついた。
「真紀ちゃん。別にいいよ。この人たちに頼むから」
そう言うと、今まで頑張ってあげていた顔を少し下げて、
「どなたかお城の案内をお願いできませんか」
と申し訳なさそうに頼んだ。こちらが本来の千春だ。
「もちろんです」
「喜んで」
と周りのものは男女を問わずむしろ大喜びだ。
「そういうわけで、案内はけっこうですから」
千春はまたつんと顎を上げて、姫たちの方を見もせずにそう言った。
「なんだと! 案内してやろうと言っているというのに!」
「言ってないしー」
真紀に突っ込まれている。
「姉様……」
五の姫が呆れたようにつぶやくが、
「あんただって案内する気配もなかったくせに」
真紀が言い返した。女同士で言い合うことなんて日本ではほとんどない。千春は、真紀が言い返している状況そのものが腹立たしかった。ぐっと詰まっている姫二人を無視して、千春はさっさと歩き始めた。それにぞろぞろとああでもないこうでもないと言いながらエルフたちがついていく。そしてその後ろを姫二人がついていく。真紀は頭の後ろで腕を組んだままその後ろからのんびりついて行った。なんだかんだ言って、ついていくんだ、姫は。何これ、おもしろい。
「どういう順番で見たらいいでしょう」
謁見の間を出ていく前に、勢いだけで動いていた千春が立ちどまってそう尋ねた。しかし、周りのエルフはがやがやしているだけで自分から名乗り出てくるものがいない。その後ろで、五の姫がそわそわしている。後ろで見ていた真紀はそれに気が付いた。ねえ、この人本当は案内したくてたまらないんじゃないの?
その真紀に千春が気が付き、真紀の目線をたどって五の姫を見ると、しようがないなという顔をした。エルフたちを挟んで真紀に視線が戻ってきた。まきちゃん、どっち? と千春の口が動く。いちのひめ、と真紀の口が動く。千春はうなずいた。そして衛兵ににっこりとお願いした。
「衛兵さん、扉を開けてくださいな」
千春の言葉に大きな扉が開く。千春が振り向いた。よし。
真紀は前に出て一の姫の手首をぐっと握った。その間に、千春が早足で戻ってきて五の姫の手首をぐっとつかむ。
「「さ、行くよ!」」
何が起きたかわからない姫を引っ張って、二人は急いで扉から出た。真紀は小走りになりながら、
「姫に案内してもらいまーす」
と後ろに叫んで、
「え? え?」
「なんじゃ?」
などと慌てている姫を引っ張っていった。もちろん、千春もだ。もともと姫に案内してもらうという王の言葉は聞いていたので、エルフの人々は呆気にとられながらもそのまま見送った。廊下まで出て、千春はやっと晴れ晴れとした顔をした。
「私たちが悪い人だったらエルフの姫誘拐事件だね」
「姫というには年取ってるけどね」
「なんじゃと?」
「一の姫だって言ってないしー」
「ぐぬぬ」
姫二人はずっと手を握られていたことに今頃になって気づき、慌てて手を振り払った。
「まったく、これだから人族は」
五の姫は何とか取り繕おうとしたが、千春にさえぎられた。
「私ね、ずっとエアリスと一緒にいるけど」
おっと、これは痛い。真紀は千春の鋭い一撃に五の姫を気の毒に思った。
「エアリスが人族がどうとかいうのを聞いたことがない。エアリスがエルフだから、理解できないということも一度もないよ」
「そ、それは……」
五の姫は悔しそうにうつむいた。
「王族じゃなくたって、人を先入観で見ちゃダメって私たち人族だってちゃんと教わるのに。さっきから二人は何なの?」
千春は腕を組んで二人の姫をにらんだ。
「エアリスが好きだから? そんなの理由にならないよ」
「し、しかし、ライバルは少ないほうが……」
「エアリスはライバルを蹴落とすような女性が好きなの?」
「そ、そのようなことは……」
今度は二人ともうつむいた。二人とも100歳を超えているだろうに。真紀は残念な気持ちになった。
「好きなら頑張るのを止めたりしないよ。だけど、それでとばっちりを受けるのは嫌なの。私はエルフの国が素敵だっていうから楽しみにして来たのに」
おっと、千春の本音がポロリと出た。
「もちろん、瘴気の浄化のためもあるけどね」
真紀は急いでフォローに回った。
「そ、そうなの、エルフ領にはいいところがたくさんあるのよ!」
千春の言葉を聞いてハッと顔を上げた五の姫の目が輝きだした。お? これはもしかして?
引き続きコミカライズ継続中です。
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