8話 魔王様が魔族と人間を救うか見捨てるか選ぶらしいですよ? 魔力の使い方と世界の話編
いつだったか――男なら誰もが一度は考えるはずだ。
年老いて自分は白髪になるのか……禿げるのか――
そして髪を染めている奴を見て思うはずだ。
髪の毛傷んで将来禿げたらどうするんだろう――と。
だから俺は髪を染めなかった。
堂島が少し茶色に染めた時も俺は染めなかった。
今思えばただの意地だったのだと思う。
「なにこれ……」
フィーの妹アイリスとお付きのメイドであるリリィと合流を果たしたアルバートは神殿に向かっていた。神殿は山の頂上にあり、その山に行くまでの森林の最中、川辺にてアルバート達は小休憩をしていた。
「どうしたんです? ゴミ虫。そんなに驚いた声をあげて」
リリィが水を飲みながらアルバートに尋ねる。
リリィを横目にアルバートは川に移りこんだ自分の髪の毛を触りながら低い声で唸る。
「余の髪が……余の……髪が……白い――」
そんな事を言いながらリリィの方向に顔を向ける。リリィは不思議そうな顔をアルバートに向ける。
「見ればわかりますよそんな事。それがどうしたんですかゴミ虫」
「黒髪だったのになぜか白髪になってる……なぜだ!」
「意味が分かりませんね。ゴミ虫は頭の中まで虫なのかしら」
それを見かねたのか小さな岩の上に座っているアイリスが推測を語りだす。
「確かあなたはこちらに来る前は人間だったのですよね。ならば肉体を改造され魔族になったときに黒髪から白髪になったのではないでしょうか?」
アルバートは川辺に来るまでの間にある程度の事情をアイリス達に話していた。
最初は信じられないという顔をされていた。それもそのはずだ。魔王が元は人間で魔族を救うために人間が人間を殺すというのだから。
「確かにそうかもしれんな……筋肉もかなりボリュームがアップしてるみたいだし。しかしなぜ髪の色がこんな事に――」
「小さい魔王ですわね。髪の色なんかにこだわって。そんなに重要なことですか?」
ふぅとため息をつきアイリスが呆れた顔をする。そんなアイリスを見てアルバートは渋々話を変える。これ以上髪にこだわっても仕方ないと思ったからだ。
「いや……まぁいい。しかし刀を素手で受け止めたりアイリス……様……の炎を弾いたりと人間の頃からは考えられん……これが魔族の力なのか」
アイリスは少し不思議そうな顔をし肘を胸元で抱える。
「ええ……まぁ恐らく魔族化したからだとは思いますわ。なにせ人間が魔族化した例がないのでそれ以上の事はわたくしには……ですが、わたくしの魔法が無傷なのが気になりますわ。魔族であっても万能ではないので、物理攻撃はある程度防げても魔法も無傷だなんて……」
アイリスが何かを考える様に目を瞑る。
「そういえば刀を素手で受け止めたのになんで傷一つないんだ?」
アルバートが自分の手を見つめる。その先には血どころかまるで傷一つなく皮膚すら損傷していない手があった。
「おそらく魔力を無意識化で纏っていたからでしょう」
リリィが立ち上がり手をハンカチで拭きながら答える。
「人間と魔族の違いの一つは魔力を纏えるかどうかです」
「魔力を……纏う?」
「そうです。身体能力や寿命もかなり違いがありますが魔力の強化によりさらに差が開くのです」
リリィは片手をあげ手本を見せるかのように魔力を放出する。可視化された魔力はものの見事にリリィの片腕に纏わりつき徐々に腕の周りに集中していく。
「今みえてるこの魔力を極限まで肌に圧縮させます。そしてそれを――」
近くにある大きな岩の傍まで行き無造作に殴る。すると岩はまるで爆発物で爆発させたかのように粉々になる。
「こんな感じで圧縮した魔力を殴る力と一緒に開放する事で相手を粉砕できるのです。しかしながら人間は自分の体で魔力を纏うことができず、媒体が必要になります」
「媒体?」
「そう。例えば剣や斧、魔法を使うなら魔法用の杖が必要なのです。ですからその媒体がない状態でなら人間はとても非力です」
「なら魔族がかなり有利なんじゃ?」
「それが……」
リリィの顔が険しくなる。アルバートは聞いてはいけない事を聞いてしまったのか? と少し焦る。
「いいわリリィ。ここからはわたくしが話します。あれは五代目魔王ホーリィ様の頃でした。魔族は優勢で大陸の7割は魔族が所有していたのです。その頃の魔族は人間を下等な生物と思い魔族こそが一番という考えに捕らわれていました。五代目はそれを憂い人間を対等な存在で扱うべきであると主張しました」
「偽善だな。どうせ建前で裏では奴隷だろ?」
アルバートは自分のいた世界を思い出し、横槍を入れる。
だがアイリスは少し笑いながら話を続ける。
