7話 魔王様が異世界に到着されたそうですよ? 裸から生じた誤解を解決編
威厳x真の魔王=第八代最強魔王
裸+スマホ≠魔王=ただのゴミクズ変態
こんな公式がふとアルバートの頭に浮かんだ。
「よし……では甘んじてその条件を受け入れよう」
渋々メイドに言われた条件を飲むアルバート。だが仕方ないとも思っている。裸で仁王立ちし、間抜けにも自己紹介中に噛んでしまったのだから。これほど滑稽な事は類稀である。
(汚名返上のチャンスはまだある。まずは言われた通り神殿にいかねば)
「それで……七代目のフィーに妹に会えと言われたのだが、貴殿が妹君か?」
金髪女性は嫌そうな顔をしながらアルバートを見つめる。その様な顔になるのも無理はない。目の前にいるのは魔王というには程遠い裸で現れた男性なのだから。
「そうですわ。わたくしがフィーお兄様の妹。アイリス・ブラッドレイ・アーガスティンですわ。そして横にいるこの子が――」
「アイリスお嬢様のメイドをしておりますリリィ・ウェルディス・ミッドレイです。お見知りおきを。このゴミ虫め」
冷徹な目を向け、大きく舌打ちするメイドからアルバートは目を一瞬逸らす。
「アイリスとリリィか。よき名前だな」
リリィがアルバートを睨みつける。
「ゴミ虫が気安くお嬢様を呼び捨てにするな! 様をつけろ無礼者!」
アルバートは汗が止まらない。
「アイリス……様……でいいのかな」
「なんですの? 汚らわしいゴミ虫さん?」
この対応で魔王としての威厳はもはやないと悟ったアルバートであったが、話を先に進めようとする。
「フィーにアイリス……様……に神殿に連れて行ってもらうように言われたのだが神殿はどこにある?」
「どこにあるか教えてください。アイリスお嬢様だろうが! このゴミクズ虫が!」
(このメイド苦手だな~かわいいけど怖いよ……口悪いし)
そんな事をアルバートが思っているとアイリスが渋々口を開く。
「お兄様の名前も知っていますしあなたが神託の魔王であると信じてもいいですわ。ですがもう一押し証拠がほしいですわね。勇者が魔王のふりをして私達を罠に嵌めようとしている……とも考えられますし」
「そうですねお嬢様。こんな変態が本当に最強の魔王なのか信じられません。やはりゴミクズ虫はここに置いて帰りましょう」
アルバートは戸惑う。こんな見も知らない場所でたった一人残された日には遭難するだろう事は明白だからだ。サバイバル系のゲームはした事があっても実際にサバイバルをするのとでは大きな違いがある。その事を踏まえてこの状況をどう好転させるかアルバートは頭を抱える。
(証拠って言われても俺何も持ってないぞ!)
慌てながら辺りを見渡すが森の中なのか木々しか見えない。荷物などが落ちている様子もなくこれといって証拠というものがない状態でふと片手に持っているスマホを思い出す。
(そうだ。これで魔王と会話させれば……)
「これを見ろ」
静かにゆっくりとスマホをかざす。
「なんですの?」
「まさか――武器!」
アイリスは不思議がり、リリィは深く腰を落とし抜刀の構えを取る。
「ま……待て、これでフィーと連絡が取れる! これが証拠になるはずだ」
アイリスとリリィは驚く。それもそのはずだ。フィーはすでに死んでいるのだから。死んだ人物と連絡が取れるなどと言われても信じられないのが普通である。
「お兄様は死んだのよ! そんな事ができるはずは――」
「いえお嬢様、このゴミ虫は冥府から送られて来たいわば冥府産! このような道具も持っておられるかも……」
「し、しかし……もし本当ならお兄様とお話が――」
アイリスが唾を飲みこむのが分かる。
空気を飲んだ。そう悟ったアルバートは自信満々でスマホをいじくりだす。
「待ってろ今話をさせてや……る……」
汗を噴き出しみるみる内に顔色が悪くなるアルバート。その原因はスマホにあった。まさかの――圏外(電波範囲外)表示
(三代目あてになんねぇぇぇっつうかこの世界にそもそも電波なんてあんのかよ! なんのためにこれもたせたんだよ!)
スマホを地面に叩きつけたくなる衝動をアルバートは必死に堪える。
「ど……どうかなさいましたの?」
「もしかして嘘だったのでは――」
リリィが刀の鞘に手をかける。
(くそ、まずいぞ……どうする――ん?)
