5話 魔王様が新しい世界に旅立つそうですよ?
半強制的に名前をかえられてしまった俺。
しかしながら名前などもうどうでもよく、新しい世界に不安と少しの期待を抱きながら扉を出る。
「そうそう……アルバートよ。言葉遣いにも気をつけんといかんぞ? 魔王たるものそんな女々しい言葉遣いではいかん。もっと威厳がないとな」
ギルバートが俺に向かって言うが、俺は黒い布で顔が見えない少し言葉足らずな三代目とチャラい恰好と言葉づかいをしていた七代目であるフィーを見渡しギルバートの方に向き直る。
「威厳――ですか。威厳がなさそうな話し方をする人が若干名いますが……」
ギルバートが俺の言いたいことを察し咳払いする。
「まぁなんだ一人称は『我』とか『余』とか威厳のある言い方でいいんじゃないかのぉ。なんせお主はただの魔王ではない。これから世界を変える『真の魔王』なのじゃからのぉ」
ギルが微笑みながら顎髭をいじる。それを見た俺は今までは期待されることもなく生きてきたため誰かに期待されることに慣れておらず頭に片手を置き少し照れながら頷く。
「あの……俺――いや余はこんなに期待されたのは初めてです。精一杯がんばりますね」
「じいさん行くぞ、早くしないとバスに乗り遅れるってよ」
他の男達に急かされてギルバートもその場を離れる。最後にくるりと身を翻しギルバートは俺に低い声でボソリと呟く。
「アルバート――人間は残酷じゃぞ?」
「知っています」
その言葉を聞きギルバートは満足げに「そうか」と言い残し他の男達の元へ去っていった。その男達の中にギルバートの言葉のせいか頬に涙を一筋たらしている男が俺の視界に入る。
「さて閻魔様の所に行くか――」
「スマホ……電話帳ニ魔王様、ソレ僕達ニツナガル。ナニカアッタライツデモ連絡……ネ」
後ろから急に声をかけられた俺は驚いて振り返る。それを少し楽しそうに見ながら三代目は他の魔王のもとに小走りで合流する。気配が無いというのはこういう事なのかと手に冷や汗をかきながら俺は思った。
「アルバート」
横にいたフィーは真剣な眼差しで俺を見つめながら肩に手をのせる。その手には少しばかり力が入っていた。
「君が前の世界でどんな生活をしてきたかは知らない。でも君の行動を見る限り僕達の世界の魔族と同じ扱いを受けてたんだと思う。そしてその境遇を覆す力をもって君は僕達の世界に行く。そこからは君の好きなようにすればいい。世界を神々から解放し、世界の王になるもよし。現状のままで王になるもよし。破壊の限りを尽くすもよし。ただ一つ言えるのは――」
フィーがそっと俺の頭に手を乗せ髪をクシャクシャにする。
「君は自由だ。それを忘れないで」
俺は心が何かから解放されたような感じに包まれる。フィーのたった一言。それは俺の心を軽くするには十分な言葉であった。
「お……俺、がんばります」
俺の咄嗟にでた言葉にフィーは安堵の笑みを浮かべる。
「『余』――ね。それじゃ」
フィーは手を振りながら他の男達の所に去っていく。
「よし……これからどうなるか分からないけどがんばるか」
俺は決意し、男達が見えなくなるのを確認する。そして一時の静寂が訪れた後、閻魔様がいるであろう扉に歩き出す。
男達とは正反対に歩いていくごとに少し不安になりながら、新しい世界がどんなところか考える。いつしか「執務室」と書かれた札が上に付いている扉の前に到着する。
「ここが……閻魔様の仕事場か」
緊張しながら息を整える。
「よし、いくぞ」
決意を固め、丈夫そうな扉をノックする。
「入ってくれ~。今、忙しい」
扉を開け部屋に入るとそこには閻魔が見えない程に書類の山が積んであった。閻魔は書類をかき分け和樹の顔を確認する。
「和樹君来たんだ。説明受けた? 決心した? 後悔しない?」
閻魔は矢継ぎ早に俺に聞く。俺は少し戸惑うも後には引けないという気持ちがあり返事をする。
