第四話 ツクヨミ様って誰ですか?おっと魚うめぇ!
俺は、自分の汗が口に入って、そのしょっぱさで目を覚ました。
「暑う・・・」
全身に、玉のような汗が噴いている。
仰向けに寝転がる地面には、草の感触がした。
波の音と潮の香り。これは海辺か?
身体を起こすと、いつの間にか見知らぬ海岸にいた。
100メートルほど先に砂浜が見えている。
ギラギラと日差しが強い。太陽の高さから見ると、まだ午前中だと思うが、それにしても暑い。
気温もかなり上がっているようだ。
「どこだここは・・」
立ち上がろうとした俺は、手の中にあるものに気づいた。
勾玉だ。
昨夜からの出来事は、どうやら夢じゃなかったようだ。
しばらく見つめてから、ポケットにしまった。
とりあえず海に向かって歩くと、潮の香りが濃くなっていった。
砂浜に着くと、ところどころ大きな岩もある。
波が打ち寄せて、飛沫が跳ねた。
海面は波の揺れに合わせて、キラキラと光っている。
海っていいよな。一瞬、飛びこもうかと思ったが、水着が無いのでやめた。
鳥の声はカモメかな?
空高く、円を描いて飛んでいる。
あたりを見回すが、道路どころか人工物が見えない。
どんなど田舎なんだよ?
とりあえず、海沿いに歩いてみることにした。
歩きながら考える。ジジイと闘って勾玉を見つけて、白い光できれいなおねえさんで・・・やめよう。
これは考えても無駄だ。
とりあえず目の前のこと、これからのことに集中しよう。
切り替えの早さと、ポジティブな思考には自信がある。
10分ほど歩いただろうか。
しかし、誰にも会わないし、自然しかない。
ここはどこなんだ? まさか無人島か?
「あれ?」
岩のところに、なにかあるのが見えた。
近くまで行くと、木の杭で固定された袋に、たくさんの魚が入っていた。
これはどう見ても人の手によるものだ。
よかった。人がいるようだ。
釣り人だろうか。
無人島だったらどうしようと、心配になってきたところだったが、少し安心することができた。
誰かいないかと見回したら、岩の後ろにいた男と目が合った。
「誰だ?」
「うお!」
いきなりすぎてびびった。
岩の裏から出てきたのは、よく日に焼けた裸の男だ。
腰にはふんどしのような布を巻いていて、手には銛を持っている。
おいおい、ワイルドだなおじさん。
「あ、すいません。大波武一です。道に迷ったみたいで」
「オオナムチ? どこから来た? ワの民か?」
「大波武一です。鳥取県からですけど。ここはどこですか?」
「トットリケン? 知らんな」
男も困惑しているようだが、俺もおもいっきり困惑している。
たしかに鳥取県は日本一人口が少ないが、日本人なら名前くらいは知っているはず。
ひょっとして、ここは外国なのか?
でも、日本語が通じてるな。
そうこうしてるうちに、岩の裏からさらに三人の男が現れた。
三人とも、最初の男と同じような服装だ。
すると、その中で一番背が低い男が、最初からいる男に問いかけた。
「キクムよ。この男は誰だ?」
「オオナムチという者だ。ワの民では無いようだが、不審者ではあるな」
最初からいる男は、キクムと言う名前らしい。
雰囲気からすると、どうもリーダーのようだ。
身体もがっちりしているし、顔つきや立ち振る舞いに威厳がある。
「大波武一です。不審者じゃないです。日本人です。」
「ニホンジン?」
四人とも顔を見合わせている。
まさか日本がわからないのか?
ありえん。
あ、ひょっとして・・・。
「ニッポン! いや、ジャパン! ジャパニーズ、オーケー?」
どや顔で言ってやったぜ。
言葉はおかしいけど、どれか通じるだろう。
「・・・・」
「なんですと!?」
四人とも、さらに困惑した顔になった。
何か小声で相談している。
どれもわからないのか?
なんぞこれ未開人? なんなの?
