第二十一話 晴れのちハッチと死闘
イナバに向かう途中、宿泊予定地であるセキガネの手前で昼食になった。
すると、いつの間にか一人でメシを食べているはずの俺の隣に、見知らぬ男が座っていたのだ。
「うまうま」
彫りの深い眉の薄い男が、にっこりと笑っておにぎりを食べている。
やたらとフレンドリーな笑顔だ。
年は俺と同じくらいか。
青の着流しのような着物、頭頂部の少し後ろで長い髪を結んでいて、横は短く刈り上げている。
俺たちの集団の中にはいない顔だが、いつの間にいたんだ?
「いい笑顔だが、おまえだれだ?」
「ハッチだよ」
いや、だからそれがだれって話だよ。
男は、ハッチは、にこにことおにぎりをほおばっている。
あ、なにげに俺のおにぎり取って食べやがった!
てか、もともと俺のおにぎり食ってんだなこれ。
なにしてくれてんのこいつ。
あれ、まてよ?
いたっけ?
もとからいたかな?
いや、さっきまでいなかったよな。
あまりにナチュラルであたりまえって感じの返答に、ついつい俺のほうが混乱してしまった。
って、俺のスープ飲んでるし。
「完食!」
ハッチが立ち上がった。
「完食じゃねええええええ!!!」
それは俺のメシだ。
俺のメシがねえ!!
無くなった!
食い物の恨みはおそろしいぞ。
おい! ハッチとやら、今すぐそれを思い知らせてやる。
俺は怒りのあまり血の涙を流した。
「さてと、メシも食ったし運動、運動っと」
ハッチはひょいっと飛び上がり、一瞬で上着をはだけて上半身裸になると、少し離れたところにいるミナに暴風のよう飛びかかった。
「あーらよっとォ!」
両手に持った剣が、弧を描いてミナの背に迫る。
卑怯な不意打ちだが、こいつ速い!
「うっは、弾かれた! さすが鬼子はスゲーな!」
ハッチが後ろに飛んだ。
ミナが背中の大剣を抜いて、ハッチの剣を弾きとばしたのだ。
「シッ!」
俺がナイフを飛ばすが、ハッチはこちらも見ないで避けた。
「いいねいいね! 殺伐としてきましたってか?」
ハッチは心底楽しそうに笑っている。
そして、舌を出して唇をなめた。
まるで獲物を前にした蛇のような貌だ。
ミナがハッチと対峙し、ムルさんも剣を抜いた。
俺も収納から槍を出した。
「それ、ブーン!」
ハッチは剣を振りかぶると、横薙ぎにムルさんに斬りかかり、ムルさんの剣を折って、そのままミナに斬りかかった。
まるで風車、いや竜巻か。
「あい!」
ミナが受け流すと、そのままの勢いで俺に斬りかかってきた。
「そらさァ!」
避けながら槍で突いたが、かわしてさらに斬りかかってきた。
まるでデタラメな動きだが、捉えどころがない剣筋は脅威だ。
襲いくる二本の剣は、まるで毒蛇の牙のように、澱みなく連続で襲いかかってくる。
俺は槍を手放して、とっさに収納から剣を出して受け止めた。
「うぉ!」
そしてすぐに剣を手放して後ろに飛ぶと、俺の剣が三つに切れて地面に落ちた。
こいつ、剣を切りやがった!
って、どんな切れ味の剣なんだよ!?
ムルさんの剣も折られたんじゃないな。切られているのだ。
「両手に振るうは、神剣アメノムラクモノツルギ! 並の業物じゃないんだぜメーン!」
並じゃないから業物なんだろう。
並の業物ってなんだよ?
いや、まて! そこじゃねぇ。
「アメノムラクモだと!?」
アメノムラクモノツルギってあれだよな?
別名クサナギノツルギで、三種の神器の剣だよな?
現代では熱田神宮に祀られてるやつ。
つまり、アーティファクトとかミシカルってやつじゃね?
伝説ってか神話の剣だろ。
なんでこの男が持ってる!?
いや、二本あったっけかこれ?
「おい!鬼子、ちょっと邪魔すんな」
背後から斬りかかろうとしていたミナが手を止めた。
ハッチは、後ろも見えているのか?
「鬼子が見えたから喰いにきたが、思わぬ当たりってやつか?」
両手に神剣、対する俺は素手、ちょっとこれどうする?
「グッバイダーリン!」
ハッチが獰猛な笑顔で俺に斬りかかってきた。
誰がダーリンだこのやろう!
俺はまだそっちの趣味は無いぞ!
てかよく考えたら女もまだだ!
やはりここで死ぬわけにはいかない。
「師匠!」
ミナが背後から剣を投げたが、この軌道では当たらない。
絶対絶命?
否、俺は大波流免許皆伝だ!
斬りかかるハッチの左側に半歩踏み込む。
剣を握る右手を右手で引き込んで、ハッチの身体を横に向けた。
「セイッ!」
そのままの流れで左拳をわき腹に叩き込む。
拳に伝わる骨を折ってめり込む感触。
交差法が完璧に入った。
これは相手の力が強いほど、与えるダメージが増える技だ。
「ぐおっ!」
そして、吹き飛んだハッチの肩にミナの剣が突き刺さった。
俺の打撃は、内臓を破壊する一撃だ。
しかし、驚くことに、俺の致命の一撃を喰らったはずのハッチは踏みとどまっている。
「マイボーイ! やるじゃないか!」
ハッチは青い顔をして唇の端から血の泡を吐いているが、あいかわらず笑顔だ。
「ごめんね。ちょっと用事思い出したから今日は帰るね」
ダメージでだろうか、キャラが軽く崩壊してるような気がするな。
いや、普通は死んでるだろうから、やはりこの男はすごいな。
「おい待て!」
ハッチは肩の剣を抜いてミナに放ると、走って山の中に消えた。
なんだったんだ?
まあ、誰もケガが無くてよかった。
「あ! 俺のメシ!」
あいつが食べたせいで俺のメシが無くなった。
「よし、出発するぞ!」
そして休憩時間が終わり、ムルさんを先頭に、なにもなかったかのように歩き出した。
俺は憤怒の形相で、最後尾を歩いた。
ハッチはまた出てくると思います。




