いざ、エルフ領へ
「ああっ、マキはともかく、チハールまで……」
「マキはともかくってなんだよ、エドウィ」
水遊びをさせられている真紀と千春を見てエドウィがハラハラし、アーロンが苦笑しながらそれを見ている。
「それにしても、水遊びする女なんて初めてみたぜ」
「まさかと思いましたが、本当に水着というものを着慣れているのですね。あんなに自然に水になじんで、ああっ」
「おお、水から飛び出て鳥人にキャッチとは、マキ、さすがに鳥人に慣れているだけのことはある、あ、落ちた」
空中から落ちたかと思われた真紀はきれいに手をそろえて、海面にダイブした。そしてすぐに水面に顔を出す。
「驚いた。あれもわざとか」
「あんなにバタバタしているから、足が見えてしまっているじゃないですか」
「まあ、俺たちだけだし、いいんじゃねえか」
アーロンは砂浜に座り込む。エドウィも渋々座り込んで、そっと息を吐いた。
「もう、役得だと思うことにします」
「若いよな」
「ええ、皆さんに比べたらね」
エドウィは肩をすくめた。アーロンにもナイランにも背伸びしたって追いつけはしないのだ。いちいち腹を立てていても仕方がない。
「王族ではノーフェと私だけがいつも子ども扱いでしたからね。いつか大きくなって追いつくんだと思っていましたが、年の差が埋まるわけがなかった。エアリスやザイナスに至っては父上でさえ子ども扱いです」
「ノーフェか。離宮で見かけた限りでは、ずいぶん立派に育っていたな」
「ええ、ちょっとプライドが高いけれど、王族の自覚は誰よりあって、民思いのはずなのです。なぜ聖女にだけ突っかかるのか」
エドウィは、聖女のお披露目の時の子どもじみたノーフェを思い出す。離宮で見たノーフェは昔のままのノーフェのようだった。
「あいつにとっては、変わったのはお前らのほうかもしれんよ」
「私たちですか?」
アーロンは少し離れて聖女を見守るエアリスに顎をやった。
「聖女が大切なのはわかるが、周りが驚くほどちやほやしているとも見える。鳥人やエルフがこれほど人に心を傾けるのは見たことがない。反発する向きもあるだろうな」
「反発」
エドウィにとっては思いもよらないことだった。
「聖女の苦悩なんて他の人には見えないんだよ。だいたいの民はありがたいものと思うだろうが、聖女が人間の形をしている以上、人間の型に当てはめて考えるやつもいるだろうよ。贅沢すぎる、とか恵まれてるのにわがままだ、とかな」
「なるほど」
これは後でゆっくり考えて見なければならない視点だった。しかし今ではない。水にぬれた髪を払う仕草、その細い二の腕、時折水からのぞく白い足、今はチハールの姿を、できるだけ目に焼き付けておかないと。
隣でアーロンがニヤニヤしていてもかまわない。いいのだ。若いんだから。
真紀と千春は昼前には水から上がり、皆で早めのお昼を食べてほんの少し休憩した後、いよいよエルフ領に飛び立つ時が来た。
「網にかかるという経験も、聖女に運ばれるという体験もなかなかおもしろかった」
別れ際にそう言うアミアに、
「結局重くて運べなかったでしょ」
と千春が突っ込む。
「持ち上げようと頑張る姿も愛らしかったぞ」
「そういう問題じゃないから。サイアに心配かけないでね」
「うむ」
心配そうな千春にアミアが満足そうに頷く。その隣で真紀はまっすぐにサイアを見ているが、サイアとは目が合わない。
人魚が手をこまねいている間に、千春が苦手な鳥人との飛行も頑張って、疲れ果てながらあげた成果なのだ。それなのに千春はサイアの心配までしている。言葉を重ねるより、それこそが心に響くだろう。響かなかったら、それまでのことだ。
「さ、行くぞ」
エアリスの声に人魚たちとも別れを惜しみ、飛行船は鳥人と共に島を飛び立ったのだった。
「水の補給が足りず、シャワーを浴びさせられずに申し訳ないな。今回は王宮の庭に直接着陸だ。すぐに部屋を手配するので我慢してくれ」
「大丈夫だよ。でも楽しかったなあ」
「ははは」
楽しかったという真紀に千春は乾いた笑いで答えた。そもそも千春はジェットコースターが得意とは言えなかった。高いところもだ。それがなぜかイルカショーのイルカのように人魚に連れられて水から飛び出す羽目になっていた。
ん? おかしいぞ? 苦手なはずなのに、自分では泳げない速さで泳ぎ、水から飛び出た瞬間の面白かったことといったらなかった。千春は思ったより自分がこの世界になじんでいるのかもしれないと思った。
飛行船は満足した聖女二人を乗せ海を渡りすぐにエルフ領へと向かった。しかしアーロンは浮かない顔をしていた。
「なあ、エアリス、ほんとに城に直接でいいのか?」
「なに、事前に連絡していないからな、大丈夫だろう。それにいずれにしろ真紀と千春を王には会わせねばならぬしな。研究所に戻るより事は早かろう」
「その見通しは甘いと思うけどなあ」
