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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
エルフ領編

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戦う?戦わない?

お待たせしました! 5月10日、2巻発売! バイトあり、人魚あり、誘拐ありの、ダンジョン編です!

「じゃあ、私たちお風呂借りるね」


千春はニコッと笑うと、


「え、いいの? 千春?」


と言う真紀を連れて寝室に入ってしまった。ぱたん、と静かにドアが閉められ、やがて水音が聞こえ始める。


「どうするよ、エアリス」

「どうすると言っても、どうしたものか」


アーロンにそう答えるとエアリスは寝室のドアを見、それから窓の外へと目をやった。


「怒ってくれたらよいのだが」

「怒ってただろう」

「そうだろうか」


エアリスは自信なさげにつぶやいた。


「恋人でもないものを、言い訳する権利もない」

「まったく、エルフの女はガンガン来るから困る」


アーロンはイライラしたようにそう言った。


「正直なところ、展開が急すぎて私には理解できない。女性があのようなことをするのも衝撃でしたが、これはエアリスが悪いのですか?」


そのエドウィの言葉に部屋に沈黙が落ちた。


「エアリスが説明するのは難しいかもな、エルフだから、人族が何をおかしいと感じるかわかりにくいんだよ」


アーロンが話し始める。


「エルフは基本狩人だろう。ダンジョンを人間に任せているくせに何をと思うかもしれないが、魔物は食べられないから魔物を狩るのは無駄と考える向きも多い」

「そんな、だってエアリスは魔石の研究者で、先ほどのように慕うものも多いのに」

「面白いと思えばそれに夢中になり、成果も出す。魔石研究に夢中なものは研究だけしたいのであって、魔石をとりたいわけではない。養蚕も養蜂も盛んだし、織物や服飾はとても人気がある。もちろん、恋多き民族でもある」

「恋、多き民族……」

「男女とも活発なもの、極めたもの、強いものが好まれるからな」


人族では穏やかなかわいらしい女性が好まれるのだがとエドウィは思う。もっともそれは単にエドウィの好みでもある。


「だから面倒だとは思っても嫌なことだとか悪いことだとかは思わないのだよ、先ほどのようなことも」


エアリスは肩をすくめる。


「ただ、チハールに何と思われるか。何と思われたいのかもわからないのだが」


エアリスは苦笑した。これほどまで心惹かれるものは、300年生きてきても一つもなかった。だから、それをどうしたいのか自分でもよくわからないのだ。


「ただ、このように上がり下がりする心持ちは、悪くない」


悪くない。が上がったままでいたいものだとも思う。




一方、真紀と千春はどうしていたか。


「真紀ちゃん、先に入って」

「え、ええ、千春、大丈夫?」

「大丈夫だよ」


千春はニコッと笑って見せた。真紀は渋々だが先に浴室に消えた。


塩のついた体でどこも汚したくなかった千春は立ったまま自分の気持ちに思いを巡らせた。この世界に来てから3か月がたとうとしている。その間に失恋の傷は癒えただろうか。千春は胸に手を当てた。


少しまだつらいけれど。もう先輩の顔より、新人ちゃんの顔のほうが思い出せるくらいだ。


千春は最初から知っていたのだ。新人が先輩に惹かれていくのを。惹かれた先輩がまんざらではない気持ちでいたのを。でも信じたかった。自分と先輩の間にはちゃんときずながあることを。ほんの少しの考えの違いではそれは揺らがないことを。


結果はきずななんてもろいということがわかっただけだった。千春は胸にあてた手をぎゅっと握りしめた。


でも、私は、と千春は思う。わかっていて、先輩を引き止める努力をしただろうか。告白してきたのは先輩なんだから、先輩から裏切るなんてありえないと思ってはいなかったか。そう、先輩の心を試したのだ、自分は。そして負けた。


