6話 魔王様が異世界に到着されたそうですよ? 裸の出会い編
(どうしてこうなった? どこで間違えた? なんでこんな事になってるんだ? 訳が分からない)
アルバートは立ち尽くす。
二人の女性の前で全裸で。片手にスマホを持ちながら。
「<これ>はなんですの?」
最初に言葉を発したのはツインテールの金髪で、赤を基調とした黒の線がワンポイントなドレスを着た女性だ。そしてあたかもゴミを見る目でアルバートを見ている。全裸の男性を目撃してなお目を逸らさないとは大胆な女性である。
「私に聞かれても分かりかねます。この様なゴミ虫みたいな生命体は初めてなので……」
金髪の女性の横にいた青い髪のメイド服を着た女性は眉一つ動かさずに答える。
「もしかしてこのゴミ虫のような生命体が次期魔王……という可能性は?」
「有り得ませんわ。こんな道中で裸で変な物を片手に棒立ちしている訳の分からない<これ>が次期魔王だなんて」
金髪の女性は鼻で笑う。その行為に呆然と立ち尽くし思考停止していたアルバートは我に戻る。
そして考える。自分の裸を見られ鼻で笑われゴミ虫と中傷された事実。
少し前に魔王としての威厳を保てとギルバートから言われた事に対してどうやれば威厳が保てるのかを。恐らくは目の前にいる女性がフィーの妹であり、その横にいるのが従者のメイドであるという事を加味してこれからどう接すれば魔王として認められるかを。
アルバートは考えて考えぬいた末、魔王としての行動を取る。腕を組み堂々たる振る舞いをし、声高らかに宣言する。
「余が第八代アーガスティン家当主兼最強の魔王、アルバート・スレイラム・アーガスティル……」
「噛みましたわ」
「噛みましたね」
金髪の女性とメイドが揃って呟く。アルバートは死にたいという気持ちが湧いてくる。しかし諦めずにアルバートは名乗りを続ける。
「よ……余が第八……」
「もういいですわ。巫女からの神託で冥府から最強の魔王が送られてくるというからこんな辺境の地まで来たのになんですの? この汚らしい獣は。こんなゴミクズが次期当主になるくらいならわたくしが次期当主になって勇者相手に玉砕した方がまだアーガスティン家の名誉が守れますわ」
「仰る通りです。お嬢様」
アルバートを横目に金髪の女性とメイドは帰ろうとする。
咄嗟にアルバートは女性達の前に出て行く手を阻む。
「ちょっと待て。話し合おう。そうすれば誤解も解ける」
金髪の女性が侮蔑の目をアルバートに向けため息をつきながらメイドに指示する。
「殺しなさい」
メイドは躊躇う事なく腰に差してあった刀をアルバートに向けて振るう。
(まずい……こんな所で死ぬのか)
その速度は通常の人間なら気が付けば首と胴体が離れているであろう速さであった。だがアルバートの体がそうはさせなかった。腕が勝手に動き親指と人差し指で刀を軽く掴む。まるで落ちてくる木の葉を掴むように。
驚愕するメイドと金髪女性。そして掴んだ本人のアルバートも驚く。
「あなた何者ですの? ただの変態ではありませんわね」
刀を離し会話を試そうとするアルバート。メイドが後ろに飛びのき刀を構え直す。
「少し話を聞けと言っている。余は第八代アーガスティン家当しゅ……」
そんなアルバートを無視し金髪女性はなにやら呟いている。そしてアルバートのほうに両手を向ける。次の瞬間、炎の塊がアルバートに向かって放たれる。
「おい!」
アルバートは咄嗟にその炎の塊を片手で弾く。腕からはまるで肉を鉄板で焼いたような音を立てているが無傷である。
「だから聞けと言っている! 攻撃はするな!」
必死に説得をするアルバートを他所に炎の塊を弾いた事に驚く女性達。刀の斬撃を軽く掴み炎の塊を弾く裸の男性を目の前にしこの奇妙な事態にどう反応すればいいか模索しているようだ。
「こいつ……本当に?」
「そのようです。お嬢様。でなければ素手で今のは防げないかと」
「武器を瞬時に展開、もしくは防御魔法を張っていたという可能性は?」
「ありません。そんな素振りさえもなかったです」
女性たちはアルバートを警戒する。もちろん裸という状態も加味して。
アルバートはため息をつきもう一度言う。
「頼むから。余の話を攻撃しないで聞いてほしい」
その言葉に敵意がない事を悟ったのか女性達は渋々アルバートの方を見る。
「その前にこれを」
金髪の女性が羽織っているマントを脱ぎ、それをアルバートに投げる。メイドの方は刀を鞘に納め金髪の女性の前に出ていつでも守れるように陣取る。
「すまない」
アルバートはマントを羽織り体を隠す。
金髪女性が「信じられない」という様に額を押さえながらアルバートに話しかける。
「それで……まさかあなたが次期アーガスティン家の第八代魔王? 裸の変態が?」
アルバートは両手を広げる。
「その通り。余が第八代アーガスティン家当主兼最強の魔王、アルバート・スレイラム・アーガスティンである!」
女性が呆れた顔でアルバート見ながら言う。
「それはもういいですから前をお隠しになったら? 丸見えですわよ?」
両手を広げたが故に起こった悲劇。全裸開放。それに気づいたアルバートはマントで前を隠す。そもそもなぜ裸なのかという疑問が生まれる。せめて学生服ないしジャージくらいは着せて転生がセオリーだろうと。
「それと……次期当主はわたくしです。あなたのような変態が当主になれるわけがないでしょう。あなたは次期当主代理でお願い致しますわ」
「つまりそれはどういう……」
アルバートは理解できずに答える。だが金髪女性は呆れ果てたのか何も言えなくなる。それを見ていたメイドがため息交じりに代わりに答える。
「オツムも品性も足りない。あなたには魔王の資格がない。強さだけが魔王ではないのです。ですからお嬢様がアーガスティン家を復興するまで力を貸して貰えればそれだけでいいです。その後は好きに出て行ってください。むしろ死ね。ゴミクズ」
淡々と答えるメイドに対してアルバートは汗が噴き出る。自分は何しにここに転生したのかを考えるとファーストコンタクトが失敗に終わったことは誰の目から見ても明白だ。むしろこれが元の世界だったとしたら警察がすぐ来て両手に手錠を掛けられ連行されている所だとアルバートは落胆する。
アルバートは思った。
(これって……俺失敗してね?)
ギルの『もっと威厳がないとな』『「真の魔王」なのじゃからのぉ』という言葉が頭の中で復唱される。そして申し訳ない気持ちで溢れかえる。