9話 魔王様が魔族と人間を救うか見捨てるか選ぶらしいですよ? 魔力の使い方と初めての纏い編
「さて、それじゃ神殿に向かおうか」
重い空気の中、言葉を発したのはアルバートだった。
「こんな所でいつまでも止まってられんのでな。世界を変えるんだろ? 魔族を救うんだろ? なら早くしないとな」
陽気に世界を変えると無茶な事を言うアルバートにアイリスが微笑む。
「そうですね。参りましょう」
「中々いい所があるではないか。ゴミ虫」
リリィも笑いながらアルバートを少し褒める。
三人が重たい空気を振り払うかのように歩き始める。その途中途中でアルバートは時折木を殴る。その行動を不思議そうに眺めていたリリィがアルバートに質問する。
「なにをしているのですか? ゴミ虫。発情期ですか? そんなに木を殴っても雌の昆虫は落ちてきませんよ?」
アルバートがふぅとため息をつきながら自分の手を見つつ答える。
「さっきのお主は岩を粉砕したよな? 余にもそれができぬかと思うてな。腕に魔力を纏っているつもりなのだが……」
リリィはため息をつき首を振る。まるでダメだと言わんばかりに。リリィから見ればアルバートは魔力を纏うどころかただ漠然と木を殴っているだけに見えたのだろう。
「全然纏えてないですね。まぁ纏う技術は基本中の基本で神殿で技や魔法を覚える前に覚えておいてもいいかもしれませんね」
「ならわたくしが教えましょうか?」
前で聞き耳を立てていたアイリスがここぞとばかりに会話に参加してくる。
「そうだな。お願いしようか。どんな風にやればいいのだ?」
「教えて下さいませ。だろクズ虫」
リリィが聞こえるか聞こえないかくらいの声で言いながらアルバートを睨みつける。当の本人のアルバートはリリィの言動に慣れてしまったのか罵倒を受け流しアイリスの方に耳を傾ける。
「そうですね……心臓から腕にかけて血液が直接流れるようなイメージを頭の中で思い浮かべてください。そしてその血管がだんだん細くなるイメージをしてください。」
アイリスに言われた通りにアルバートは頭の中でイメージする。するとほのかに魔力が体全体から溢れでていく。そして身体全体から徐々に腕の方にかけて魔力が集まりだす。
アルバートは自分の腕を見て歓喜の声をあげる。
「そのまま血管を細くするイメージで……」
言われるがままイメージをすると魔力が凝縮していく。
途端甲高い音が周りに響く。それはまるで金属と金属を激しくぶつかり合わせたような音だった。
「痛っ……鼓膜破けるかと思ったぞ」
一体何が起きたかわからず咄嗟に閉じた瞼を開き周りを見渡す。
そこには耳を塞いだアイリスとリリィがいた。
「一体なんですの?」
「わ……わかりません。大丈夫でしたか? お嬢様」
「ええ……私は何も。アルは無事で――」
アイリスは言いかけてアルバートの方を見て絶句する。アルバートは不思議に思い自分の腕の方向に目線を配る。
「な……なんですの? その腕――」
「な……なんだこれは……」
アルバートの腕は右肘から下が黒く変色していた。まるで紐で縛り上げ壊死する寸前のような腕に成り果てていた。
驚くアルバートにリリィが叫ぶ。
「下手に動かすな! 集中を切らすんじゃない! 腕が吹き飛ぶぞ」
「どういう事ですの? リリィ」
オドオドと困惑するアイリスはすぐさまリリィの方に目をやる。リリィはこれ以上ないくらい真剣な目でアルバートの腕を見つめていた。
「おそらく高濃度の魔力を凝縮しすぎたのでしょう。普通では有り得ない量です。ただ――」
言いかけてアルバートから目を背ける。アルバートは、ただ――なんだよ! 目を背けるなよ!と思ったが言えず黙り込む。
「その凝縮してしまった高濃度魔力をうまく放出しないと魔力の逆流が起きてアルバートの腕が吹き飛びます。下手したら体も……」
アルバートが絶句する。少し魔力を纏って自分を強化するつもりが自分で自分の首を絞めてしまっているのだ。
「そ……そんな――あなた馬鹿ですの? そんな量を凝縮するなんて……自慢ですの? 自慢したいんですの? 誰も褒めませんよ? そんな事しても」
(何もそこまで言わなくてもよくないか?)
アイリスは情けない物を見るような目をアルバートに向ける。
「余はそんな気なかったのだが……すまぬ」
アルバートの情けない声が沈黙を誘う。リリィがふぅとため息をつきながら助け船を出す。
「まぁゆっくりと流すように魔力を放出すれば大丈夫です。それに魔族である以上部位が欠損しても魔力で再生もできます。思う存分吹き飛んでください」
少し安堵するアルバートを見てリリィは鼻で笑いながら続ける。
「まぁ脳と心臓は再生できませんがね」
再び顔が真っ青になるアルバート。
それをみてアイリスは少し微笑む。
数時間後、ゆっくりと魔力を放出し終え肌の色が元に戻り、安心した所でアイリスが注意を促す。
「あまりにも強力な魔力は扱い次第では周りを巻き込んで自滅します。ですから加減をまず身に着けてくださいな」
「ああ……すまない。言葉もないよ」
アルバートは素直に反省する。自分だけならまだしも今は二人の女性――仲間がいるからだ。
「遅れた分を取り戻さなくてはいけませんわね。先を急ぎましょうか」
アイリスがすっと立ち上がる。
リリィも立ち上がり、アルバートの方を見つめる。その瞳はとても冷たい物だった。
「ゴミ虫は魔力も加減できんのか。貴重な時間を無駄にしおって。さすがはゴミ虫だ」
「褒められてもな」
「誰も褒めとらんわ。死ねゴミクズ!」
リリィはアルバートの脛を蹴りあげる。
森にアルバートのすっとんきょうな声がこだました。