4話 魔王様が新しい世界の説明をお受けになるそうですよ?
酒を飲み干したフィーが腕で口を拭き俺の方を見る。
「さて……と、それじゃ俺たちの世界について話すとしようか。まぁ国家間とかの詳しい話は妹に聞いてほしい。簡単にこれからどうするかを教えるよ」
フィーとギルバートは見つめ合い両者が頷く。
「まず君は転生を果たす。そしてそこには妹と従者がいるはずだ。合流ができたら近くの神殿に行き君の能力値を鑑定してもらうんだ」
「能力値……ですか?」
フィーはそっと頷く。
「能力値はA~CそしてSがある。おそらく君は最高ランクのSより上、「神話級」なるだろう。そして君が使える力……魔法や技を取得してほしい」
「魔法使えるんですか!」
「資質があれば――ね」
少し興奮した俺にフィーが微笑みながら片目を瞑りウィンクをする。
「あとは妹とその仲間と合流する。仲間と言ってもメイドだけどね。基本的に勇者は徒党を組むが、魔王は仲間意識というものがなくてね……敗因の一つだよ」
なるほどと俺は首を縦に振る。
それを見たフィーが軽く苦笑いし、横にいたギルバートも少し呆れ気味になる。
「本当は俺達一族――アーガスティンの城をすぐにでも取り返してくれ……と言いたいが恐らくそれは無理だろう。なぜなら勇者が陣取っているからね。まずは北に行き海を探すんだ。そして孤島を探してほしい。そこには魔王の一人がいるから助力を求めてほしいんだ」
「助力……ですか? 俺にできるでしょうか」
俺は考え込む。
それもそのはずだ。
知らない土地で全く知らない種族に言葉さえ通じるかどうかもわからないのだから。
「大丈夫。昔から縁がある魔王で、名前はリスティ・フォン=マルクス・エルダール。少し爺臭いがいい奴だよ」
フィーは優しい笑顔を浮かべる。
俺は何故かその笑顔を信じてみようと思った。
「ちなみにリスティの城には初代の鎧が飾られている。誰も使いこなせない鎧だが、君なら使いこなせるだろう」
「なぜ俺が使えると思うんですか?」
疑問に思った俺がフィーに問う。
誰も使いこなせないという事は俺自身にも使いこなせないという事ではないかと考えたのだ。
「あれはそういう代物だからね。着ればおのずとわかるよ」
俺は理解できなかったがそれ以上質問しようとも思わなかった。「そういう代物」と言われてしまえばそれ以上は聞いても仕方ないからだ。
「そろそろいいかの? 時間が迫っておる」
「ああ……はいはい。それじゃあ最後に君に魔法のアイテムを渡そう」
フィーがおもむろに内ポケットに手を入れる。そこから何が出てくるか俺は少し期待してしまう。
(なんだ? 魔法のアイテムって……まさか魔法の籠ったお札とかもしくは炎が出るナイフとかか?)
