うれしいことかなしいこと
「だからオオナムチくん、死んでくれないか?」
夜分遅く訪ねてきた男は、唐突にそう言った。
理由は妹がキミに興味を持ったから・・・だそうだ。
シスコンか? シスコンなのかこの男。
「おにいちゃん、ちょっとこっちに来てください」
話のなりゆき的に妹であろう少女は、男の耳を引っ張って部屋を出て行った。
「ぅあう!」
すごい悲鳴がした。
妹に連れられて戻ってきた男は、片方の目の上を腫らしていた。
「失礼した。オオナムチくん。妹がキミと話をしたいと言っている」
「はい?まあ、話くらいならいいですけど」
「オオナムチくん。やはり死んでくれないか?」
そう言って剣を抜こうとした男は、再び妹に耳を引っ張られて部屋の外へ連れて行かれた。
「ぅあうご!」
さっきよりすごい悲鳴がした。
妹に引き摺られて戻ってきた男は、もう自力では立てないようで、人形のように椅子に置かれた。
両目が腫れてふさがり、鼻血を流している。
さわやかなイケメンだった面影はすでにもうない。
むしろこれって、意識はあるのだろうか?
妹は伏し目がちにはにかんで、時折こちらをチラチラと見ている。
ツヤツヤの銀髪は肩の上で外側にハネていて、すごくかわいらしい。
芯の強そうな目と眉、瞳は青いのかな。
ゆったりした白い服を着てるけど、かなりスタイルがいい。
すごい美少女なんだけど・・・
こんな美少女が、恥ずかしそうに頬を染めてこっちをチラ見とか・・・
すげえこわいんですけど・・・
いや、普通は超かわいい仕草なんだと思う。
しかし、さっきの悲鳴と目の前の男の惨状が、それをすべて吹っ飛ばしてしまっている。
沈黙・・・どうしよう?
兄貴も沈黙しているというか、させられたというか、とにかく微動だにしない。
とにかく、なにか進展させなければ、まずは話しかけよう。
「あの、お兄さん大丈夫かな?」
「はい」
にっこり微笑む妹さん、すごくかわいい。
でも、お兄さんはきっと瀕死だと思うんですけど。
「名前を聞いてもいいですか?」
「スセリです」
「ええーーーーっ!?」
俺があまりに驚いたので、スセリと名乗った少女はびっくりしている。
というか、びっくりしたのは俺だ。
スセリってスセリ姫でしょ。
日本神話でいうところの、スサノオの娘、そして大国主命の正妻になる相手なのだ。
「あの・・お父上ってひょっとして大王的な方だったりします?」
「ええ。国輝神武速須佐之男大王です。父をご存知でしょうか?」
「あ、名前だけは・・。ちなみにお兄様のお名前は?」
「おにいちゃん、オオナムチさんに挨拶して!」
「・・・・」
「おにいちゃん?」
「いや、大丈夫です!大丈夫ですから!やめてあげてください」
スセリが返事の無い兄を引き摺って、部屋を出て行こうとしたのであわてて止めた。
次は確実に死ぬってば。
「すいません。兄が礼儀知らずで><」
いや、兄を沈黙させたのはあなたですから・・・
でも、もちろんこわくて言えない。
「あの、それで今日はその、どういったご用件で?」
おそるおそるたずねると、スセリは答えた。
「父に会ってください」
「え?」
「わたしたちの結婚を認めてもらうのです」
「え?」
「あなたが助かるにはそれしかありません」
「あの、どういうことでしょう?」
「あなたを愛しています。兄も八十神たちもそれを許さず、あなたを殺そうとしています。助かるには父の助けが必要なのです」
いきなりなんだ!?
なにが起こった?
愛していますって日本語でどういう意味だっけ?
使ったことも使われたこともない単語なわけですが・・・
で、あなたって誰?
あわてて部屋を見回したが、俺しかいない。
というか、なんかむちゃくちゃな理論じゃないのこれって?
「今日の凱旋パレードで姿をお見かけして、すぐにわかったのです。オオナムチさんがわたしの運命の人なのです。わたしがいやですか?」
「い、いやじゃないです」
こんな美少女が目をうるませて、わたしがいやですかなんて聞いてきて、いやって言えるやつなんていない。
というか、正妻になる運命だからか、たしかにスセリにすごく惹かれている俺がいる。
「では、行きましょう」
「え?今からですか?」
「はい」
「夜ですよ?」
「急がないとダメなのです」
「あの、弟子が風呂に入っているのですが」
「父に会うのはオオナムチさんだけです」
ミナは連れて行けないのか。
神話ではこの先、スサノオに会うことになっているし、ここは行くしかないと思う。
すると、ミナがお風呂から出てきた。
「ミナ、俺はスサノオ大王に会ってくる。その間は一人で修行しておいてくれるか?」
「一緒に行く」
「ミナは連れて行けない。一人で修行するのが強くなるために必要なんだ。すぐに戻ってくる」
ミナはちょっと困った顔をして、俺のシャツの裾をつかんだ。
「ミナは俺の弟子だ。期待している」
「師匠」
ミナは手を離して、一歩うしろに下がった。
「次に会うときを楽しみにしてるぞ」
ミナは黙って小さくうなずいた。
なんか俺のほうが泣きそうになった。
俺は、今回の任務の報奨金の半分である4100万円をミナに渡した。
ミホさんへの宿泊費などは俺が多めに払っておいた。
「行きましょう」
こうして、俺とスセリは出発した。
そういえばスセリの兄はイタケルという名前だそうだ。
スセリに外に引き摺られていって、山に捨てられていた。
スセリは兄は頑丈だから大丈夫だと言っていたが・・・
そんなこんなで、俺とスセリは歩き出した。
四章が終わりました。
登場人物紹介をはさんで五章に続きます。




