聖女を抱えあげるべきではない理由
「そもそも、長が直々に来るかもしれないと思っていたくらいだ」
「私もだ」
ザイナスとアーサーは言った。
「長は直々に来たがったのですが、若いほうが少しでも早く着けるからと説得したのです」
「やはりな。好奇心が強いうえに行動力があるから困る。マキ、チハール、こちらへ」
王に呼ばれて、真紀と千春は鳥人の二人を避けておそるおそる窓のほうへ近づいた。
「空を見てごらん。ほら、街並みの上」
昨日は聖女宮を見た窓からは、少し離れたところに日差しにきらめく青い海が見え、海から王宮にかけて街並みが続いている。ここは海辺の町なんだ。どうりで貝がおいしかったわけだ。千春は昨日のお昼ごはんを思い出した。今度お刺身があるかどうか聞いてみよう。空にはカモメが飛んでいる。カモメ?でかいな?
「あれらは鳥人だ。彼らは好奇心旺盛で、獣人の国から半日で海を越えてくる。商売に来る者もいれば、観光に来る者もいる。気にいった人がいれば抱きかかえて空を飛んでくれる鳥人もいて大変喜ばれ、普段は友好的な間柄なのだ」
「普段は?」
「こと聖女となると問題ばかりだ。自分たちが移動が好きだから、聖女宮を離れたがらぬ聖女の気持ちがわからず、何度言っても連れ去ろうとする。突然聖女宮に舞い降りるものだから先代には相当嫌われていた。特に長はな」
「だから落ち着くまで誰にも知らせていないというのに」
ザイナスもそう言った。そこに、兄のほうが
「空は楽しいぞ」
と声をかけてきた。どの口がそれを言う。千春は腹を立てた。
「暴れたら落とすって言ったでしょ!」
「暴れたら落ちるぞと言ったのだ」
ぐぬぬ。そうかもしれないけど。なんか腹が立つ。こんな時はこれだ!
「あの状況で、暴れたら落ちるって言われたら、おどかしてるのと同じですー。あー、こわかったなー。鳥人、こわーい」
「なんと、チハール、かわいそうに。そもそもあいつらは飛行船の実験の時もたかってきてどれだけ手を焼かせたことか。鳥人などと付き合う必要などない。まったく。エルフには乱暴者はいないから、安心して来るがいい」
う。ごめんなさい。別のまともな人が引っかかりました。良心が痛む。
「チハール……」
王が眉間をもんだ。すみません。小学生みたいなこと言って。
「な、鳥人は怖くなどないぞ! オレは危なくないようにただ事実を言っただけで!」
まだ言うか。
「あー、急に引っ張られて怖かったなー」
「怖くない、怖くないから。な。今度はちゃんと連れてってやる」
あわてて言い訳する鳥兄に、真紀ちゃんとグルドがおなかを抱えて笑っている。
「「何でお前たちは笑っている」」
エアリスと鳥兄が同時に言って、さらに笑いを追加していた。ふん、純真なエアリスさんに免じてこのくらいにしといてあげる。小学生並みの鳥男子には、小学生並みの反撃で十分だ。
「実際、チハールもマキも驚いただろうが、獣人領に聖女が行けないというのはこちらに不利な材料なのだよ。このようなことがあっても注意だけで外交問題にもするわけにもいかぬ。今回は油断していたこちらも悪い。警護体制を見直すので、許してはもらえないか」
王がそう言った。千春は真紀と目を合わせてこう思った。仕方ないよね。うん、仕方ない。
「「許します」」
「ありがたい」
「こんなものでも次代の長とは嘆かわしい。ほら、お前たちこそ謝るのだ、サウロ、サイカニア」
ザイナスがそう急かす。
「あわてていてすまなかった」
「私なら兄のように乱暴に抱えたりはしないわよ」
「サイカニア! 反省は!」
「すみませんでした」
反省はしていないようだ。やれやれ。そこに真紀がこう尋ねた。
「でも本気で千春を抱えて海を飛ぶつもりだったの?」
「うむ。しかし人間一人はさすがに最後まで持たず、途中で落としていたかもな」
こいつ。千春が怒りに燃えていると、真紀はのんきにこう言った。
「ずっと抱えられるのは苦しいから、かごとかに乗りたいな」
「「かご?」」
サウロとサイカニアの声が重なる。
「ねえ、千春、あったよねえ、アニメかなんかに。かごにひもを付けてたくさんのカラスに運ばれるやつ」
「ないよそんなアニメ」
千春はぴしゃりと言った。だってそんなこと言ったら。
「確かに。一人で運ぶことを考えていたが、遠出の時のように編成を組んで何人かで運んだら、いっそう楽なのではないか? 浮遊石を鳥人が引っ張るのは不安定だからと飛行船に関わるのも禁じられたが、三人でバランスをとったらうまく行けるのでは?」
「そしたら何人かを乗せられて、獣人国にも観光で来る人間が増えるかもしれないわね!」
「ドワーフはいつでもおもしろい依頼には応じるぞ?」
ほらね? こうなるにきまっている。アーサーだってまた眉間をもんでいるよ。
確かにおもしろい。おもしろいよ。最初からそんなかごがあったら乗りたいし、鳥人にも運んでほしかった。観光施設とかにあったら、並んでお金払ってでも乗ったと思う。
でも怖かった。怖かったんだよ。
「ごめん、千春。怖い思いしたのにね。無神経だった」
真紀が急いでハンカチを取り出そうとして、でもハンカチはなくて、そしてエアリスがそっとにじんだ涙を拭いてくれた。
「泣いてるのか」
「泣いてるの」
「ごめんな」
「ごめんね」
鳥人の兄妹がすばやくやってきてあわてて千春を高く抱えあげた。あ、真紀がザイナスさんにやられてたやつだ。誰かが止める暇もなかった。無駄にすばやいんだもん。こいつら。
ころん。あ、百万。
「「「「あ」」」」
もうやだ、鳥人。
それなのにまだ3日目は始まったばかりなのだった。
聖女アクション編終了。