ムル教官の能力
現場監督たちはとても喜んでいた。
まあ、山頂にこの巨大な柱を立てるなんて、何百人いたってむずかしかっただろう。
ミナも誇らしげだ。
「お礼とかいらないです」
貝で作った腕輪なんかをお礼にと言われたが、丁重にお断りさせてもらった。
「これからどちらに行かれるんですか?」
「西王家に向かっている途中です」
「それはまた遠いですね。今からだと夜になるんじゃないですか?」
現場監督は西王家への土地勘があるようだ。
「心配には及びません。夕方までには西王家に辿り着けると思います」
俺が答えあぐんでいると、スセリが代わりに答えてくれた。
どうやらスセリも西王家に行ったことがあるようだ。
「西王家にはどのような用向きで?」
現場監督が聞いてきた。
その目が好奇心に満ちている。
興味本位の質問だろう。
「次期大王であるオオナムチ様の顔見せにいくのです」
スセリが俺を見ながら答えた。
「次期大王様!?」
現場監督もまわりの作業人も驚いた声をあげた。
「はい。我が名は国輝神武速須佐之男大王が息女、和加須世理姫命。並び立つは我を娶り大王となられるオオナムチ様なのです」
スセリが仰々(ぎょうぎょう)しい言葉使いで俺を紹介してくれた。
意思の強い凛とした瞳は、さすがスサノオ大王の娘ってとこか。
そういえばムル教官が知り合いってことで普通に溶け込んでたから、自己紹介とかしてなかったな。
「な、なんと・・・大王様!?」
現場監督が絶句している。
「いやいや、まだ大王とかじゃないんで」
まいったな。
現場監督を驚かせっぱなしだ。
「それで建御名方を家臣として連れておられるのか」
なんだかミナのことも勝手に納得している。
まわりの作業人たちもざわついている。
てか、ミナっていったい何をしてたんだ?
「まあ、そういうことだからな。よろしく頼むぜ!」
ムル教官が現場監督の肩を叩いた。
「それでは行かせていただきますね」
スセリが告げて、俺たちは山を降りた。
てか、俺ってまわりに仕切られてばかりじゃないか?
少なくともスセリには仕切られている。
男としては情けない気もするが、でもまあ不都合はないしむしろ楽だ。
だって、俺ってコミュ障だしな。
普通の中学生だし、こういう経験ないし、大王になるなんて夢にも思ってなかったんだし。
まあ、叡智の祝福の効果で知力が上がってるし、精神の祝福で胆力や気力も強化されている。
そのせいか、一瞬で大勢の人数を正確に把握できるし、計算速度も上がっている。
時折、自分でもびっくりするようなアイデアが湧いたり勇気が出たりするのも、これらの祝福のせいなのだろう。
そして、それだけではない。
叡智の祝福の効果で、成長力が上がっている。
ひとつの経験から、派生する多くの経験を導き出して、それを自分の経験にできるのだ。
一を聞いて十を知るってやつだ。
自分がものすごいいきおいで成長しているのを感じている。
そんなことを考えていると、いつの間にか平地に下りていた。
振り返って山頂を見上げる。
「神殿ができたらまた来よう」
「そうですね」
「あい」
ミナが突き立てた心の御柱が、山頂にそびえ立っている。
あの柱を中心に、どんな神殿が建つんだろうな。
俺たちは何度か振り返りながら、西へ向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇
俺たちは森の中を歩いている。
まあ、歩いているといっても、普通の人が全速力で走るくらいの速度だ。
夕方に西王家に着くくらいの速度で、ムル教官に先導してもらっている。
不意にムル教官が立ち止まった。
慌てて俺たちも止まる。
「気のせいか?」
ムル教官が森の中を見回している。
「どうしたんですか?」
俺は小声で聞いた。
ミナを見るが、とくに警戒などもしていない。
俺も危険を察知できない。
「いや、殺気を感じた。かなり遠いみたいだが刺客だと思うぞ」
ムル教官は鋭い目であたりを見回している。
「俺は感じません」
俺にはまったくわからない。
まあ、英雄イタケルに森で襲われたときもわからなかったから、刺客がいる可能性は排除できない。
「俺は先導と斥侯が専門だからな。戦闘じゃおまえらにかなわないかもしれないが、こういうことには鼻が効くんだ」
たしかにムル教官の戦闘力は、上の下ってところだろう。
けして秀でたものではない。
しかし、訓練所の教官だし、サルダヒコ元帥やスサノオ大王にも重用されているという事実がある。
つまり、重用されるに足るだけの能力、優秀ななにかがあるわけだ。
それが危険察知の能力なのかもしれない。
ムル教官が並外れた危険察知の能力を持っているとすれば、重要な先導役に何度も抜擢されることにも納得がいく。
ムル教官が目を細めて、小さく舌打ちをした。
「遠いが・・・囲まれてるな」
俺やミナにも察知できない距離で囲まれているらしい。
「囲む? だれが?」
「わからねえ。この距離だと人数もわからないが、10人やそこらじゃねえな」
「どうします?」
「このままじゃいけねえ。走るぞ!」
「わかりました」
それは唐突だった。
耳をつんざく轟音とともに、すぐ横にあった大木が爆ぜたのだ。
燃え盛る森の中を俺たちは走り出した。