「はい。知らない世界ですけど行ってみようと思います」
「そっか~。最近神々の強硬派が力つけたのも聞いてるよね」
俺はそっと頷く。
「もし今から行く世界を変えられる前の世界、つまりは人々が選択し、人々が人々の意思で築いていく世界に戻してくれたら、報酬を与えるよ。そうだね……」
閻魔が難しい顔をする。そして数秒後には何かを閃いたように明るい顔に変わる。
「転生した世界の能力を保持したまま元の世界に返してあげるってのはどうかな?」
俺は驚く。それはつまりフィーが言う事を信じるとすれば世界を根底から覆すことができる力を手に入れて元の世界に戻れるという事だ。俺にとっては少なからず友人もいた。その友人のために世界を変える事もできるという事で、そう思うと俺にとっては願ってもない報酬である。
「そんなのありですか?」
閻魔は机の上に大量に置かれた書類を捌きながら俺に言う。
「君の世界も神の意志で現状が保たれている。それに対抗できる力を持つんだ。そのまま君の世界も元ある世界に戻してほしい」
ふと俺は疑問に思う。それは誰もが簡単に思い当たるであろう事――
「神の強硬派の仕業なら閻魔様達がやればいいんじゃ……」
閻魔の顔が濁る。俺は何か不味い事を言ってしまったのかとあたふたするが閻魔は低い声で語りだす。
「そうしたいんだけど彼らも直接的にやってるわけじゃない。例えば君の世界じゃ裕福層のさらに一部。頂点に立つ人材達に指示してるんだ。そしてこれから行く世界では神官、ひいては皇帝達に指示している。それなのに我々が魔王達を生き返らせて強硬派に対抗させれば彼らは天使を率いて人間界の世界を支配するだろう」
閻魔は無造作に頭をボリボリとかき鳴らす。
「なら今いる魔王に指示をだせばいいのでは?」
「もうやったよ……彼らが言うには『うっせぇ。死ね。馬鹿。勇者になんか負けねぇ』らしい。もうどうしようもないよね~」
閻魔は諦め気味に笑う。
それにつられて俺も苦笑いする。閻魔も匙を投げたという事か――そんな世界に送られてこれから先どうなるんだろうという一抹の不安を俺は抱える。
「ちなみに和樹君は厳密には死んだわけじゃないから。簡単に言うと仮死状態。詳しく言うと魔族にするために肉体を保存している状態かな。今見ている自分の体は魂と思ってもらえばいい」
俺はなんとなく理解する。もしこれが物質的な体なら事故に遭った影響でどこかから血が流れどこかの部位が破損しているはずなのにそれもなく制服もまるで昨日洗濯したような白さだからだ。
「さて、と。書類つくるね。君を魔族として変換するから」
閻魔は机の引き出しの中を探しているのだろうか、それに呼応して机の上に置かれた大量の紙が少し揺れ出す。まるで地震が起きて揺れる高層タワーのようだ。
「ええと――ここらへんに……あった」
必要な書類を見つけたのか閻魔の顔が少し緩む。
机は書類で一杯、床にも散乱している中で、どう書くのだろうと俺が思っていると、閻魔は床に散乱した紙の中から木製の小さいカルトン版を取り出す。
「それじゃ始めるよ? 新しい名前は?」
閻魔は紙を見て、のそのそと歩きながら質問する。
「アルバートです。アルバート・スレイラム・アーガスティン」
「ふむふむ」
閻魔は紙につらつらと書いていく。
「種族は魔族……と。契約内容は世界の調整、及び神々から干渉があった場合それに対処」
そう言いながら部屋の中を無造作に歩き回りコーヒーメーカーのある場所に止まる。コーヒーを片手に取り、それを飲み始める。
「う~ん。苦い」
コーヒーを置き棚にもたれかかる。
「報酬は力を持ったまま元の世界に帰れる事。でいいよね」
俺は頷く。
「ついでに世界を跨ぐ力の会得もつけとくよ。そうすればこれから行く世界にもいつでも戻れるしね」
「あ……お願いします」
(なんだか携帯とかの契約みたいだな……)
俺が内心そう考えていると、閻魔は筆を止める。
