ガイムさんの過去
武器屋に入ると店主のガイムさんがいた。
「ガイムさん、こんにちは!」
「おお、坊主か。もう新しい武器を買いにきたのか?」
「いえ、近くに来たので寄ってみたんです」
「なんだぁおい! ひやかしか?」
そこでスセリとヤカミが店に入ってきた。
それを見たガイムさんの顔色があきらかに変わった。
「おい、坊主ちょっと来い」
背中を押されて店の奥まで連れていかれた。
「おい、どういうことだ?」
ガイムさんはとてもあわてている。
スセリとヤカミの美しさに驚いたのだろうか?
「なにがですか?」
「坊主が連れてきたのあれイナバの姫さんじゃねーか? おい、どうなってる?」
ガイムさんは、ヤカミの顔を知っていたようだ。
テレビも雑誌も無いこの時代で顔がわかるってことは、見たことがあるということか。
まあ、ヤカミは有名だし、イナバ国はヤカミのショーを見たい観光客で成り立っている観光立国みたいだから、そういうのを見たことがあるのだろうか?
「いや、どうというか、いっしょに旅をしてまして・・・」
「ハァ? 姫さんと旅ってなに言ってんだおまえ? しかし、おまえに誘拐するような胆力見えねえしな」
「なにをしてるんですか?」
ヤカミが奥までやってきた。
「いや」
ガイムさんが焦って後ずさり、顔を隠しているようだ。
「あれ? ガイム?」
「ち、違う」
「ガイムね。なぜ嘘をついているのです」
ヤカミがガイムさんの顔をのぞきこむと、ガイムさんは渋々とうなずいてそれを認めた。
「え? 知り合いなの?」
「ガイムはイナバ国の騎士団長でした。3年前に国境付近でハリマ国との小競り合いがあり、そのときに足を負傷して退団し、それから逃亡して行方知れずになっていたのです」
「おいおい、姫さんよ。逃亡はねえだろう? こちとら退団してから国を出たんだからよ」
「あなたの退団は正式には認められていませんよ。退団届けを部下に預けて、そのまま出国したのでしょう?」
「もう戦えねえんだ。俺が城にいる意味はないだろう? なにせ俺は平民出だし戦うことくらいしかできねえからな」
「あなたほどの武功なら、いくらでも官職がありました」
「性にあわねえんだよ」
どうやらガイムさんはイナバ国の騎士団長だったらしい。
それならヤカミの顔を知っているはずだ。
ケガをして退団し、ここに店を開いたようだ。
「で、姫さんはなんでこんなところにいるんだ?」
「主人についてきたのです」
「主人?」
「我が主人、オオナムチ様です」
ヤカミが頬を染めて笑みを浮かべ、俺の腕にからんできた。
「な!?」
ガイムさんがあからさまに驚いている。
言葉を失うとはこのことか?
「わたしが正妻ですよ」
スセリが逆の腕にからんできた。
「せ、正妻?」
ガイムさんの目が飛び出そうなくらい開いている。
口も顎がはずれそうな勢いだ。
「ワ国スサノオ大王が息女、ワカスセリヒメノミコトと申します」
「スセリ姫ぇ!?」
ガイムさんが驚いて転びかけた。
「坊主? どういうことだ?」
「スセリとヤカミを娶ることになりました」
「な? え? え?」
「オオナムチ様は我を娶り次期ワ国大王となられるお方なのです」
スセリが告げると、ガイムさんは口をパクパクさせた。
そして、放心状態で歩き出して店の入り口を閉めた。
「今日はもう閉店だ。とりあえず奥で茶を出す」
奥の部屋のテーブルにつくと、ガイムさんが紅茶のようなものを淹れて来た。
「ガイムはイナバ国最強の騎士として近隣に知れ渡る戦士だったのです」
「よせよ姫さん、今じゃただの武器屋だ」
「あなたがいなくなって国は混乱したのですよ」
「折れた剣に出番はないんだよ。俺がいては後任もやりにくいだろうしな」
「小競り合いではなかったのでしょう?」
スセリが唐突に告げた。
「ん? なにがだ?」
「ハリマ国は本格的侵攻として軍を率いて攻めてきたはずです」
「なぜそんなことが言える?」
ガイムさんの表情が厳しくなった。
ヤカミはきょとんとした顔をしている。
「ハリマ国の使者より、スサノオ大王への通達が来ていたからです。イナバ国へ侵攻するが、戦勝の暁にはイナバ国の西半分を差し出すので、イナバへの侵攻を許可してほしいというものです」
「そうだったの?」
ヤカミがスセリをにらんだ。
「父はとくに返答もしないで傍観していたようですが、ほどなくしてイナバ国侵攻失敗の報告が届いていました。ガイムさんが侵攻を防いだのですね?」
ガイムさんはしばらく考え込んでいたが、やがてタバコに火をつけた。
吐き出された煙が、空中に白い模様を作る。
「あいつは強かった」
「あいつ?」
「ハリマ国大王のヒボコだ。国境の砦で侵攻してきた軍勢を迎え撃った俺たちは優勢だった。戦の趨勢は決まり、俺は勝鬨をあげようとした。そのときだ」
ガイムさんがふぅっと煙を吐き出した。
「戦場を割ってあいつが一騎駆けしてきた。黒い馬に黒い甲冑、兜には牛の角みたいなのがついてたな。あいつは俺の部下の陣形を一直線に切り裂いて、そのまま砦に向かってきたんだ。ただの一騎でだぞ?」
ヒボコ?
