第八話 成金のすすめ
修行を終えて、村に戻るとキクムさんに声をかけられた。
「オオナムチ、ちょうどいいところに来た」
「どうしました?」
「これから町に買出しに行くのだが、護衛で着いてきてくれないか?」
「町?」
「川船で3時間ほど下ると港町アマがある。そこで黒曜石なんかを売って、塩や道具なんかを買って帰るのだ。今夜は町に泊まって、明日の昼ごろには村に戻れると思う」
この村では塩は作れないらしい。
塩を持ってきてくれる行商はたまにしかやってこないので、足りなくなったら町に買い出しに行くのだそうだ。
ここ数年で村の人口が増えていて、頻繁に足りなくなるらしい。
「いいですよ。何人で行くんですか?」
「ジレとわたしとキミとで三人だ」
「準備するものはありますか?」
「とくにないな。荷物はもう積んである。こっちに来てくれ」
キクムさんに着いて歩く。
村の外の川に船着場があって、木の船には荷物が満載に積まれていた。
船の近くにジレがいた。
「キクムさん、いつでも出発できます。ん・・・オオナムチ?」
ジレがこっちに気づいて笑っている。
出会ったときは感じ悪かったが、巨大カニ退治で好意を持ってくれたらしい。
「こんにちは。俺も護衛で同行します」
「おお、そいつは心強いな。頼りにしてるぜ」
俺たちが船に乗り込むと、船尾に立っているジレが木の棒で川底を押して出航した。
川を覗きこむと水深はわりと深いようで、水が緑色に見える。
ジレは器用に岩を避けて船を操り、さほど急ではない流れの中を順調に進んでいった。
「これは何を積んでいるんですか?」
船首で指示を出しているキクムさんに、積荷について聞いてみた。
「積荷は黒曜石、貝殻のアクセサリー、麻布、それと蜂蜜だ」
「蜂蜜?」
「森にある蜂の巣から採集できる。町で高く売れるんだ」
「へえ」
天気はよくて青空が広がっている。
川辺には黄色い花が咲いていて、白い蝶々がひらひらと飛んでいる。
水面をなでて吹く風は涼しくて心地いいし、とてものどかでほっこりするね。
そして、二時間ほどで船着場に着いた。
「ここからは徒歩だ」
キクムさんとジレは、船から荷物を降ろしはじめた。
「あの、持ちましょうか?」
「ん? そりゃまあ持ってもらうけど」
「いえ、全部持ちましょうか?」
「え?」
戸惑っている二人をよそに、俺は万宝袋に、船ごと荷物を収納した。
万宝袋と言っても形があるわけじゃないから、二人には船がいきなり吸い込まれて消えたように見えただろう。
「おい!? なんだ?」
キクムさんとジレの目が点になっている。
「異空間に荷物を出し入れできるんですよ」
俺が船を出し入れして見せると、二人はいよいよ驚いていた。
「とんでもない魔法だな・・・。噂で聞いたことはあるけど、実際に見るととんでもないな」
ジレが口をあんぐりと開けてあきれている。
「まあ、あまり使い手のいない魔法だ。目立つのはよくないし、知られないほうがいいだろう。町で荷物を出すときはわたしの指示に従ってくれ」
「そうですね。そうします」
キクムさんの意見に俺も納得して、俺たちは町を目指して歩き出した。
◇◇◇◇◇
「あれがアマの町だ」
荷物を背負う必要がなくて移動が早く、予定より早く港町アマに着いた。
港町アマは環濠に囲まれていて、町へと続く橋の先には門番が立っていた。
門番に見えないところで荷物の一部を出して背負い、キクムさんを先頭に橋を渡る。
「商人のキクムだ」
キクムさんは、木の札を出して門番に渡した。
門番のおじさんは、かなりごつい。
手には槍を持っていて、簡素なものながらも兜と鎧をつけている。
「ひさしぶりだなキクム。後ろは新顔か?」
キクムさんは顔なじみらしい。
「ああ、若手の勉強だ」
「しっかり稼げよ」
門番のおじさんは、人懐っこい笑顔で手を振ってくれた。
ごついけどいい人みたいだ。
町に入るとしばらくして広場に着いた。
「ムイチ、はぐれるなよ」
「あ、はい」
広場には、ちょっとした祭りくらいの人が溢れている。
ひさびさの喧騒はにぎやかでいいな。
老若男女、そして人種も様々に見える。
あきらかに異国風の人々がいて、それぞれが店を出していたりする。
キクムさんに聞いたら、ここは交易エリアで、世界中の商人と品物が集まっているらしい。