「じゃっじゃ~ん。魔法のアイテム~」
そう言うと取り出したのはスマートフォンだった。
「なにこれ……普通のスマホですか?」
俺はすごくがっかりしながらフィーを見つめる。
どこにでもあるようなスマートフォン。
魔法の剣でも魔道師が特別に作ったお札でもないのだ。
当然の反応だろう。
俺はそれがどことなく自分が持っていたスマートフォンに酷似している事に気が付く。
「最新機種でこの部屋にも直通、しかも写真は3000万画素! 手ぶれ補正機能つきだよ! やったね。和樹!」
俺は渡されたスマートフォンを見て傷の位置等から元々自分の物だった事を確認する。
しかし俺は事故で死んだはずであり、それなのにどうしてスマートフォンは無事なのかと疑問を感じる。
「もしかして俺の携帯改造しました?」
「ああ……やっぱりばれちゃうよね。三代目が魔法とか科学? とかそういうカラクリ物すごく好きで開発しまくった天才なのよね。君が地獄の審問官に起こされる前に三代目が君の持ち物取り出して分解して再構築したみたい」
「いやいや……起こされてまだ数分ですよ? ありえないで……」
「大丈夫……問題ナイ」
慌てて反論しようとした俺の後ろでボソリと不気味な声が響く。
すぐさま声の方向に振り返ると黒ずくめで包帯を全身に巻き、その上からローブを羽織った人物が俺の後ろに立っていた。
「僕ニカカレバ……問題ナイ。初期不良モ……ナイ。安心シテ……使ッテクレ」
途切れ途切れに男性は言う。
「え……と。ありがとうでいいのかな」
俺は自分の携帯を分解された事より、その男性の不気味な雰囲気にのまれて何も言えなくなる。
おそらくフィーの言う三代目であろうその男性がいつ背後に来たのかわからず俺は困惑する。そして三代目は少し背を曲げお辞儀をする。
「僕達ノ……世界ヲ頼ム。ミンナ笑エル……世界……作ッテホシイ」
その言葉を発するとそのままの姿勢で三代目は1歩後ろに下がる。
「それじゃ時間もないし、説明もめんどくさくなってきたので~審問官の所に行って俺らの世界に行ってきてね」
俺がフィーの方向に向き直ると、フィーはウィンクしながら俺を指さす。
説明が大雑把すぎてまだ理解が及んでいない俺を尻目にフィーだけでなくギルバートも少し慌てて席を立つ。
「時間がないって……何かあるんですか?」
「これから全員で地獄温泉巡りツアーに参加しなくちゃいけなくて集合時間が迫ってるのよ」
「地獄温泉はいいぞ~。わしみたいな老体には骨身にまで染みるわ」
「それだけ……ですか?」
「ん? それだけだよ?」
俺は魔王達の適当さにどうでもよくなっていく。
ギルバートが俺に近寄り俺を嘗め回すような目で見つめる。
「和樹という名もいいがわしらの世界での新しい名前もやらんとな……さてどうするか」
その言葉を聞きフィーや三代目、その他にフィーの一族であろう男性達も一斉に俺を見つめる。
「ガンジス・ルーヴィンなんてどう?」
「いやいや。グール・アルズールとかいいんじゃない?」
「だせぇ名前つけてんじゃねぇ。ゴーウェン・ハルクスだろぉが!」
「どこの鍛冶屋だよ。死ね」
各々言うがギルバートが両手を上げ静止する。恐らくはギルバートがアーガスティン家の初代でありこの部屋で一番権力があるのだろう。
俺はそれを察し変な名前だけは付けないでくれと願う。
「わしが決める。初代であるわしが……決める!」
俺はギルバートの鋭い眼光に少し後ずさる。
「ギルバート・ジュニア・アーガスティン。これしかあるまい」
これ以上してやった感がないくらいの顔をギルバートが作る。しかし周りを見るとそこにいる全員が凍り付いている。なぜ「ギルバート・ジュニア」なのかと俺が問うよりも先に他の男性達から罵声が飛ぶ。
「このじじぃ。ボケてんじゃねぇ。なに自分の名前いれてんだ。死ね」
「アリエ……ナイ」
「阿保か……さすが初代。底抜けの阿保だわ。そりゃ俺らの一族滅びるわ」
周りにいた男性達が呆れ果てる。
「な……何を言うんじゃい! 滅ぼしたのは七代目のフィーじゃろうが!」
「いや……まだ微力ながら妹いますし……それに勇者強くなりすぎだし……。それよりもっとちゃんとした名前あげてください」
険しい表情をするギルバートだが渋々口を開く。
「じゃあ……アルバート・スレイラム・アーガスティンでどうじゃ」
「まぁ無難ですね。それでいきましょう」
無難な名前ならなんでもよかったのだろう。フィーが締めくくる。
俺も無難な名前になったことにふぅと安堵のため息を漏らす。
「さてみなさん。そろそろツアーのバス来るんで表にでますよ~」
フィーが「パン」と手を一叩きする。そして全員が示しあわせたかのように外に出る。
「和樹君……いやアルバート、外に出て~鍵しめるから」
フィーに催促され俺は慌てて部屋を出る。
かくして俺は名前をアルバートに半強制的に変えられてしまった。