自重しないで暴れました
火魔法が空で炸裂した。
任務開始の合図だ。
俺は巨大な鋼鉄の盾、タワーシールドを構えてテマ山に踏み込んだ。
足元に石が多いが、岩山なのだろうか?
俺のすぐ後ろにミナ、その後ろにムル教官とミチオさんだ。
ミチオさんの指示で、山頂を目指す。
見上げるが、森に阻まれて山頂は見えない。
とくに魔物がいる気配や形跡はない。
さて、どのチームがハードラックだ?
黄色や赤の合図魔法が打ち上げられたら、距離を考えて救援に行かねばならない。
俺たちはS級チームとして、この一角の最高戦力だ。
行動における判断は難しく責任は重い。
つまり、チームリーダーであるムル教官の責任は重大なのだ。
「って、おっさんなにしてんだよ!」
振り向いたらムル教官は、おにぎりを食べながら歩いていた。
「ほしいのか?ムイチ」
キリっとした顔で言ってるけど、問題はそこじゃねーよ!
でも、一個もらった。
だって、あまりにおいしそうに食べてるんだもんよ。
おにぎりをおいしそうに食べる選手権があったら、ムル教官は確実にチャンプになれる器だ。
「おにぎりうま」
天気のいい森の中、これってハイキングじゃね?
ミナもおにぎりを食べている。
ミチオさん、酒はまだダメだ!
おい、ムル教官!呑んでんじゃねーよ!
俺も油断しやすいタイプだが、それ以上に油断しやすいやつらに囲まれて、油断している隙がねえ!
こいつら・・・できる。
いや、違う!できてないのか。
俺は知っている。
こういうときにこそ、最悪の事態ってやつが起きるんだ。
大惨事ってやつは、油断や隙から生まれてくるのだ。
俺が予感に駆られて空を見上げると、やはりというか救援の魔道具が打ち上げられるのが見えた。
「いきなりかよ!?」
任務がはじまってまだ5分にもならない。
色は?
黒だ!!!
「いきなり本命だと!?」
今回の元凶がわかったのか、それともまさか、災害級の魔物が!?
位置はどこだ?
目で追うと、かなり近い!
黒は全員が救援に向かう対象だ。
俺たちも急がなければならない。
「どうする!?ムル教官!」
俺は振り向いて驚愕した。
そこには黒の魔道具を持ったミナがいた。
◇◇◇◇◇
俺とムル教官は正座させられている。
慌ててミナの手から魔道具を取り上げたところに、A級チームたちが駆けつけてきたのだ。
俺は救援魔道具で遊んだ不届き者として、ムル教官はチームリーダーとしての責任のため、正座させられているのだ。
そして、今回の総司令官だというおっさんに説教をされている。
黒の魔法が打ち上げられたのを見て、300人超の全員が集まってしまった。
それはそうだろう。
そういう決まりごとだったのだから。
俺とムル教官は、そんな観衆の見守る中で、正座をさせられて説教されているわけだ。
うぅ;;恥ずかしい。
恥ずかしいよう;;
S級チームは伝説級というが、たしかに伝説を作ってしまった。
悪いほうのだけれど。
と、そのときだ。
山が動いた。
山の上のほうから何かが来たのか。
「魔物の群れか!?」
山に近いほうにいたやつらが戦闘に入ったようだ。
「猪の魔物だ!多いぞ!地を埋め尽くす数だ!」
血が飛んでいる!
「ミナ、行くぞ!」
俺はミナといっしょに最前列に飛び出した。
戦闘モードのミナを見たやつらが避けてくれたので、簡単に前に出ることができた。
「自重しねーぞ!」
森を埋め尽くしているのは、2メートルはある猪の魔物だ。
背のバスタードソードを持ち、水平に薙ぐように振るう。
「ヒャッハー!」
一振りで10匹を斬り飛ばす。
ミナのまわりでは斬られた魔物が肉片となって宙を舞っている。
重なる屍骸を乗り越えてきた魔物を、タワーシールドで弾き飛ばす。
叡智の祝福の成長補正で、新しい武器の習熟度がぐんぐんと上がっている。
剣を振るうたびに新しいコツをつかみ、一撃で倒せる魔物の数が増えていく。
剣を振る軌道計算にも、叡智の祝福の計算力アップが貢献しているようだ。
もちろん、それらの計算による人外ともいえる超人的な動きを可能にするのは、俺のバカ高いステータスだ。
幼い頃からの鍛錬に加えて、生命の祝福も影響してるのだろう。
ミナもいつの間にか両手に剣を振るっている。
戦闘開始からわずか5分、絶え間なく襲い掛かってきていた魔物がまばらになっていき、そしてついに途絶えた。
1000匹以上いたんじゃないだろうか。
そのほとんどを俺とミナが倒したようだ。
まあ、A級チームのやつらが一匹倒す間に、俺やミナは数十匹を倒すのだから、傍目に見たら反則というかチートだろう。
勝鬨をあげる。
300人の雄たけびは地鳴りのようだ。
「よくぞやった勇者よ!」
俺を説教していた司令官のおっさんが、全速力で手の平を返した。
おいおい、さっきまで俺のことを、ゴミクズを見るような目で見下してただろうが。
「さすがにS級だ。きみたちがいなければ壊滅していたやもしれぬ」
言葉使いまで変わってる。
偉い人って、こういうのホントうまいよね。
まあ、実際、最初の襲撃での重傷者が数人いるだけで、死者はいないようだ。
あれだけの数の魔物に襲われて、これだけ被害が少ないというのは考えられないことらしい。
みんな死地を抜けた安堵なのか、ほっとした笑顔を浮かべている。
俺は生き残った。
赤猪に殺されるっていう神話の呪縛を、自力で振りほどいてみせたのだ。
「師匠!」
ミナが突然に叫んだ。
鼓膜が破れそうな地響き。
あたりの空気が沸騰した。
巨大な炎が地を撫でた。
一瞬で100人が消し炭になった。
そして、本当の死地が訪れた。