真紀は手早く洗うとすぐ浴室から出てきた。


「はい、交代」

「うん、ありがと」


真紀に気がかりそうに見送られながら、千春はシャワーを浴びる。


エアリスが、保護者としてではなく、聖女としてではなく、千春を大事に思っていることは知っていた。それが心地よいことも。千春だってエアリスのことは大切だ。真紀ちゃんは別として、他の誰より一緒にいてほっとする人だ。だけどそれが恋かどうかはまだわからない。


そっと大きなボタンに触れると、シャワーは静かに止まる。千春は自分に問いかけてみる。


誰かに、例えばさっきの王女様に、エアリスが奪われてしまったら? 先輩のように。


見ているだけではだめだから、戦うの? 今度は。


シャワーの水滴がぽたりと落ちた。


勝ち負けじゃない。戦いでもない。この気持ちを、誰かに急かされたくない。


千春は軽く水けをふき取ると、浴室から出た。


「千春、わお」


わおってなんだ。千春は思わず噴き出した。


「千春はそのほうがいいよ。あんまり強い目をしているからびっくりしたよ」


髪を乾かし終えた真紀が、千春が髪を乾かすのを手伝いながらそう言う。


「ねえ、真紀ちゃん」

「んー?」

「急がなくて、いいよね」

「んー? うん」


真紀は何のことかわからなかったけれどそう返事をした。千春がそうしたいならそれでいい。


「額は、出そうよ」

「ん? 戦闘モード?」

「そんなんじゃないけれど」


戦いではない。しかしあの美しい人たちに対抗できるものが聖女という地位だけなら、それを利用するまでだ。真紀は前髪をあげ、千春は長めの髪を高く結い上げ、やはり額をしっかりと出した。服はミッドランドの城で使っていたものだが、それで構わない。十分にかわいらしいものだ。二人は向き合い、頷いた。


「よし!」

「挨拶して、さっさと観光だ!」

「おう!」


寝室の扉を開けると、男たちはいっせいに振り返り、軽く目を見開いた。たいていはリボンで隠している聖女の印を、しっかりと出している。


「美しいな」


思わずつぶやいたのはアーロンで、


「やだ、なに?」


と吹き出しているのは真紀だ。そんななか千春はまっすぐエアリスの前に歩み寄り、その緑の目を見上げた。優しい、緑の目。千春しか見ていないその瞳。エアリスは右手を上げると、そっと千春の頬に添え、わずかに顔を傾けた。


王女様に奪われる? そんなわけない。戦うまでもない。この緑の瞳が千春にくれるものは、揺るぎない自信だ。千春はふわりと微笑んだ。エアリスが息をのみ、緑の瞳が少し熱を帯びる。


しかし手に力を入れる暇もなく、千春は離れてしまった。エアリスは頬に添えていた手を名残惜し気にそっと下ろす。今はまだ小さな芽だけれど、確かにこの先にそれが育つ証を得た、そんな気がした。


それをエドウィは、静かに見つめていた。


「さあ、さっさと謁見して、エルフ領観光だ!」

「お城なんておさらばして、途中の街でのんびりしよう!」


そう決意表明する二人に、エドウィは、少し痛む心を隠して、


「二人とも魔石研究班ですよ、まったく。自分でそう言っていたではないですか」


と言うのを忘れなかった。しまったと笑う二人に、エドウィの心は見えていないけれど。それでも二人が笑っていることが嬉しいエドウィは、旅の間に一足飛びに大人になっていく。


「それでは行くとするか、狩人たちの待つ場所へ」

「不吉だよ、アーロン、単なる挨拶でしょ」


そして単純に物事が過ぎ去ることはないのだということを、まだ学習していない真紀であった。








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作画は文月路亜さま、原画は鏑家エンタ様、真紀や千春が表情豊かに、そしてイケメンがよりイケメンに! 漫画ならではの工夫や表現もあり、すごく面白いです。

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B's-LOG COMICS Vol.62

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