空も地も自由に
次の日、鳥人たちが高いところから見回ってくれたが、追手は出なかったらしい。確かに離宮に入ったところは見られていないはずだし、鳥人と犬人は観光だと言い張ったし、人魚は自分から出て行った。
追手を出したからといって、捕まえる理由がないのだ。千春のかつらが飛んだが、聖女なんていなかったと言い張ればいい。
「我らはアーサーに報告に戻らねばならぬ。ローランドまで送りたいが」
「大丈夫だよ。ある意味最速だし」
心配するザイナスに、真紀は苦笑して答えた。真紀と千春たちはローランドまで鳥人に運んでもらう予定だ。
「前回より強行軍じゃないし、途中一泊する予定だしね」
真紀はアーロンとエドウィに確認の視線を送った。二人は無言でうなずく。その二人から視線を外して、ザイナスは鳥人を見た。
「それにしても、サウロとサイカニアはもういいのか」
「よくはないが、やるべきことができた。マキとチハールを見送ったら話す」
サウロは名残惜し気に真紀と千春を見た。真紀と千春だって、サウロとサイカニアがいたら心強いのだ。本当はローランドまでついてきてほしかったが、仕方ない。
「ローランドに戻れば、心配性のエルフが待っている。マキとチハールはエルフ領にいたことにしたほうが問題はないからな。できるだけ早く追いつくが、とにかく早くエルフ領へ行くんだ」
サウロが珍しく真剣にそう言った。
「わかった。サウロ」
「なんだ」
「ありがとう。気を付けてね」
「おう」
口の端をほんの少しだけ上げると、サウロは鳥人に合図した。
聖女一行はあっという間にローランド方面に飛び立っていった。
「サウロ、何をするつもりだ」
ザイナスは、サウロの横に立って真紀と千春の飛び去った方向を眺めながらそう問いかけた。
「内陸に鳥人を派遣するよう、長に頼んでみるつもりだ」
「なんだと! そもそも内陸は堅苦しいからと鳥人は行きたがらなかったのではなかったか」
「堅苦しいというより、我らを荷運び扱いしかしなかったからと聞く。面白くなければ留まる道理もあるまい」
「しかし」
「ザイナスよ」
サウロはまっすぐにザイナスを見た。
「自由と言われる鳥人の中でも、我らの世代はことのほか自由だ。長のミラは頭を悩ませることも多いが、俺は違う。自由ならとことん自由でいいと思っている」
「次代がそれだものな、確かに皆のびのびしている」
聖女がいなくなっても残った鳥人たちはがやがやと楽しそうだ。ザイナスはちょっとあきれたようにそれを眺めた。
「だから、城付きの鳥人などとケチなことは言わぬ。希望するものを何十人でも派遣させるつもりだ」
「本気か!」
口を挟んだのはディロンだ。
「本気だ。数は力になる。正直、一番気になるのは内陸の王都周辺だろう、ザイナス」
「うむ」
「おそらく内陸は鳥人の派遣を断る。断る前に多量に鳥人を送り付け、偵察は全部済ませる。そのうえで内陸の庶民に鳥人を印象付けさせる」
「そこまで考えているとは」
ザイナスが感心したように言った。
「半分は私の考えよ、ザイナス」
「まあ、そうだ」
サイカニアの言葉にサウロも頷く。
「だってやっぱり内陸の上昇気流は面白いのよ」
「そこか!」
「それにローランドにもいかなければならないし。子どもたちが待っているのよ」
「遊ぶことばかりだな」
ディロンがあきれたように首を振る。
「遊んで何が悪いの? ディロンはともかく、オーサだってコリートだって戦うのが楽しいからダンジョンに入っているんでしょう」
確かにダンジョンは義務ではない。獣人領は比較的人間の冒険者を必要としない。それは獣人である程度足りるからだが、なぜ足りるかと言うとやはり、戦うのが楽しいからでもある。
「確かに戦うのは楽しい。その楽しさが鳥人の人間領の観光だと言われれば、それは好きにしろとか言えないが」
「待って。好きにしろとは言えないでしょう」
ディロンの言葉に、オーサが反対した。
