第十八話 ムル教官と修練場の試練
「ここはどこだ?」
船員の男に聞くと、ヨドエの港だと答えた。
船から小船が降ろされて船員三人と俺とミナが乗り込んだ。
小船に乗り込む前にミナの剣が渡された。
返してくれるんだな。サルダヒコってわりと親切なのか?
家宝の宝剣だということで、ミナはとても喜んでいた。
小船は浅瀬をゆっくりと進んで、河口にある船着場に上陸した。
ヨドエ・・・淀江か。
もうこれは間違いない。
ここは古代の日本、そして山陰の鳥取県米子市淀江だ。
海からほど近い内陸にそびえる孝霊山と、その向こうの霊峰伯耆大山は、世界中でここにしかない景色だ。
俺が生まれて育った場所なのだから、間違えようはない。
しかし、場所は間違いないが、あきらかに時代が違っている。
ヨドエは何度か来たことがある町だが、俺の知っている町とは景色がまったく違うのだ。
山が近い。
いや、海が内陸まで入り込んでいるのか。
そういえば古代のヨドエは淀江潟と言って、浅瀬の湾があったはずだ。
叡智の祝福で知性が活性化しているのか、昔ちょっと見たような知識が鮮明に浮かんでくる。
武道バカのジジイに育てられた俺だが、家にはたくさんの本があった。
俺はそういった本を読むのが好きだったのだが、古代の歴史や神話、そういった本はとくにたくさんあったのだ。
本のセレクトがおかしいんじゃないかと思っていたが、それが今こうして役立っている感じだ。
ジジイなんだかすごいな。
「ついてこい」
そこから歩かされた。
サルダヒコの姿は見えない。
船員と俺とミナだけだ。
30分ほど歩くと、山を背にした平屋建ての大きな建物に着いた。
民家とかではないし、なにかの施設だろうか?
入り口のホールで俺たちは待つことになり、船員の一人が奥に入っていった。
しばらくすると、人のよさそうな髪の短い男が一緒に出てきた。
「俺の名はムル、この修練場で教官をやってる。きみたちの名前をおしえてもらえるかな?」
「武一です」
「ミナ」
「オオナムチとタケミナカタだね。ムイチとミナって呼べばいいか?」
名前知ってんじゃねーかw
なんで聞いたんだよ。
「俺のことはムル教官と呼んでくれ」
呼び方を指定してもらえるのは、若干コミュ障な俺にはありがたい。
ムル教官は、人懐っこい笑顔だ。
「それじゃあ着いてきて。まずはみんなに挨拶をしよう」
体育館のような広間に着くと、たくさんの若者がなにかの修練をしていた。
体操? いや武術なのかな?
二人や三人で組み手をしている者、体操や柔軟運動をしている者、さっと数えたら34人いた。
「ここは国営の修練場。ここにいるのは大王の後継者候補たちだ。多くは豪族の子息だね」
ムル教官が説明してくれた。
なるほど、それなりに鍛えられている。
「みんな、集まって聞いてくれ」
ムル教官が大声で告げると、若者たちがぞろぞろと集まってきた。
「イナバ行きの護衛と荷物運びをしてもらうムイチとミナだ」
それを聞いた若者たちがざわついた。
「教官」
若者たちの中から声があがった。
20代半ばくらいのきれいな女性だ。
「荷物運びはわかるのですが、護衛とはどういうことですか?」
「バトゥンか。イナバまでの道のりは険しく長い。魔物などの危険も多いから彼ら二人に護衛を頼むのだ」
「護衛と言うにはいささか頼りなさげに見えるのですが?」
ああ、バトゥンさんの言うとおりだ。
俺はともかくミナなんて見た目は幼女だ。
ここまで連れてきてくれた船員のほうが、刺青筋肉ではるかに強そうに見えるし、俺たちの実力を疑うのは当然だろう。
というか、イナバまでの護衛?
そんなの俺も初耳だ。
まあ、荷物運びなら大歓迎だけどな。
俺には万宝袋があるし。
「それもそうだな。では、試験をしよう」
部屋の奥に移動すると、胸の高さくらいに目印のついた石の柱があった。
横には木の柱があって、目盛りが刻んである。
どういう仕組みなのかはわからないが、石の柱の目印のところを叩くと、木の柱についている針が上がって、目盛りで威力が確認できる装置だそうだ。
針が高く上がるほど威力が高くて、平均的なワ国軍兵士で三分の一くらいの高さまで上がるらしい。
「よし、拳王バトゥン試しにやってみせてくれ」
「わかりました」
このバトゥンさんって人、拳王なのか?
