1話 魔王様が元の世界で死んでしまったそうですよ?
西暦2350年。2150年から続いた第3次世界大戦が2225年にアメリカの勝利で終わり、反省と調和のために世界は1つに統一された。
統合連合国家「WOUSA」、通称「WOUSA」。
正直ダサいがそれを言葉に出すと抹殺されかねない世界だ。
しかしながら裕福層と貧困層の差が激しく貧困層は奴隷のように扱われていた。
貧困層は裕福層から蔑まれ、それが当たり前と誰もが諦めている世界。
テロなどが起きることもない。
市民は裕福層に管理され、妙な動きを見せると即粛清されるからだ。
貧困層はより貧困に裕福層はより裕福に。
平和で調和のとれた世界――とても退屈で差別と諦めの世界。
そんな中で目が死んだ少年がいた。
そう、鏡を見て俺は自分の目を直視する。
俺の名前は「和樹」正直普通でどこにでもある名前だ。
髪型は短髪、顔だちは良くもなく悪くもなくそれでいて運動ができるのか? と言うとそうでもない。
それでいて学業もそれ程良いわけでもない。
世界に絶望し、自分の心を殺した。
そしてただひたすらに貧困を受け入れる。
俺は「ふぅ」とあきらめのため息を吐きつつ学校へと向かう。
学校へ向かう途中――、
「おい、和樹。なに暗い顔してんだよ?」
後ろから声がかかり俺の肩を挨拶代わりに軽く叩く。
しかし俺は肩を叩かれても微動だにしない。
「ああ……ごめん堂島。少し体調が悪くて――」
もちろん俺は絶好調、ただの嘘だ。
俺は基本、体調が良かろうが悪かろうが反応はとても薄い。
「お前ってほんと反応悪いよな」
俺の友人である堂島が横に並び一緒に歩く。
「なぁ和樹、進路決まった?」
俺は少し黙り込んで堂島の顔を見る。
「俺たち貧困層がいける学校なんて決まってるだろ? 成績が良かろうが悪かろうがもう線路はある程度敷かれてる。そこから外れれば俺達に存在意義は無いよ」
はぁとため息交じりに俺は堂島の顔から視線を逸らす。堂島の方も当然だと言わんばかりのため息を吐くのが聞こえる。
「だよなぁ――決めろって言われても将来なんてだいたい決められてるもんなぁ。まぁ仕方ないか」
「仕方ないで済むかよ。こんな世界無くなっちまえばいいのに」
俺は心で思ったことが小声で漏れる。
「なんか言った?」
やってしまったと俺は慌てて口を片手で覆う。
そしてすぐに話を終わらせようとする。
それが賢い選択だと分かっているからだ。
「なんでもない。それより早く登校しよう」
話を中断し早歩きで学校に向かうように促す。
学校に行く途中、大きな公園の手前の信号に差し掛かった所で女性が立っていることに気付く。
スラリと姿勢良く立ち、とても美しい黒いロングヘアーでスタイルも良く気品が溢れ出している様な女性――ただ一つの難点を言えば胸が少し人より薄い事くらいだろう。
「おい、あれって小夜子さんじゃん。ほんと裕福層であの顔立ち、成績優秀で運動も抜群。最高だよな」
俺が堂島を見るとヘラヘラと笑っている。
いつも通りな堂島を見つつ俺は平静を装う。
なぜならその小夜子という女性を俺は昔から知っている。
家が近くで小さい頃は裕福層も貧困層も関係なく遊べていたからだ。
俺は仕方なく小夜子の横まで歩を進め信号待ちする。小夜子から香水の匂いがほんのり漂ってきて俺の鼻腔をくすぐる。
その甘い香りに対し顔を背けるが、それを察したのか小夜子が話しかけてくる。
「おはよう和樹くん。ご機嫌いかがかしら?」
「小夜子さん、幼馴染でも貧困層と話してると周りから白い目でみられますよ?」
俺は小夜子の方を見ずに淡々と答える。
「あら、いいじゃない。そんな細かい事。白い目で見る人なんて器が知れてるわ。そんな人達よりあなたと会話してる方が有意義よ」
ふぅと俺はため息を吐きながら小夜子の方に振り向くと、ふふんと鼻を鳴らし得意げな顔をする小夜子がいた。
それを横目に信号機の赤色が青色に変わるのを今か今かと待ち続ける。
信号待ちの短い時間――それは和樹にとって苦痛を感じる時間だった。
なぜなら裕福層から貧困層に向けられる目はいつも蔑みであってそれ以上でも以下でもない。
しかし小夜子が俺に向けている目は蔑みとは別の物だった。
恐らくは期待――子供の頃によくある話で自慢げに「この世界を変えてやる」などと俺は小夜子に得意げに宣言し、そしてそれをまだ小夜子が信じているのかと思い和樹は胃が痛くなる。
この人、まだあの時に言った事を本気にしてるんだろうか――まさかな。俺の思い過ごしだ。
そんな事を思っていると信号が赤から青へと変化する。
「青になりましたよ。さっさと学校にいきましょう」
小夜子の言葉に俺は重たい足を持ち上げ、一歩を踏み出す。
三人で渡ろうとした時、急に堂島の叫び声が後ろから聞こえる。
「おい、トラックが突っ込んでくるぞ! 避けろ」
その声を聞き俺は道路に目をやる。
確実に信号無視をするであろう速度で突っ込んでくるトラック――俺がふとトラックの運転手に目をやると意識がないのか、もしくは眠っているのか下を向いている――は俺と小夜子めがけて一直線に来る。
何故かは俺にも分からないが咄嗟に小夜子を突き飛ばす。
本当は邪険にしつつも「あの言葉」を信じているであろう小夜子を救いたかったのか――
「和樹!?」
小夜子が叫ぶのを尻目に俺は死を覚悟し瞼を閉じる。
同時に悪い夢なら今すぐ覚めてほしいと心の中で願いながらギュッと瞼を強く、強く閉じる。
ああ……貧困層に生まれて平凡な貧困生活。
逆転も救いもないこの世界でのんびり生きていくはずがこんな所でこんな形で終わるのか――しかもトラックの運転手、たぶん同じ貧困層の人だろうな。
疲れて居眠り運転って所か……洒落になんねぇな。
――本気でこの世界消えちまえ――
俺の体に衝撃が走る。まるで体中を鈍器で殴られるような衝撃――
その刹那、俺の口から無意識に笑い声が漏れていた。
絶望の世界から解放された喜びか、それとも死の恐怖からか――。