そんなハッチの事情
「ここで待てい」
サルダヒコ元帥は俺たちを部屋に案内すると、どこかへ去っていった。
聞きたいことはあったが、ハッチの治療もあるしやめておいた。
「わたしはお店に戻るわね。また連絡をちょうだい」
カワイキュンはそう言って帰っていった。
空中要塞からどうやって地上に帰るんだろうと思ったが、この天鳥船を造ったということだし、そのあたりは大丈夫なんだろう。
「スセリ、ハッチを治療してくれ」
「はい。おまかせください」
俺は柱からハッチを縛りつけている鎖を外し、椅子に座らせた。
「外傷回復」
スセリの身体がやわらかい光に包まれ、その手が明るく光った。
ハッチの怪我がみるみる回復する。
「ガアッ!」
気がついたハッチがいきなり暴れようとしたので、羽交い絞めにした。
暴れるかもと身構えていたので、なんとか対処できた。
「落ち着けハッチ!」
しばらくフゥフゥと呼気を荒げていたが、そのうち興奮も治まったようだ。
沈黙、重苦しい時間が流れる。
ミナがお茶を飲みたいというので、万宝袋から全員ぶんを出してやった。
俺も口の中が乾いていたのでお茶を飲んだ。
どれくらいたったのだろう?
ハッチが意を決したように話しはじめた。
「俺はオロチ族の生き残りだ」
「オロチ族?」
「鳥髪岳を本拠地とする山の一族だ。山の神としてヒノの地を治めていたんだ」
ハッチの話によると、オロチ族とは古代製鉄の一族のようだ。
製鉄の部族で山を支配し、里の民と鉄の交易をしていたようだ。
神話でいうところの八岐大蛇にあたるのだろう。
たしか、八岐大蛇は製鉄部族を指すという説もあったはずだ。
ハッチの振るう神剣アメノムラクモノツルギは、オロチ族の宝なんだな。
そう考えると、いろいろと辻褄が合う。
「あいつは突然にやってきた」
「あいつ?」
「スサノオのクソ野郎だ。あいつが一族の宴に献上するといって持ってきたのは毒酒だった。毒で身動きのできない首領たちは、あっさりと首を刎ねられて殺された。あんなに強かった首領たちがあっさりとだ。あとは簡単にゲームオーバーさ。オロチ族で生き残ったのは俺だけだろうな」
ハッチは怒りに震えていた。
「どうやって助かったんだ?」
「7人の首領たちが、命がけで俺を逃がしたのさ。俺を石に封じたんだな。目覚めたのはこの前だ。気がついたら山の中にいてファッキンだ!」
ハッチは苛立ちを抑えるように、目の前のお茶を飲んだ。
首領たちってところが気になっていたが、7人もいたんだな。
ひょっとして合議制だったのかもしれないな。
「カワイキュンに聞いて知ったんだが、俺は石の中に百年以上封じられていたらしい。里がもう残ってないことも、オロチ族が根絶やしにされたことも聞いた。まあ、戦はしょうがねえ。負けた俺たちが悪い。わかってる。わかってるんだが、あいつの、あのファッキン野朗の顔を見たら斬りかかってた」
ハッチはなんともいえない表情で口もとを歪めた。
自分を嘲るかのような笑いだ。
「わたしはスサノオ大王の娘です」
スセリが意を決したように声をあげた。
「ああ、そうらしいな」
ハッチが興味なさげに答える。
「わたしが憎くはないのですか?」
凛とした表情で、まっすぐにハッチを見つめている。
スセリは強いな。
父親が根絶やしにした一族の生き残り、そういうやつと出会ってしまったとき、自分を憎くないかなんてことを、まっすぐに聞くことができるだろうか?
俺にはできそうもない。
一瞬で事情をのみこみ、そしてそれに対する答えを出したスセリ、よく泣くから気が弱いのかと思ったりもしたが、実際はすごく芯が強い。
ハッチが少し考え込むような仕草をみせた。
「オメーがやったわけじゃないんだろ?」
「はい。それはそうなのですが、父に家族も殺されたのでしょう?」
「やられたらやり返すじゃ、俺もファッキン野朗になっちまうだろ? それに、オメーにはこうして助けられたりもしてるしな」
「やさしいのですね」
スセリが小さくつぶやいた。
「ところで、なんでハッチが逃がされたんだ?」
俺は気になっていたことを聞いてみた。
7人の首領が命がけでハッチを逃がした理由が気になったからだ。
「俺様が天才だからだ!」
「は?」
「7人の首領は8番目の俺様に賭けたのさ」
「8番目?」
「そうだ。8番目の首領である俺様ハッチ様だからな」
「なにぃ!?」
驚いた。
首領は7人ではなかった。
ハッチはオロチ族の8人の首領の一人だったらしい。
しかも、最年少の首領だ。
だからハッチを逃がすために7人の首領が命を張ったのか。
8番目の首領であるハッチにすべてを託したのだ。
そこで俺は気づいた。
神話の八岐大蛇の『八』は、8人の首領のことを表しているのかもしれない。
八つの山河にまたがる大蛇というのは、八つのエリアを8人の首領で管轄していたとも考えられるな。
「悔しいが、今の俺ではあいつにはかなわねえ」
負けず嫌いの戦闘狂であるハッチすら、そこは認識できているようだ。
スサノオ大王はたしかに破格だからな。
「どうするんだ?」
「しばらくこの国を見て回る。里を、オロチ族を滅ぼしてまで造ったあのファッキン野朗の国がどんなものか、俺のいなかった100年をたしかめて、それからだな」
ハッチは遠い目になった。
「まあ、オメーらもいろいろあるだろうし、また会うこともあるだろう。ここにいるとまたあのファッキン野朗を殺したくなっちまうからな。俺はここらで退場するわ!」
「ああ、またな」
ハッチはヒラヒラと手を振って部屋を出ていった。
俺はあっさりと見送った。
にぎやかなやつだったし、さみしくないと言えば嘘になるが、引き止める理由もない。
一族を根絶やしにされたなんて重い過去、平和ぼけした現代日本からきた厨二の俺には理解することはできない。
「大丈夫だ」
俺はスセリにそう言った。
スセリは小さくうなずいていた。




