荒神からの任務
「あいかわらずでけえ・・・」
天宮山の山頂に浮かぶ空中要塞、スサノオ大王の居城である天鳥船の威容には、何度来ても圧倒されてしまう。
600メートルもの巨大な船が空に浮かんでいるのだから、理解できない凄みがある。
まあ、ここに来るのはまだ三度目なんだけど、とにかくスサノオ大王が怖いから来たくないんだよね。
矢を撃たれて空中に放り出されたり、砲撃されて森や町を燃やしながら追いかけられたりしたのは、軽くトラウマになってるくらいだし。
しかし、呼び出しをスルーするほどの剛毅な心は持ち合わせていないので、スセリを伴って渋々(しぶしぶ)やってきたわけだ。
隣を歩くスセリはなんだか機嫌がいい。
結婚式の日取りが決まって、そのことについての話なんじゃないかって言って浮かれている。
俺は嫌な予感がしている。
むしろ、スセリとの婚姻の取り消しとか、次期大王を取り消すとか、そういうことではないかと恐れている。
だって、今までがうまくいきすぎだし、人生そんなにうまい話ばかりじゃないはずだ。
まあ、厨二だし知らんけど、アニメやゲーム知識で考えると、そろそろ波乱があるはずじゃないか?
とにかく、なにが起きても大丈夫なように心構えはしておこう。
王の間に入ると、武官と文官が列を作っている。
あいかわらず俺を見る目が鋭くて痛い。
もはやこれは敵意としか思えないくらいだ。
それだけスサノオ大王に対する忠誠や信頼の念が篤いのだろう。
一代で帝國を成し、さらに版図を拡げ続ける覇王の能力とカリスマは圧倒的であり、崇拝は信仰に近いものになっている。
スサノオ大王はもはや現人神なのだ。
まあ、実際のところ、その能力は人の域をはみ出しまくっている。
どんな戦でも、万の軍勢相手でも、スサノオ大王だけで勝利できるだろう。
武官や文官などは制圧した国を統治するために必要なだけにすぎない。
スサノオ大王個人が、ワ国最強の軍なのだ。
このスサノオ大王の後継として、俺が厳しい目で値踏みされるのは当然のことだと言える。
頭では理解しているが、この厳しい視線は実際のところ勘弁してほしい。
スサノオ大王は玉座に座っている。
座っていながらにして威圧が高い。
玉座の前に着いて、臣下の礼をする。
片膝をついて頭を垂れた。
さて、何を言われるのだろうか?
「オオナムチよ!」
雷が大木に落ちたかのような怒声が響く。
場の空気が変わり、緊張感が高まる。
覇気があるなんてもんじゃない。
マジでこの人おかしいと思う。
頭を下げているから見えないが、スサノオ大王が立ち上がるのがわかった。
「頭を上げよ」
「ハッ」
片膝をついたまま、頭だけを上げる。
黒い鎧で全身を包んだ巨人。
黒いマントが立ち昇る覇気に煽られて、ゆらゆらと空中に舞い上がる。
兜には牛のような角が天を突き、目は赤く輝いている。
なにこれホント、ラスボス感パネェっす。
「兵2000を与える。イビシにて挙兵する蛮族を討てい」
「御意」
返答は承諾一択です。
どんな無理難題を言われようとも、スサノオ大王に対して否と言えるわけがないのだ。
ホント、命令って感じです。
命懸かりまくってます。
「蛮族の屍を積み上げい! そして首魁を引き立てい!」
「御意」
スサノオ大王は右手を上げて叫び、俺は立ち上がり玉座の間を後にした。
部屋の外には、ムル教官が待っていた。
「ムル教官!?」
「ああ、俺が先導することになった」
「またですか!?」
「なんだ? 不満なのか?」
「いや、そんなことないけど」
ふと、隣を見ると、スセリがむずかしい顔をして考え込んでいた。
「どうした?」
「いえ、なぜ蛮族を鎮めるような任を賜ったのでしょうか。そもそもイズモでの挙兵など、ここ数十年無いことだと聞いています」
イズモ国はワ国連合の中枢だ。
イビシは山奥の辺境らしいが、イズモ国で蛮族が挙兵するなどありえないことなのだ。
「これは不確定な情報だが、イビシで挙兵したのは黄泉の軍勢らしい」
「黄泉の軍勢?」
「ああ、この現世ならぬ幽界の兵だ。実体はあるが人としての魂は持たない」
「なんですと!?」
いきなりホラー的な展開か?
ゾンビ的ななにかなのだろうか?
いや、そういえば月山の砦で、死魔のムカデ兵を散々倒したな。
黄泉の国というと、神話ではイザナミノミコトが治める死者の国だよな。
「唯一帰ってきた斥侯が残した情報だ。もっとも、瀕死だったから、これだけ言った後に事切れちまったけどな」
「なるほど」
「もうひとつ気になることがあるのです」
スセリは首をかしげている。
「なぜ、父が行かないのでしょう? 蛮族を鎮めるなど、いつもは父が容易く成し遂げることです」
「ムイチへの試練だろうな。それと、配下にムイチを認めさせるためだろう」
「そうなのですか?」
「ホヒの軍勢を配下に加えたこと、そして、ノキの町作りで、ムイチへの評価は上がっている。しかし、ムイチはまだ武威を示せていない。大王は、娘婿であるムイチに武功を積ませようと考えたんじゃないか?」
「なるほど、筋道は通りますね」
スセリも一応は納得したようだ。
「しかし、もうひとつ」
「ん?」
「父が父じゃなかった気がするのです」
「え?」
「父の覇気が弱いというか、存在が薄いというか、とにかくいつもの威圧が感じられなかったのです」
「そうかな? あいかわらず怖すぎだったけど」
うーん、どうだろう?
そう言われるとそんな気もするけど、そもそも俺には、スサノオ大王の底も天井も見えていないので判断ができない。
「まあ、これは気のせいかもしれません。イビシへの出兵の準備をしましょう」
スセリは腑に落ちない感じだったが、それ以上考え込む材料もないようで、なんとか納得したようだ。
「ムイチ、イビシへは徒歩の行軍で半日程度、今夜は同行する軍団長らと軍議をして、明日の早朝に出発しよう」
俺はミナを呼び寄せるよう使者に頼み、スセリとムル教官とともに軍議の間に向かった。
いつも読んでいただいてありがとうございます!