「周りの魔王もそう思っていたらしいのですが、ホーリィ様はそんな思惑はなくただ純粋に対等であると思っていたみたいです。そして人間と調停を結び戦争という名の虐殺は収まりました」
「周りの魔王が許さないだろ。奴隷は貴重な資源だ」
「はい……ですがその頃のアーガスティン家は魔王随一と呼ばれる程の実力を持ち魔道にも長けていたため他の魔王は反対できなかったのです。かくして人間はアーガスティン家という後ろ盾に守られ月日が経つにつれ魔族が人間を差別することは少なくなりました」
「信じられんな」
アルバートが驚きの声をあげる。それに呼応するようにアイリスが頷く。
アイリスは首に掛けてあった綺麗な細工のされたペンダントを取り出し手のひらに置く。
「それどころか5代目は技術を人間に教えたのです。対等に、そして共に未来に歩むために」
そのあとアイリスは悲しそうな顔を見せる。
アルバートは察する。その狡猾さ、残忍さ――人間の本性を知っているが故に。
「裏切りか」
「はい。その頃には他の魔王も人間と交流していました。力の差はあるが彼らは彼らにしかない魔道技術も開発し、それを求める魔族も多くなっていたのです。行商も盛んになり信じ切っていたのです」
アイリスは少し息を整えて続ける。
「あれはホーリィ様の誕生日の日、人間側の皇帝と魔王を平等に城に呼んだ時でした。人間の皇帝が他の魔王の目も前で急にホーリィ様を槍で貫いたのです。他の魔王は驚きそして怒りました。ですがもっと考えるべきでした。ホーリィ様ほどのお方が何の抵抗もなく刺されたという事実を」
「どういう事だ? 魔王であっても不意を突かれたらひとたまりもないという事ではないのか?」
「普通の槍ならば一突きでは深手にはならないのです。魔族は多少の事では死なないので。しかしホーリィ様は一突きで床に倒れ絶命しました。その時わたくしはまだ産まれていなかったのですが幼少の兄が見ていて話してくれたので事実でしょう」
「魔法が使われたとかか?」
「はい。どうやら強力な呪術を施された槍だったらしいのです。ですが問題はそこだけでなく、魔法が施された武器を感知できなかったという点です」
アイリスはアルバートに見えない様に後ろに腕を持ってく。
「どう見えますか?」
「なにかそこに違和感というか……力が存在してるように見える――というか感じる」
アイリスは微笑み手を前に出す。その手には魔力が宿っていた。すぐに魔力を消して腕を膝の上に持っていく。
「その通りです。魔力等を使えば存在を感知できる。だからこそ魔王達も油断していた。人間が武器を持つのは恐怖が拭えないから。自分たちの心を守るために常備しているのであろうと考えていたのです。ですがその考えが甘かった。いつからか我々に感知できない魔法を完成させていたのです」
「だが他の魔王が黙っていないだろう。そんな裏切り行為」
アイリスは俯きながら答える。
「いつからでしょうね……計画が練られたのは。行商が盛んになった頃でしょうか。それとももっと前、我々が技術を与えた頃でしょうか。もしくはもっと前、調停を結んだ頃からか。計画は練りに練られていました。皇帝達は脱出し、魔王達の中にも深手を負った者もいると聞きます。」
アルバートは素直に驚く。
「なぜだ? 魔法技術も魔力も魔族の方が上だったのでは?」
「魔族もそう思っていました。ホーリィ様が魔力を感じさせない槍で刺されたときに気付くべきだったのです。魔力を感じられず持ち運べる武器を開発した技術力に。そして魔法技術は人間の方が遥か上にいっていた事に」
アルバートはふと思い出した。
地獄でギルが「人間は残酷だ」と言ったときに男たちの中で一人、肩を震わせ一筋の涙を流した男の事を。
「あれがホーリィ……悲しいな」
「えっ?」
アイリスがふと聞き返すがアルバートは目を合わさなかった。
「人を信じ、人を愛し、人と触れ合い、そして人に殺される。裏切られてもそれでもと心の中で信じてしまう。悲しい男だな」
アルバートが、ふぅとため息をつき静かに立ち上がる。
「その後はお決まりだな。調停は破られ人間に攻められ敗退し今に至る。人間を舐めすぎた挙句にこの様か」
アルバートがアイリスを見ると目の端に涙を浮かべ今にも滴り落ちそうになっていた。
「そんな言い方はないだろう! 我々は人間を……」
リリィが怒るが途中で言葉を詰まらせる。アルバートの周りに異様な空気が集まるのを見たからだ。
「人間を信じるからそうなるんだ。人間なんて心の底ではそんなもんだ。魔族なんかよりたちが悪いぞ?
人間の狡猾さは」
アルバートは無意識に口元に笑みを浮かべている事に気付く。