第一話 世界最強のジジイ
「っつぅ・・・」
5メートルは蹴り飛ばされた。
防御はしたし受身は取ったが、壁にしこたま打ちつけた背中がいてぇ。
「立てい!武一」
怒声が道場の空気を揺らす。
山奥の道場には、俺と俺を蹴り飛ばしたマッチョジジイの二人だけだ。
このイカれたジジイだが、なんと俺の祖父なのだ。
大波玄齋96歳。
身長2メートル20センチ体重180キロのとんでもないジジイ。
日本人離れした体格というか、もはや人間離れしている。
道着に黒袴、無手だが腰には日本刀を差している。
なんと真剣だったりするからアメージング。いや、悪い方向にね。
「ジジイ、降参! まいったマジで!」
このジジイは大波流古武術の家元で、その世界では最強説もある。
実際ありえない武力で生涯無敗。
世界中を暴れまわった迷惑な男で、単身でマフィアを潰したとか、軍隊と戦ったとか、地下闘技場のチャンピオンだったとか、ありえない逸話を数え切れないくらい持っている。
さらには、人では相手にならないと言って熊を殴り殺し、虎やライオンを斬り殺し、動物愛護団体に吊るし上げられるも、まったく懲りていない。
俺は大波武一14歳。
身長173センチ62キロ。
少年と青年の狭間を揺れ動く中学二年生。
ジジイに似たのか中学生にしては身体がでかいようだ。
性格はやさしくてシャイ。
アニメやゲームが好きなインドア派で、ごく普通のオタク系厨二ってやつかな。
生まれてこのかた女子との縁は無く、聖人君子のように生きてきた。
そう、魔法使いとして修行を積み、賢者への道を邁進するエリート妖精なのだ。
おいそこ童貞とか言うな。
俺は、この常識外れのジジイと二人暮らしで、日夜、稽古という名の虐待を受けて育った。
「おまえというやつは・・・」
ジジイの額に青筋が浮き、全身から怒りのオーラが立ち昇っている。
降参してるのに激おこって、絶対におかしいと思うが、このジジイに常識は通用しない。
この場面に誰か居合わせたとしたら、なんでこんなに怒ってんのか、マジ意味わかんないと思うよ。
いや俺も実際わかんないし。
「死合に降参などあるか! 斬り捨てるゆえそこに直れい!」
「まてまてジジイ! 刀抜くな! 家族で殺人はねーだろ!」
「家族である前に武人であろうが!」
「いや武人ちゃうし! 普通の中学生だし!」
「問答無用」
ジジイは箸を持つかのようにごく普通の所作で、あっさりと真剣を抜きやがった。
そして、ギラギラと輝く鋼の刃を大上段に構え、虫でも見るかのような目つきで俺を見下ろしている。
ジジイに日本語は通じない。まあ、いつもどおりの平常運転だな。
「うおっ!」
当たり前のように斬りかかってくるジジイの剣閃に合わせて、右足で床を蹴って左に飛んでかわす。
俺がいた場所をジジイの刀が薙ぐ。
空気を切り裂くものすごい音がする。
まったくためらいのない剣閃は、あきらかに狂人のそれだ。
一瞬でも遅れていたら俺の身体はまっぷたつだろう。
「避けるのだけは一人前になりおって」
「避けないと死ぬだろうが!」
ジジイが連続で刀を振り、俺は必死で避ける。
避けないと死ぬんだからマジ必死ですよ。
命を絶たれかねない瞬間が、絶え間なく続く。
「腰のものは飾りか? 抜けい武一!」
「抜くまでもねーよジジイ! 抜くときはジジイを殺すときだ!」
ジジイのおこゲージがさらに上がった。
ジジイは武人であり、独特の価値観を持っている。
最強は敗北に飢えている。
俺を鍛えているのは、強くなった俺に殺されるためだ。
だからこそ俺は刀を抜かない。
いつか来るその時のために、太刀筋は見せてやらないのだ。
俺が刀を抜くのはジジイを殺す時だ。
ジジイから全てを学び、確実に勝てる時になれば引導を渡してやろうと思っている。
だが、今はまだその時じゃない。
なんて厨二っぽいと思うだろうが、実際に俺は中学二年生なのだから仕方がない。
ジジイは絶え間なく剣を振るい、薙いで突いて掃う。
俺はひたすら避ける。
「どうした? 息が乱れておるぞ」
「当たり前だろ。ジジイがおかしいっつーの」
ジジイは5分以上も刀を振るいっぱなしだ。
しかし、息ひとつ乱れていない。
理合いを突き詰めれば半日とて戦えると言うが、俺にはまだ意味がわからない。
壁を背に避け続けている俺だが、すでにもう体力の限界が近い。
心臓は破れそうで、呼吸も激しくなっている。
血の匂いが鼻につく。
手足や顔に、無数の切り傷ができている。
傷は浅いが、ヒリヒリするしひたすらむかつく。
もうかなり満身創痍なんですけど。
「観念せい」
「いやできねーから!」
俺は距離をとり、ジジイは距離を潰してくる。
走れば俺のほうが速いのだが、走って逃げようにも、背を向けた瞬間に斬られてしまう。
だから、左に飛んで避けているのだが、ついに目的の場所にたどりついた。
「ジジイ、俺の勝ちだ!」
俺は勝ち誇って笑う。
「なにい!?」
道場の入り口についたのだ。
ここにドアはなく、入り口から出れば外の庭だ。
「逃げるが勝ちってな!」
これが、いつものパターンだ。
俺は道場から出て走り出した。
これで俺の勝ちだ。
俺はジジイより足が速い。
もう10年以上繰り返している必勝パターン。
ジジイって馬鹿だと思う。
「待てい!!」
待つわけがない。
部屋に逃げ込んでゲームをするのだ。
今日はサーバーアップデートで、新エリアが追加されている。
明日は日曜だし徹夜で狩るのだ!
ちなみに母屋は休戦エリアとなっている。
つまり、安心してオタクライフを満喫できるわけだ。
俺は走る速度を上げるために、腰に差した刀を外して左手に持った。
腰に差していると、太腿に当たって走りにくいのだ。
俺の頭の中では、ログイン画面の音楽が鳴っている。
ギルドのみんな待ってろ今行くからな。
そこで衝撃とともに天地が回った。
「!?」
俺は地面に転がっていた。
何が起こったのかわからない?
ありえねえ。まさかジジイがやったのか?
「見事に引っかかりおって未熟者めが」
ジジイがゆっくりと歩いてきた。
にやけた面がむかつく。
足元を見ると初歩的な落とし穴があった。
俺は、ジジイが掘ったと思われる落とし穴にはまり、派手に転がったのだ。
しかも右足をくじいたようだ。
なんとか立ち上がったものの、満足に動けそうにない。
ジジイはそんな俺をじっと見ているが、なんだかジジイの様子がおかしい。
「ほう。抜いたな? やっとわしを殺す気になったか?」
言うが早いかジジイの闘気が膨れ上がり、その身体から発する圧力が増した。
俺はおそるおそる自分の右手を見た。
いつの間にか、右手に真剣を持っていた。
転んだ拍子に抜けたようだ。
また勘違いだ。
転んだだけの事故なのだが、ジジイはすでに常人の目つきではない。
もちろんジジイには、人の話を聞く耳は無い。
いろいろとあきらめた俺は、右手の刀を握り締めた。
右足は動かない。
最悪のコンディションの中で、はじめての殺し合いがはじまった。
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