スマホの画面をよく見ると留守番電話の通知が画面に表示されている。すぐさま着信を確認し魔王からのものだとわかる。
(助かった……)
素直にそう思ったアルバートは気を取り直しアイリスとリリィに向き直る。
「今は話す事はできないようだ。しかし、お前たちに伝言がある。聞け!」
留守番電話をスピーカー出力にして再生を押す。
「あ~もしもし。聞こえてるかのぉ。わしじゃわし。ギルバートじゃ~今地獄温泉で酒を飲んどるが、くぅ~うまいぞぉ。湯加減も丁度いい感じじゃぁ~。そっちはどうじゃ? うまくやっとるか~」
他愛もない会話にアルバートは絶望する。
アイリスもリリィも困惑している。それもそのはずだ。初代を知らないのだから。恐らくは変な爺さんが話しているという認識でしかないだろう。
「初代変わってください」
「こ……これは……お兄様の声!」
アイリスの表情が喜びに変わる。それはアイリスはフィーの事を慕っていたのであろうと思わせるに十分な反応だった。
「なんじゃいなんじゃい。もうちっと話させんかい」
「もういいですって。あ~アルバート? 聞こえてるかな。えっとね。たぶん妹に会っても現状じゃ信じられないと思うから会ったときに妹が14歳までおねしょしてたって言えばいいよ。もちろん俺から聞いたって事を言うんだよ。じゃないと殺されるから。それだけ~がんばってね~。あ……三代目……これ切るのどうすればいいんです? このボタン? こうですか?」
フィーが電話の切り方を三代目に聞いた後すぐに留守電が切れる。
しばしの沈黙が3人の間を包む。
アイリスは下を向いているが顔を真っ赤にしているのが誰の目にも明らかだ。しかも小刻みに体が震えている。
リリィはそんなアイリスを見て困惑している。かける言葉がわからないのだろう。
アルバートは自分の顔が引きつっている事に気付く。もしこれが堂々と笑えればどれだけいいだろうか、しかしそんな事をすればアイリスの前に抜刀の構えで困惑しているメイド――リリィの刀がすぐさま鞘から解き放たれアルバートの首目がけて一直線に飛んでくることは明白だった。
(俺……死ぬな)
「……さい……」
アイリスが小声で言う。
「お嬢……さま?」
リリィが困惑しながらあまりにもか細い声で聞き流してしまった言葉を聞き直す。
「殺しなさい! このゴミ虫を! わたくしの名誉のために!」
アイリスがアルバートを睨みつけ、指をさす。当然アルバートもこうなる事は分かっていた。むしろこうならない方がおかしい。他人に知られたくない事を、ましてや裸で仁王立ちしてる不審者に聞かれたら誰だって命令するだろう。
「は――はい」
リリィが刀を抜きアルバートに襲い掛かる。
「ですよね~!」
アルバートは後ろに後ずさるが、踵にあった小さな石にけつまずく。
刀がアルバートに届く瞬間またしてもアルバートの体が無意識に刀を握り動かなくする。
「またしても、こいつ……」
リリィが力を入れるが微動だにしない。前後左右に揺らすがまるで岩にでも突き刺さったかのように動かない事にリリィは動揺する。
「まじかよ……どうなってんだ俺の体……」
刀を持ちながら立ち上がり態勢を立て直す。
「もういいだろ。余が次期当主で最強の魔王となる者だ。証拠も聞かせた。お前の名誉の為にこの事は口外もしない。それでは不服か?」
アイリスは顔を背けているが目には大粒の涙が浮かんでいる。
「本当ですの?」
「ん?」
「本当に口外致しませんのね?」
「ああ……もちろんだ」
アイリスは涙を拭き子供のような笑顔を浮かべる。
「わかりました。あなたを少しだけ信じます。お兄様もむこうで元気にやっているようですし」
その笑顔はフィーと同じで裏表がないものだとアルバートは感じた。
(こんな顔もできるんだ)
アルバートは一瞬アイリスの笑顔に心を奪わてしまう。
「リリィ……刀を下げなさい」
アイリスの言葉にリリィは不満な顔をしながらも刀を鞘にしまう。
「あなたの名前なんでしたっけ?」
「ああ……余はアルバート。アルバート・スレイラム・アーガスティン」
「アルバート……ですか。分かりました。それでは神殿まで案内しますわ。お兄様のお話も道中で聞かせてくださいまし」
アイリスは笑いながら歩き始める。その後をリリィも追いかける。
「了解した」
一瞬目を閉じなんとかこの場を凌げた事に安堵したアルバートは頭をボリボリと掻く。
「ちなみに――」
アイリスがふと歩くのをやめ、手を後ろに組み振り返る。
「次期当主はこのわたくしです。あなたは次期当主代理です」
その笑顔は太陽に照らされさっきよりも眩しく、アルバートはまたしても一瞬心を奪われる。