でも、それなのに日本語が通じるって、ちょっと意味不明なんだけど。
その時、俺の腹が大きく鳴った。
「腹が減っているのか?」
「あ、はい」
うぅ・・・恥ずかしい。
そういえば、昨夜は晩飯を食ってない。
つまり20時間以上も食べてない感じで、育ち盛りの俺にはきつい。
だからしかたない。
しかたないんだちくしょう!
「村に帰る。着いてこい」
「はい」
男たちの後について川沿いの道を歩く。
海から山に向かって歩いているんだが、道路も建物も何も無い。
まわりは草原と丘の起伏。
見えるのは、ただそれだけ。
少しずつ高地に向かっていて、徐々に草木の背も高くなってきた。
いろんな鳥の声がする。
男たちに聞きたいことはたくさんあるが、質問しにくい雰囲気だ。
仕方ないので、ただ黙々と歩いた。
森が深くなってきて、道も険しくなっていく。
30分ほど歩いただろうか。
いきなり森が開けて村に着いた。
木の橋が架かっていて、その先に小屋らしきものが見える。
「村に着いた。婆様のところへ行く」
キクムさんが、振り返って言った。
木の橋を渡る。
下を見ると川ではなくて、地面を掘り下げたものだ。
水は流れていない。
これは環壕ってやつかな。
ここは日本では無いと思う。
ドッキリかとも思ったが、さすがに仕掛けが大きすぎる。
とにかく目の前の事実を、しっかりと見つめよう。
三人の男たちは、それぞれ別方向に歩いていった。
家に帰るのかもしれない。
木を組んだ大きな建物があって、その横を通ってさらに奥へ進む。
藁葺き? 茅葺?
平屋っぽいけど100人くらいは入れそうな感じ。
建物の影に、藍色の袖なしの着物の子供たちが座っている。
俺のことを不思議そうに見ているが、どの子も楽しそうに笑っている。
石臼で、木の実かなにかをすり潰しているようだ。
小さく手を振ると、にこやかに振り返してくれた。
かわいいな、なごむ。
それからさらに歩いて、どこまで行くんだろうと不安になった頃、崖にぽっかりと口を開けた洞窟の前に着いた。
「少し待っていろ」
キクムさんは、洞窟の中に入っていった。
洞窟の入り口には、左右に木の柱が立っていた。
大人が二人並んで入れるくらいの、かなり大きな穴だ。
自然のものか人口のものかは、俺にはちょっと判断できない。
しばらくしてキクムさんが出てきた。
「婆様が会う。着いてこい」
「はい」
洞窟に住んでいる婆さん?
今までに無いシチュエーションだが、質問するのはやめた。
ここまで異様だと、たとえ聞いても無駄だと思う。
ただ、状況をしっかりと見つめよう。
そして、先入観無く判断するのだ。
洞窟の中はひんやりとしていた。
天井の穴から光が差し込んでいて、明るいとまでは言えないが、歩くぶんには問題無い。
目が慣れてきた頃、大きな広間に着いた。
「婆様に名乗れ」
部屋に入ると、奥に婆さんが座っていた。
ローブのようなものをまとっていて、首飾りを何本も巻いている。
フードからのぞく顔には深い皺が何本も刻まれていて、100歳以上って言われても納得できる感じ。
婆さんの前の床には、水晶のような石が置いてあって、その上に手を置いている。
ローブのような服の袖から覗いている手首には、赤や緑の石で作った飾りが見える。
待遇といい身なりといい、身分の高い人なのだろう。
「大波武一です」
「オオナムチか。よい名じゃ」
大波武一なんだが・・・
この人達にはそう聞こえるのか、あきらめて言い直すのをやめた。
「どこから来た?」
「鳥取県です。あ、日本の」
「海にいたのはなぜじゃ?」
「目が覚めたら海にいました」
「船で来たのか?」
「よくわかりません。勾玉が光って、そしたらおねえさんがいて、また勾玉が光って・・・。気がついたら海でした」
俺はそう言って、ポケットの中から勾玉を出して見せた。
キクムさんが受け取って、婆さんに渡した。
「おぉ」
婆さんの目が大きく見開かれ、あからさまに驚いている。
「ツクヨミ様に会うたのか?」
「ツクヨミ様?」
あのきれいなおねえさんのことだろうか。
「大きな木の下で、真っ白でものすごくきれいな人でしたが?」
「おぉ、なんとおっしゃられておった?」
「あまりよく覚えてないんですけど、女神、えーと、時間の秤? それと・・・、28の獣だと言ってました」
「むむぅ」
婆さんは、神妙な顔で考え込んだ。
キクムさんはよくわかっていないようだが、空気を読んで真剣な顔をしている。
松明の炎で、婆さんの顔の陰影が揺れていて、なんだかちょっと怖くなってきた。
「それはツクヨミ様じゃ。四つの時を司る月の女神じゃ。おぬし、何をされた?」
何かされたっけ?