アメノヒボコか?
古事記では天之日矛、日本書記などでは天日槍とされる新羅から渡来した王子とされている。
まだ調べていないので確実ではないが、新羅という国ができるのはもっと先のことだと思うのだが、名前が同じということは同じ可能性が高い。
「あいつは砦の環濠を飛び越えて、俺の前に立った。そして、将兵を失って占領できないから此度の遠征はやめる、しかし、次の戦の種をまいておこうと言って、俺に斬りかかってきたんだ」
砦に単騎で飛び込み、司令官であるガイムさんの前に立ったのか、すごい胆力と武力なんだな。
ヒボコ、なんとか会わずに済ませたいものだが、おそらく俺とヒボコは相対することになるだろう。
だって、神話では、大国主命と天之日矛ってガチガチにやりあうライバルとして語られているんだよな。
はあ、憂鬱だ。
「やつは強かった。俺を助けに入ろうとした部下が斬り飛ばされるから、自然と俺とやつの一騎打ちになった。40合は斬りあっただろうか、俺は膝の腱を斬られた。勝負は決したと覚悟を決めたが、やつは背中を向けて環濠を飛び越えて去っていったんだ」
「なぜ止めを刺さずに?」
「ああ、俺もそう思って聞いた。なぜ止めを刺さないのかとな。やつは振り返って言った。我の強さと恐怖を語る者が必要だと、次の戦の種をまくってのは、兵に恐怖心を植え付けておくことだったんだな」
ガイムさんは汗びっしょりになっていた。
その時のことを思い出したのだろう。
「だから俺は去った。俺はあの男に負けた。そして恐怖したんだ。俺はもうあいつとは戦えねえ。そんなやつが軍の中枢にいたら、勝てるはずなんてないだろう? イナバ国に俺の居場所はなくなったんだ。だから去った。イナバを守るためには折れた剣ではダメなんだ」
ガイムさんは自重気味にそう言った。
「小競り合いだと聞いていましたが・・・」
ヤカミも驚いている。
「情報操作ってやつだな。都合悪い事実は隠されたのさ。おい、茶が冷めるぞ。うちにある一番高価なやつなんだからな。しっかり味わって早く飲め」
「あ、はい」
「アマにはなにしにきたんだ?」
「アマ国王への挨拶ですね。それと隠れ里、いや、今は村なのかな。俺が滞在していた村に挨拶に行きます」
「そうか、しかし坊主が次期大王なあ。はじめて見たときにただ者じゃないとは思ったが、なにがどうなってそうなったんだ?」
「いやまあ、俺もよくわかりません」
「アマを出る前にもう一度寄れ。土産を用意しておいてやる」
「え? そんな悪いですよ」
「姫さんもいるからな。俺もイナバ国に食わせてもらってた恩がある。恩返しをさせろ」
「わかりました」
ガイムさんは、なんとか落ち着いたようで、俺たちを送り出してくれた。
ちょうどよい時間になったので、俺たちはアマ王城に向かうことにした。
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