3話 魔王様が違う世界の魔王様達に出会うそうですよ?
「VIP」と書かれたプレートの下にある古びた扉を開けるとそこは豪華絢爛な天国があった。
「あの――閻魔様に言われて来たんですが……ここでいいんですよね?」
扉を開けた俺は一歩踏み出し小さな声を上げる。
そして部屋を一通り見渡す。
そこにはまるでバーと思わしきカウンターや丸いテーブルとそれを囲むように椅子が並べられていて、まるでゲームや映画で出てくるアメリカの西部劇のような部屋が広がっていた。
木の匂いと煙草の匂いが混ざり合ってはいるものの昔ながらの喫茶店を思わせる匂いが広がっている。
部屋の中央ではチャラい男や老人風の男達が机を囲んでトランプに興じていた。
「あ~いいっすよ~入ってきちゃって~」
チャラい男が手招きをする。
俺はその男達が閻魔のような「人ではない何か」ではないが、雰囲気が人間とは何か違うと感じ、少し躊躇いながら足を進める。
「私の隣が空いている。座りたまえ」
声のした方向を見ると、奥のバーカウンターで腰かけている一番年配そうな男性が酒を飲みながら俺を座るように促してくる。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
俺は警戒しながらもその男性の横まで恐る恐る移動し椅子に座る。
男性は酒を少し飲んだ後、グラスを机に置き一呼吸置いた後俺に声をかける。
「わしはギルバート・メドロブラス・アーガスティン。ギルバートでいいぞ」
「和樹です……よろしく」
ギルバートは俺の顔をじっくりと見つめる。
「ふむ……憎しみは立派だが君に務まるとは思えんな」
俺は何の事か分からず戸惑う。
「初代~いきなりそれ言っちゃだめでしょ~」
後ろから聞こえてくる声に思わず振り返ると、トランプをしていた男性達が各々立ち上がり俺に近づいてくる。
そして煙草をふかしたりしながら俺の様子を伺っている。
俺は状況が読めず困惑する中、勇気を振り絞って質問する。
「えっと……一体何の事ですか?」
「あ~っと君、違う世界で魔王になって勇者殺しまくらないとだめって聞いたよね? ここに案内した地獄の審問官から」
俺は何の事か分からず、ギルバートを見る。
どういう事だ? 勇者を殺すって一体――。
「あらら、何も聞いてなし……と。ああ、俺の事はフィーでいいよ」
黒いスーツに胸元を大胆に開け腕にはブレスレット、耳には小さな鳥の綺麗なピアスをしていた男性、フィーはバーカウンターに入ってグラスを7つ並べて酒を注ぐ。
「あの……僕が魔王になるってどういうことですか?」
「どこから話せばいいか。ここにいる7人はみんなある世界で魔王やってたんだよね。一応みんな血縁だよ。あまり似てないかもしれないけど」
「そうですね。あまり似ていませんね」
横にいたギルバートが睨んでくる。
それに気づき俺は慌てふためく。
「すいません」
「ああ~いいよいいよ。初代はすぐ睨むけど悪気はないから」
フィーは酒を注ぎ終え、グラスを先程までトランプに興じていた5人に手渡しする。
机にはまだ二つ酒の注がれたグラスが残っている。
「はい、残りは俺と君の分ね」
フィーは残った二つのグラスのうち一つを子供の様な笑みを浮かべて俺の方に渡す。
その笑顔に警戒心がほぐれ、俺は素直に受け取る。
「簡単に言うと俺らの世界では何人か魔王がいてそのうちの一人が俺らアーガスティンの一族なのよね。でも勇者にやっつけられちゃったのさ」
フィーの笑顔をギルバートが睨みつける。
まるで「勇者にやられて何故そのように笑っていられるんだ」と言わんばかりに……。
その後に目を瞑りグラスを傾けながらギルバートが訂正する。
「わしは負けてなぞおらんぞ。老衰で死んだんじゃい。負けたのは五代目あたりからじゃろ」
「それを言われるとつらいっすわ~。でもまぁアーガスティン一族は勇者にやられて残ったのは我儘な俺の妹だけなのよね。それで君に白羽の矢が立ったの」
フィーは俺を一直線に指をさす。
俺はすぐさま振り返る。
もしかしたら自分の後ろに誰かいるんじゃないかと思ったからだ。
しかしそこには誰もいない。
「ああ、やっぱり俺なのね」などと考えながら俺は姿勢を正面に戻す。
「勇者はここ数百年で爆発的に増えて今じゃ数えきれない。なのに魔王は数が限られてて調和が保てないのよね。そこで調和を保つために君を魔王として僕たちの世界に送るってことらしいよ」
「えっと……俺……ですか?」
困惑する俺にフィーは畳みかけるように言う。
「審問官いわくこの変動は神様達の中で強硬派がかなり力をつけたのをきっかけに世界を変えたかららしいのね。君の世界に覚えはない? ここ数百年で変わった事とか」
俺は戦争の事や平和と調和がとれた世界という名の裕福層だけが人として扱われる世界を知っていた。
普通なら反乱等が起こってもおかしくはない。
だが起こったという話は聞いたことがない。
恐らくは誰もが不満はあれど心の底では受け入れている――自分が死ぬ前の世界だ。
フィーは何かを悟った様にニヤリと笑みを浮かべる。
「心当たりがあるみたいだね。まぁそんなこんなで君には俺たちの世界を救ってほしい。ダメかな?」
「で……でも俺にはそんな力は――」
フィーは酒を一気に飲み干し、俺の目を見つめる。
「大丈夫。君みたいに世界をそこまで憎める人材は類稀だ。君ならきっと立派な魔王になれるよ。力は俺達の世界に転生すればその憎しみの分だけ世界から貰えるはずだ」
フィーの明るい説明の中、ギルバートが重い口を開く。
「わしらの世界は勇者という名の化け物に滅ぼされつつある。行けばわかるはずじゃ。その絶望の目をみればわかるよ。人間がいかに残酷で恐ろしい生き物かを知っている目じゃ」
「残酷で恐ろしい生き物」という言葉に俺は思う所があり「ふぅ」と軽くため息をつく。
そんな俺を見てフィーは確信したという様に視線をグラスに向け酒を注ぐ。
「向こうに行けば妹と従者が教えてくれる。世界を……ひいては魔族を救ってくれないか? 頼む」
フィーは両手をテーブルに置き真面目な目で俺を直視する。
一切の濁りのないその目に俺は少し惹かれた。
まるで子供のような澄んだ瞳をしたフィーの願いに少しでも答えたいと思ってしまう。
「俺に……俺にできますか?」
俺は自分が何の力もない事を自覚している。
勉学が優れているわけでもスポーツや柔術が堪能なわけでもない。
あるとすれば現実逃避としてやっていたゲームくらいであとはテレビを見たりしていたくらいだ。
なぜこんな自分に白羽の矢が立ったのか、そしてフィーのこの瞳に自分がどう映っているのか。
俺には疑問が多く残るが断り切れず渋々返事をする。
「もちろん」
「決定じゃな」
ギルバートとフィー、そして周りにいた他の男性達が同じタイミングで酒を飲み干す。