食べ物の露店もたくさんあって、買ってくれとあちこちから声をかけられた。
きょろきょろしていると、何かの肉の串焼きが目についた。
おいしそうな匂いがしていて、後で絶対に買おうと思った。
広場には、地面に品物を広げて商売をしてる人がたくさんいる。
不思議なものもたくさんあるな。
珍しいものが多くて、すげー気になるね。
「これからどこに行くんですか?」
「まずは荷物を売りに行く」
キクムさんについて歩いていくと、ほどなく大きな建物に着いた。
すごく立派な商店の玄関をくぐると、すぐさま、いかにもやり手という感じの商人が出てきた。
商売人特有の、ちょっとうさんくさい笑みを浮かべている。
「これでいくらになる?」
背負っている荷物を広げて、黒曜石や貝殻のアクセサリー、麻布や蜂蜜が並べられた。
「いつもありがとうございます」
商人はしばらく計算して、塩の壷を10個と貝のお金を持ってきた。
「いいだろう。塩は明日取りに来るから置いておいてくれ」
貝のお金はこの広場でのみ使える通貨で、現代の通貨に換算すると20万円ほどの価値になるようだ。
翻訳機能で円に変換されているが、理解しやすいしまあとくに不都合はないだろう。
このお金を使って、村に必要なものをいろいろと買い揃えるのだ。
「あ、ちょっと待ってください」
俺は一旦、店の外に出て、誰にも見られないように万宝袋から巨大カニの甲殻を出した。
村はずれに置いてあったので、万宝袋の収納力を試すために入れてみたままだったのだ。
「これは買い取りできないですか?」
「これは?」
「巨大カニの甲殻です」
商人はさわったり叩いたり、注意深く調べていた。
ものすごく真剣な表情で、ぶつぶつとつぶやいている。
計算しているのだろうか。
「300万円でどうでしょうか?」
「ええっ!?」
思っていたよりずっと高い買取価格にびっくりして、まぬけな声を出してしまった。
「これは上位の魔物の甲殻です。よい魔道具の材料になりますし、盾や鎧などにもできるでしょう。ご不満なら400万円でどうですか?」
「キクムさんどうしよう?」
ちょっと予想外の高値に動揺が隠せない。
だって俺は中二だし、月の小遣いは3000円だったのだ。
400万円とか意味わからない。
「いや、オオナムチが仕留めたモノだし、おまえが売っても問題はない」
ジレもびっくりしている。
「あの、鉄ってありますか?」
「ございます。1キログラムの延べ棒が20万円になります」
1キロが20万円って高いな・・・。
まあ、この時代の鉄は、かなり貴重っぽいからしかたないか。
「10キログラムぶんは鉄で、残り200万円はお金でください」
「毎度ありがとうございます」
俺は店を出ると、あわてて鉄とお金を万宝袋に収納した。
「すごく儲かったような気がします」
俺は宝くじに当たったような気持ちになっていた。
「しかしマレビトは規格外だなあ」
キクムさんもあきれて笑っていた。
俺は行き道で見た串焼きを三本買って、カイムさんとジレにおごった。
焼き鳥みたいな味がしたから、きっと鳥の肉だと思う。
「うまいなこれ」
一泊して明日帰るということで、まずは宿屋に向かった。
広場から10分ほど歩いたところにキクムさんのなじみの宿屋があって、無事に部屋も取ることができた。
二人は買出しに行くというので、俺は二階の部屋で休憩がてらお茶を飲んでいた。
俺もあとで買い物に行ってみようかな。
ふぅー、まったりだ。
何茶かわからないが香りもいいしうまいな。
すると、不意に通りのほうが騒がしくなった。
どたどたと走る音がして、窓からのぞいてみると、女の子が集団に追いかけられていた。
「せいやっ」
俺は人並みには正義感があるので、助けなければいけないと思い窓から勢いよく飛び出した。
そして、ここが二階だったことに気づいた。
「やばっwww」
後悔ってやつは、いつも後から来るから不思議だ。
しかし、俺も大波流免許皆伝だ(ジジイに最後は勝ったから)。
「ほいっと!」
回転して受身を取りながら着地すると、すぐに集団を追いかけたのだった。
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