あ、そうか。
「月に打たれた者よ祝福をって、右手をかざされました。それで意識が無くなって、気づいたら海にいました」
「なんと・・・」
婆さんが絶句した。
さっきより真剣に考え込んでいる。
沈黙。
っく、なんとか言ってくれ。
コミュ障の俺は、この間に耐えられない。
しばらくして、やっと婆さんが顔を上げた。
「おぬしのような者をマレビトと言う」
「マレビト?」
「海から来て、異界の技術や文化を伝える者じゃ。新しい道具をもたらしたり、人々の暮らしを豊かにする神の使いとされる。むしろ、神として祀られている者もおる」
「神の使い?」
「しかもツクヨミ様の祝福を受け、送られてきたという。わしはツクヨミ様の巫女。ここはツクヨミ様の神殿じゃ。おぬしがここにおるのも神の御業ぞ」
俺の厨二知識をフル稼働で検索する。
ツクヨミっていうと、日本の神話に出てくる月の神様か。
太陽神アマテラス、月神ツクヨミ、あとなんの神だかわからないけどスサノオで三貴子だよな。
ってことは、ここは日本の神を信仰する人達の村なのか?
離れ島みたいなところ?
よくわからんがシリアスな空気。
次の言葉を選んでいると、なんと、腹の虫が鳴いた。
「す、すいません」
恥ずかしい。
キクムさんが顔を隠して笑っている。
くそう、生理現象はしかたないんだ。
わざとじゃねぇし。
「マレビトよ。食事をして今夜は泊まれ。明日の朝もう一度来ておくれ。おっと、これは返しておくよ」
婆さんは勾玉に皮ひもを通して、首飾りにしてくれた。
キクムさんに渡されて、受け取った俺はそれを首にかけて洞窟を出た。
◇◇◇◇◇
洞窟を出て村に戻ると、キクムさんの家で、焼き魚とせんべいみたいなものを食べさせてもらった。
腹が減ってたし、やたらうまい。
「この魚うめぇ!」
食事の後は、キクムさんの案内で村の中をひとまわりした。
村人は100人くらいのようだ。
みんな興味深そうに俺を見ていたが、とくに敵意のようなものは感じなかった。
よそ者にやさしい土地柄なのだろうか?
驚いたことに、テレビも無いし電気も無い。
土器や石や、木の道具を使っている。
女性と子供が多いが、男は仕事に行っているようだ。
ぼんやりとしていたら夜になった。
晩飯は魚と山菜のスープで、これもまた、とてもおいしかった。
キクムさんの家でご馳走になったのだが、奥さんも子供たちもにこにことしていた。
そして、村はずれの小屋に、泊まらせてもらうことになった。
時々やってくる行商の人達が、泊まるための小屋らしい。
時計が無くて時間がわからないが、たぶん就寝は21時にもなっていないと思う。
なんだかいろんなことがあったが、あまり深く考えないで眠ることにした。
いきおいで書いてますが、アクセス解析を見たら読んでくれている方がおられるようでとてもうれしいです。