その会話がよくわからなくて真紀と千春はエドウィのほうを見た。エドウィは軽く頭を横に振った。エドウィもエルフ領にはあまり来たことがないので、よくわからないのだ。しかし眼下にはエルフ領がある。真紀と千春はすぐ窓にとりついた。
「丘だ」
「ほんとだ、エルフ領は深い森の中にあるのかと思ってた」
窓から見たエルフ領は、なだらかな丘が広がる土地であった。深緑のこんもりした森が点在するが、その森と川を境目にして、ゆったりと土地が柵で囲ってある。森のそばには家が一軒、あるいは何件が寄り集まっている。白く点々と見えるのは羊だろうか。その間を馬や馬車で移動する人もいて、その中には飛行船に目を留めて手を振ってくれる人もいた。
「王宮のそばはこのように平地と丘が多いが、闇界との境目に近くなるにつれてうっそうとした森が広がる。ドワーフ領はほとんど人間領と同じ植生であっただろう?」
外の景色に夢中な真紀と千春を横目で見ながらエアリスが、操縦桿をもったままでたずねた。
「人間領と同じ? 確かに果物以外は何も違和感を感じなかったけれど、エルフ領は違うの?」
振り向く千春にエアリスは頷いた。
「不思議なことに獣人領とエルフ領はドワーフ領とは違うのだよ。闇界の瘴気が作用しているといわれるが原因はわかっていない。前にも話したと思うが、少なくとも、だいたいの物は大きいぞ」
ではあの小さな白い点々の羊も馬も大きいのだろうか。にわかに楽しみになってきた。いや待て、楽しみなのか? ただでさえ大きい馬の、大きいバージョンだ。むしろ不安になってきた千春と真紀だが、
「ほら、王宮が見えて来たぞ」
の声に、エアリスに近寄った。
「うわ、大きい……」
ミッドランドの城は海を見下ろす丘の上に張り付くように複雑に作られていた。ドワーフの城は広かったけれど町と一体化したように建てられていた。ローランドのお城は大きい邸宅がいくつも集まった別荘地のような作りだった。
しかしエルフの城は、広い平地に、まるで一つの町であるかのように作られている。広い庭の奥にあるひときわ大きい三階建ての城がおそらく王のいる場所なのであろう。上から見ると真ん中に空間を囲う長方形の城は、広い中庭があることをうかがわせる。緑の庭には白い道が幾何学模様に走り、馬車がいくつも建物の間を行き来している。道の先には、やはり一つ一つが大きい長方形の城がいくつも並んでいた。城の右手には大きな森があり、左手には大きな湖がある。
「マキやチハールが期待していたように、奥地のエルフ族は森の木の家に住んでいる。しかし王のいるこの平地だけは、はるか昔、ドワーフの匠を呼んで、レンガ造りの城を立ててもらったと言われている。当時は人族との交流は今ほどなかったが、どの種族が来ても大丈夫なようにと言う配慮だったそうだ」
「それで人間領の城に近い形なんだね」
「建物はどの国もドワーフが基本を作っているからな、どちらがどちらとも言い難いのだが。さ、下りるぞ」
そう言うとエアリスは一番大きな城の入り口のすぐ横に静かに飛行船を着地させた。するとにわかに飛行船の外が騒がしくなった。エアリスはそれを聞いて舌打ちした。
「知らせてなくてもこれか。面倒な。だからエルフ領には戻って来たくないのだ。アーロン!」
「わかっている。マキ、チハール。よく聞け」
アーロンはまじめな顔で真紀と千春を呼んだ。
「エアリスはエルフ領ではものすごい人気だ。驚くとは思うが、ひとまずこの場を乗り切って王に謁見すれば俺たちは用済みだ。俺とエドウィの後ろについて、静かにエアリスの自室に向かうぞ」
真紀と千春はゴクリと唾を飲み込んだ。エルフ領では基本人には興味がない、王子だろうが聖女だろうがと前にエアリスが話してくれたが、他人に興味を持たないということではなく、「人間」に興味がないということだったのだろうか。もしかして、エアリスはアイドルなの?
こんな状況は想像していなかった二人だった。
コミカライズ情報です! 有料のweb雑誌が月一回、それを分割して週刊で無料で読めますという形のようです。早く読みたいなら月間、ゆっくりでいいなら週刊でしょうか。明日から「flos」コミックで無料で読めますので、見に行ってくれると嬉しいです。小説が違って見えます!
作画は文月路亜さま、原画は鏑家エンタ様、真紀や千春が表情豊かに、そしてイケメンがよりイケメンに! 漫画ならではの工夫や表現もあり、すごく面白いです。詳しくは活動報告をどうぞ。
◆3/5配信開始(web版雑誌売り:有料)
B's-LOG COMICS Vol.62
◆1話を4分割で毎週木曜日配信(作品毎:無料)
3/8第1回配信開始
コミックウォーカー内、異世界コミック「Flos」
ニコニコ静画 「Flos」
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