「自由な鳥人といえど、獣人領に属しているわけだから、勝手をして獣人の総意だと思われては困るの。私たちは鳥人なんてそんなものと思うけれど、人間は、特に内陸はそうはとらないだろうね。下手をすると獣人領はまとまっていないと思われる可能性もある。何のためにアーサーが秘密裏に私たちを派遣したと思ってるのよ」
オーサとサイカニアはにらみ合った。
「ミラだけでなく、ミラを通して他の獣人にも話は通す。それでいいか」
サウロがそう言ってけりをつけた。オーサとサイカニアはふんとそっぽを向いた。
「それにしても」
サウロはぽつりとつぶやいた。
「この中でグロブルでの聖女を見たのは我ら兄妹だけか」
「急にどうしたのだ」
ザイナスがいぶかしげに尋ねる。
「真っ黒になるほどに群がった魔物をすべて魔石に還した。その時はマキとチハールが心配なだけだったが、今思うと壮観だった。が、それが言いたいのではない」
サウロはザイナスを見た。
「魔物がチハールの言うことを聞いた」
ザイナスはそれがどうかしたかと首を傾げる。すでにおとといの夜、魔物をまとめて見せたではないか。サウロはいらだったように言葉を重ねた。
「意思疎通ができるのは知っていた。しかし、命令を聞くとは思わなかったのだ」
サウロは「上空で待機!」と叫んだ千春を思い出す。おっとりしているだけではないチハールもまたいいが、考えるべきはそこではない。
「もしチハールが、魔物に攻撃を命令したらどうなる」
サウロの頭には、黒々と聖女に集まった魔物が思い浮かぶ。あの数の魔物を、チハールが操れたとしたら。
「マキとチハールがそんなことをするわけがないでしょ」
サイカニアがこぶしを握ってサウロの肩をポン、と叩いた。
「兄さんの頭は考えるのには向いていないのよ。今考えても答えなんか出ないわ」
「サイカニア、お前、兄に向かって……」
「なによ。もしそんな状況が起こるとしたら」
「起こるとしたら?」
「マキとチハールが危機に陥った時。私たちのすべきことは?」
「マキとチハールを危機に陥らせないこと」
「正解」
サイカニアはにっこりと笑った。なんだ、それだけのことか。サウロの気は晴れた。
「なるほど、やはり俺には考え事は似合わぬ。では我らは急いで獣人領のミラのもとに向かう」
「うむ。結果的には助かった。ミラには……いや、いい。気をつけてな!」
ザイナスの声に見送られ、鳥人は思い思いに飛び立っていった。
「サウロとサイカニア以外、また内陸に戻っていったぜ、あいつら」
「今の話を聞いてたのかな、まったく」
それを見送りつつコリートとオーサがぼやいた。しかし、ディロンだけがぼんやりと考え事をしている。
「どうしたのよ、ディロン」
「うん、いや。サウロとはほぼ同期なんだよな、と思って」
「ほんとよ、若い子って面倒くさいね」
オーサが鼻で笑う。
「俺たちの長はまだ達者だ。次代はおそらく母さん、その後はまだ決まっていない」
「なによ、あんたが立候補でもする?」
「しないよ。けど次代の責任あるあいつがあんなに自由なら」
「自由なら?」
「俺だってもっと自由でいい、かなって」
ディロンは空を見上げた。
「生意気」
そんな姉の声も気にならない。ザイナスはフッと笑った。融通の利かない息子だからこそ。
「お前を縛っているのはお前自身。自由かどうかはお前次第だ」
ディロンはちらりと父親に目をやった。
「そうだな。犬人の中では誰より自由。それが父さんだものな」
「思うとおりに生きればいいのだ」
二人並んで空を見上げる。
「とりあえずアーサーのところに戻るわよ。まったく、クリオとカエラまでどこかに行っちゃったわ」
夢を見たってかまわないけれど、現実はここにある。オーサの言葉に頷き、四人は第三形態に変化すると急いでミッドランドに向かった。
内陸にダンジョン複数あり。その情報を抱えて。
しばらく水曜日更新で行けたらなと思っています。