第二話 激闘の行方
深い山の中、月明かりにふたつの影が浮かび上がる。
俺とジジイだ。
たった二人の家族、祖父と孫が真剣を抜いて殺し合いとはなんの因果なのか。
7月の夜は空気が生ぬるくて気色悪いが、今夜の空気はとくに最悪だ。
本気になったジジイの放つ殺気はとてつもなくて、肌にまとわりついてひりつくように痛い。
冷たいんだか熱いんだかよくわからないし、背筋を走る悪寒が止まらない。
はっきり言って、今すぐに逃げ出したい気持ちだ。
俺はただ引き篭もって、ゲームがしたいだけなんだ。
俺から一間半ほどの距離に立つジジイは、自然体で立ち右手に持った刀を無造作に垂らしている。
見事に脱力していて、まったくもって隙がない。
極度の緊張と集中で、一瞬なのか永遠なのか時間の感覚がおかしくなっている。
「足をやったな? じゃが加減はせんぞ」
「降参だって言ってんだろ」
やっぱ会話にならない。
右足は痛むし、さて、どうしたもんかね。
逃げられないしジジイは逃がしてくれないだろう。
詰んでるってこういうことだよな。
ジジイと刀を交えるのは、実はこれがはじめてだ。
だって、勝てない勝負、いや、確実に負ける勝負はしたくないからな。
鳥肌が立ち、首の後ろがゾクゾクしっぱなしだ。
全身で危険信号を感じている。
たぶん本当にジジイは世界最強だと思う。
まあ、孫を殺そうとしている時点で、最強っていうか最狂だと思うが・・・。
「クックック」
ジジイが不気味に笑った。
「今夜のわしは絶好調。たぶん人生で一番強いぞ。武一、さあどうする?」
命のやり取りだというのに、ジジイはえらく機嫌がいい。
獲物を狙うような目で俺を睨みつけながら、ご馳走を前にしたかのように口もとをゆるませている。
しかし、どうするって言われても、ジジイの一撃を受けるのは不可能だ。
受けたところで刀ごと断ち斬られてしまう。
じゃあ先手を取れるかというと、それは無理だ。
完璧な自然体で立つジジイには、どこにも打ち込む隙が無い。
ジジイは一見すると棒立ちなのだが、どこに打ち込んでも後の先でやられるだろう。
常軌を逸した達人なのだ。
いくら考えても手が思い浮かばない。
誰か答えをおしえてほしいよ。
右足がジンジンと痛むが、これは捻挫くらいはしてそうだ。
つまり強い踏み込みはできそうにもない。
平常心を念じるが、どうしても冷や汗が止まらない。
やっぱこれって詰んでるんじゃね?
「一合じゃ。覚悟を決めよ」
俺が考え込んでいる間に、ジジイの機が熟したようだ。
一合、つまり一撃で屠るという宣言。
つまり俺に与えられたのは、一撃を交えることのみだ。
勝負は一瞬で決まる。
ジジイの口角が吊り上った。
威圧に飲まれないように、必死で自分を鼓舞する。
ジジイは俺の太刀筋を知らない。
やれるはず、いや、やれる・・よな?
「しゃーねえ。ジジイ、超えさせてもらうぞ」
俺は腹をくくった。
予定より少し早かったが、こうなったら引導を渡してやんよ。
俺はジジイの孫だ。
俺の身にも狂気が住んでいるのだ。
「その意気やよし」
ジジイが刀を振りかぶって、そのまま無造作に振った。
同時に、火山の噴火のごとき勢いで踏み込んできた。
死をもたらす斬撃は、完璧な軌跡を描いて俺に迫ってくる。
極度の集中で、時間が引き延ばされて、一瞬が永遠に変わった。
俺は脇に溜めた刀を、ただまっすぐに突いた。その切っ先は、ジジイの喉元を狙う。
ジジイの刀は、光の筋となって俺を襲う。
ジジイは狂喜の双眸で、呼気は野獣の咆哮だ。
俺の刀は、その野獣の喉を一直線に目指す。
届くか? 届く。
俺は速いのだ。俺はジジイより足が速いが、刀はもっと速い。
刀を抜く時はジジイを殺す時と決めていた。
なぜならば真剣で向き合った本気のジジイ相手に加減するのは無理で、抜けば必ず殺してしまうからだ。
確実に負けるからやらないというのは、ジジイを殺せば親族殺人犯として逮捕されて、人生負け組確定ということなのだ。
ジジイは強い。だけど、本気の俺はもっと強いのだ。
ジジイの喉に、俺の刀の切っ先が触れる。命を奪う感触に、俺の中の鬼が歓喜した。
届いた・・・やっちゃった。
ジジイ終了! そして俺も終了。
勝者のいない戦いは、独房の未来予想図だ。
新聞やワイドショーに、祖父殺害のニュース提供か。
勝利の味は絶望の味だ。
「んぁ!?」
その時、ジジイの身体がずれた。
違う! 地面が動いている。
これはつまり地震だ。
「ッツ」
俺の突きはジジイの首の皮をかすめた。
浅い。殺せなかった。
いや、それでいいのか。
ジジイの太刀は?
揺れで崩れた体勢の軌道で、そのまま俺のわき腹を叩いた。
とっさにジジイが刀を返したのか、刃ではなく峰打ちになった。
「ぐはぁ」
峰打ちと言っても鋼の刀で叩かれた衝撃はハンパない。
俺は勢いよく飛ばされて転がって、何かに背をぶつけて止まった。
これは肋骨イッたかも。
体中が痛いし、一日に二回も飛ばされるなんて最悪の日だ。
すぐに地震の揺れはおさまった。
「武一?」
ジジイが驚いた顔をしている。
「武一、後ろ」
後ろ? あれ、背をぶつけた?
うちの庭は平地でぶつかるようなものはないはずだ。
では、この背中の壁はなんだろう?
「なんだと!?」
おそるおそる振り返った俺は驚いた。
地面が隆起して、壁のようになっている。
俺はそこに背中をぶつけたのだ。
その土の中、俺の目の前に青い石があった。
「勾玉?」
土の中にあったのは、動物の牙を丸めたような形をしている石だ。
手を伸ばすと、まるで引き寄せられるように、俺の手の平の中に落ちてきた。
よく見ると二重の形になっていて、勾玉の表面に小さい勾玉が彫ってある感じだ。
「武一、待て!」
ジジイの叫びに振り向いたが、なんだか視界がぼやけている。
水の中から見るように、ジジイの姿がぼやけてゆがんでいる。
手の平の勾玉は、月光を受けて輝いていて、むしろまぶしい。
そして、圧倒的な光量で、世界が真っ白になった。
何が起こった? 白い光の世界では俺の身体すら見えない。
「な、なんだよ!?」
光に包まれて方向感覚がおかしくなる。
ついには、どっちが空でどっちが地面かわからなくて立っていられなくなったが、両手をついてなんとか安定した。
orz ←こんな体勢。
そして、世界に色が戻ると、近くに誰か立っている。
「やばかったわジジイ、って、えっ!?」
土下座状態から顔を上げると、そこに立っていたのはジジイではなくて、きれいなお姉さんだった。