よくわからんが自信ありげだし、たしかに強そうだ。
装置の前に立ち、大きく呼吸をしたあと踏み込んだ。
構えもいいし、体軸に沿ってしっかりと体が回っている。
右の拳がひねりだされ、目印の場所をまっすぐ突いた。
「炎の拳」
「なにっ!?」
バトゥンさんの拳が炎をまとった!
炎をまとった拳は目印を強く打った。
激しい打撃音とともに装置が揺れた。
横の柱の針が飛び上がる。
目盛りが半分くらいまで上がった。
ワ国軍兵士が三分の一くらいだってことだから、この人はとんでもなく強いな。
それと、炎の拳。
よくわからんけどすげえ!!
厨二心をわしづかみですよ!
思わず拍手をしてしまった。
釣られたのか若者たちも拍手をしている。
拳王バトゥンさんは誇らしげに振り向いて、右拳を突き上げた。
美人さんだし絵になるな。
「さすがだな。では、次はミナだ」
「あい」
ムルさんの指示で、ミナが装置の前に歩み出た。
観衆が注目している。
固唾を飲むってやつだ。
ミナはテクテクと歩いて行って、石の柱におもむろに右拳を叩きつけた。
「炎の拳」
いや、そこは真似しなくていいからw
もちろん炎は出ていない。
見た目にそぐわない重い打撃音が響いた。
装置が振動でぶれて見える。
なかなか揺れがおさまらないが、威力を示す針は・・・
なんと上限まで跳ね上がって止まっている。
「なんだそれは!?」
若者たちから歓声が上がった。
心底驚いているのだろう。バトゥンさんの目がまるくなっている。
そして、若者たちの中から声が聞こえてきた。
「こいつ知ってる・・・」
青ざめた顔の青年が言った。
「鬼子タケミナカタじゃねーか!」
「タケミナカタだと!?」
「ホントだ。やばいぞ」
若者たちのざわめきが増した。
おいおい、ミナ・・・。
おまえ地元でなにやってたの?ww
若者のみなさんが、有名なワルを見るような反応なわけですが・・・。
「師匠!」
ミナがてくてくと帰ってきた。
俺に期待している目をしている。
「さすがだな。次はムイチだ」
ムル教官の指示で次は俺の番だ。
あまり目立ちたくないのだが、すでに目立ってしまっている。
俺を先にやらせてくれればよかったのに。
「全力でやれよ」
俺が手加減をしようとしているのを見越したのか、ムルさんが声をかけてきた。
「師匠!」
ミナも俺をにらんで言った。
弟子の前でかっこいいところも見せなきゃだし、しかたないな。
まあ、やってやるぜ!
「スゥーーーッ、ハァーーー」
大きく息を吸って吐きだす。
幼少から繰り返した呼吸で、雑念が消えて気が静まる。
「シッ」
短い呼気とともに踏み込み、体軸に沿って身体を回転させながら、腰に溜めた右手をまっすぐに突き出す。
打ちつけるのは右の手の平。
掌低とか掌打と呼ばれる技だ。
「雷斗絶掌低」
やべえ!
思いつきで叫んだネタなのに手の平から雷が出た!
恥ずかしい!
思ったよりずっと恥ずかしい!
そのまま目印を打ち抜くと、石の柱が砕け飛んた。
威力の針は上限を突き破って跳ね上がり、天井まで飛んで跳ね返って落ちた。
石の破片を雷が焦がして黒い煙が出ている。
「あ、あ・・が・・!?」
煙が晴れたとき、若者たちは驚愕を通り越してドン引きだった。
ミナだけが目をキラキラさせて、師匠とつぶやいていた。
「これは予想以上だな」
ムル教官も驚いていた。
バトゥンさんに挨拶をしようとしたら、青い顔でヒィッと叫んで逃げられた。
少し泣いていた。
俺を見る目が、人間を見る目じゃなかった。
美人にこういうのされるのって地味につらい。
またやりすぎてしまった・・・。
本気でやれって言うからやったのに。
くそう、まあいい。
これでよくも悪くも認められただろう。
若者たちは修練を続けることになり、俺たちはムル教官の案内で、修練場と周辺施設を見て回ることになった。




