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灯籠流し

作者: ゆめうさ

 ゆるいゆるい坂を登る。

真夏日の太陽は、噴き出る汗を止めさせない。

 ただしは半袖シャツの襟元を緩めて、ネクタイを外した。

「あっち……」

 

 今年でもう25歳になる。

 この坂はあの時のままだ。


「何やってんだ、俺」

タオルハンカチで額の汗を拭き、乱れる息をぐっと吸い込む。

「はぁー」


周囲には住宅もなく、切り立った湾岸線の細長い1本道を、ただただ歩く。



「ねぇ、なにしてるの?」

 それはあの時の茉莉花の言葉だ。

彼女は、まだ中学2年生だった規の後をちょこちょこついて来て、一緒にこの道を歩いていた。

「うるさいな。暑苦しいから、黙ってろ」

規は少し乱暴な声で、1学年下の茉莉花に舌打ちをする。

「ついて来いって言ったの、貴方じゃない」

少し不貞腐れたような声で茉莉花が規を追い抜いた。

「この先は何もないわよ?」

振り返りながら、茉莉花が言う。

「わかってるよ」

不機嫌そうに規が言うと、茉莉花がふと笑う。

「初めてのデート……になるのかな、これ」

「さぁな」

長く続く坂道は途中で折れ曲がって、その先は見えない。


 不意にその見えない向こうから、爆音が聞こえてきた。

数台のバイクがこちらへと向かってくる。

「あぶねぇ、茉莉花!」

規は少し先を歩いていた彼女の腕をつかんだ。


――ここはどこだ?

 バイクの爆音は消えていた。

規は道路に倒れていた。

何故か後頭部が激しく痛む。

手を当てると、出血していた。

 規は嫌な予感を覚える。

「茉莉花! 茉莉花! どこだ!」

いくら叫んでも返事はない。

「茉莉花! まりかー!」

 数メートル先に、小さなスニカーが片方落ちていた。

「ちょ、なんだよ。どうしちまった? まりかー!」


 規がよろよろとスニカーへ近寄ると、遠くで再びバイクの爆音がした。

「まさか、あいつら!」

曲がって先の見えない一本道を、全力で走る。

また1つ、スニーカーが落ちていた。

「まりかー! ! !」


 規が湾岸線を走る。

 不安と暑さで汗が吹き飛ぶ。

 心臓がドキドキしていた。

「茉莉花、茉莉花!」


 ようやく曲がりくねるカーブに差し掛かかると、

ざぶーん。

何かが海に落ちる音がした。

「え?」

 規は慌ててガードレール越しに海を見た。

 赤いスカーフがゆらゆらと浮いている。

茉莉花の制服のスカーフだ。

「まりかー!」

咄嗟に規が海へと飛び込む。

しかし、茉莉花を見つけることはできなかった。



******

 夜になり、規は湾岸線から砂べりへと降り、手にした灯籠に火を点け、海へと流す。

「茉莉花、ごめんな」

 あれから9年。

この日毎年規はここを訪れる。

 目に焼き付いた、赤いスカーフが規を海へと誘う。


 灯籠を追って、膝まで海水に浸かる規の頬に涙が流れた。

「茉莉花、きっと見つけてあげるから……」

暗い海にぽつんと光る灯籠が、次第に遠くへと流れてゆく。

「だから、だから、俺のことを忘れないでくれ……」

呟いた言葉は潮騒にかき消され、空へと昇った。

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