「よし、転生の書類完成。ちょっと署名と実印……今ないよね。拇印でいいよ。ちょっと待ってて。朱肉取るから」
閻魔は慌てて机に向かい引き出しから何かを取り出す。
そして俺の所に歩み寄る。
「ここにサインと拇印お願いね」
促されるまま俺はサインと拇印を押す。
そして閻魔は机の上に置いてあった大き目の判子を手に取りギュウと音がでるほどの力でしっかりと紙に押す。すると紙はひとりでに宙を舞い、くるりと丸まりどこからともなくリボンで括られる。
「これで契約完了。君、スマホ持たされたでしょ? それで私とも魔王達とも連絡取れるけど過度な期待はしないでね。助言くらいしかできないから」
閻魔は少し笑いながら俺の方を見る。
「これを持って、ここを出て突き当りの……まぁ地図持たせるよ。それを見て旅立ちの門に行ってね」
閻魔は机の中から小さな紙を持ち出し俺に渡す。
「旅立ちの門についたらこの契約書を渡せば旅立てるから。いい旅してきてね。できる事なら君にも希望が湧くといいね」
閻魔は棚に置いてあったコーヒーを手に取り書類の山の後ろにある椅子に無造作に座る。
俺は礼を言い執務室を後にする。魔王とは相反し、目の下にクマができている閻魔を見て俺は地獄も大変なんだと思いつつ渡された地図を頼りに旅立ちの門を目指す。
「ここ……かな」
地図に書いてあった通りに通路を歩き「旅立ちの門」と書かれたプレートがついた部屋の前で俺は立ち尽くす。扉が思っていたものとは違いとてもファンシーでかわいらしい扉であったため本当にここでいいのか俺が思惑していると俺が来た方向とは逆の通路からポニーテールの巨乳の女性が近づいてくる。
「は~い。坊や旅立つのぉ~? お姉さんが世界の果てまで旅立たせてあげるよぉ~さぁ入って入って~」
軽快にそして颯爽と現れたその女性は白衣にスリッパというどこかの研究員かと思わせるいで立ちをしていた。そして俺の手を握り部屋の中に入る。
俺は部屋の中には緑が豊かでどこまでも続く川があり、そこには船が停泊している――という様な幻想的かつ死後の世界に旅立つような空間を予想していた。
しかし俺の予想は綺麗に打ち砕かれる。そこには機械的な人が入れる容器が5つと手術台と医療器具がひしめいていて、どう見ても研究所もしくは手術室を連想させる空間だったからだ。
「あれ……部屋間違えたかな? あの……俺は旅立つんですよね? 違ったかな」
女性は俺の方に振り返り笑いながら答える。
「ここであってるわよぉ~。ここで魔族に肉体改造してそこにある容器に君を押し込めて新世界に送りま~す」
女性は近くにあったボタンを押す。ボタンを押した途端、地面から研究用素材のように何かの液体に漬けられた俺の体が出てくる。俺は自分の体を見つめながら固まる。
「肉体改造は完璧にできてま~す。私えら~い! 完璧な仕事をしたわ! ハイスペックフルスペック超超サイコ~っな体にしといたから~」
そう言うとピョンピョン跳ねながら俺の体の周りを飛び回る。
言葉がでない俺を見てその女性はソロソロ忍び足になり机にあった注射器を持ち俺に近づく。
「それじゃあ今からあなたの魂をこの体に移して転送するよ~! 覚悟はできてる~? できてない? 関係ないよ~いっくよ~!」
「ちょ、待っ――」
俺が言うよりも速く女性は手に持ってた注射器を俺のみぞおちに軽快に突き刺す。あまりの痛みに声もでない俺は、力を振り絞って女性を見つめる。その顔は笑顔ではあるが冷たいものがあった。まるで実験動物に向けるような目、そして取り繕ったような笑顔である。その笑顔はギルバートやフィーの笑顔とは程遠いとても無機質なものに感じ取れた。
「だ~いじょうぶ、痛いのは少しだけだから~。起きたら新世界! いい旅してきてね~。ああ……書類はこっちで受理しておくから心配しないでね~。世界が神々の為にあらんことを――」
俺は最後の言葉に驚くが、そのまま倒れこみ意識を失う。