第十七話 僕が家来になった理由
第三章のスタートです。
なんだ、揺れているな。
「う、うぅう・・」
ぼんやりと薄目を開くと、視界いっぱいに床板が見えた。
寝ているというより、硬い床に転がされている。
暗い部屋だが、ここはどこだろう?
身体中が痛いが、後ろ手に拘束されていて動けない。
捕縛されているのだろうか。
魔法を使おうと試してみたが、まったく発動しない。
魔法の実行を邪魔されているような感覚だ。
部屋か拘束具に、そういう効果があるのかもしれない。
なんとか身体を起こして壁にもたれかかったが、状況からして船の中にいるようだ。
壁にもたれかかったまま、あたりを見回すと鉄格子に囲まれているのがわかった。
牢屋なのか? なんだろう?
立ち上がろうとしたとき、近づいてくる足音が聞こえた。
「もう起きたのか?」
鉄格子の向こう、目の前に立つ巨躯はサルダヒコだ。
「あぅ」
思い出した、俺はこいつに負けたんだ。
その圧倒的な威圧に身がすくみ、思わず後ずさってしまった。
ダメだ。恐怖で次の言葉が出ない。
「我に挑んだ蛮勇はどうした?」
そうだ。村でのやり取りで・・・俺はこいつの配下になることを誓ったんだ。
そういえばミナは、ミナはどうなった?
混乱した記憶の断片が、頭の中に次々と浮かぶ。
「思い出したか? 勇者よ」
「どう・・・なった?」
やっとのことで言葉を喉から搾り出す。
ダメだ。やっぱこいつは怖い。
「タケミナカタならばそこにおろう」
「ミナ!」
サルダヒコが指した方向を見ると、部屋の隅にボロボロになったミナがいた。
「死んではおらぬ」
いや、そういう問題じゃないだろう。
「ミナ!」
俺はミナに駆け寄った。
両手は使えないし魔法も発動しない。
見ることしかできないのが歯がゆいが、どうしようもない。
ミナは身体中が痣だらけで、呼吸は苦しそうだ。
おそらく何箇所か骨折している。
発熱しているのだろう。
顔は赤く汗をかいている。
打撃を多く受けると、こうなることがある。
どれほど抵抗したのだろうか?
何度も立ち上がるミナの姿を想像して、やりきれない気持ちになった。
「治してやらぬこともない」
サルダヒコは薬っぽい小瓶を取り出した。
「神酒だ。たちどころに傷は癒えるだろう。ただし、条件がある」
回復薬のようなものだろうか。
この男が言うからには、きっと本当に傷を治す力があると思う。
てか、こういうものって現代日本より優れているんだな。
まあ、科学とは違うなんでもありな世界の話だ。
「条件とは?」
おそるおそる尋ねるが、足がガクガク震えていて膝下の感覚が無い。
「あらためて我に絶対服従を誓え」
俺やミナをボロボロにした敵に絶対服従?
そんなことができるか!
しかし・・・。
「ガホッ」
ミナが血の塊を吐いた。
部屋にはむせ返るような血の匂いが充満している。
もう選択肢は無い。
目の前の命を、ミナを救うことより大切なことなどない。
今は耐えるんだ。
「誓う! 誓うから早くミナを治せ!」
俺はサルダヒコに忠誠を誓った。
サルダヒコが鉄格子の扉を開けて入ってきて、俺の拘束具が外された。
目の前にサルダヒコの無防備な腹がある。
万宝袋から槍を出して突けば・・・、一瞬、頭をよぎったが、まずはミナを助けるのが先だ。
渡された小瓶の中身を飲ませると、あっという間にミナの身体から傷が消えた。
「うお!?」
なんだこの薬の効き目は!?
現代医学なんて話にならない。
あっけに取られている俺に、サルダヒコが目を細めた(面をつけているからわからないけれど、そんな雰囲気がした)
「世界にいくつもない薬だ。我とてこれひとつのみ」
「そんな貴重なものを・・・なぜ?」
自分で痛めつけた瀕死の相手に、それを、なぜか虎の子の薬を使ってまで治して見せた。
その意味がわからず、思わず尋ねた。
「そなたがタケミナカタを抑えてみせよ。ヌシらを得るためなら神酒など安きものよ」
俺とミナはこのバケモノに見込まれたのか?
「じきに目を覚ます。しっかり言い含めておけ」
サルダヒコはそう言うと部屋を出て行った。
鍵は開けっ放しにして行ったようだ。
しかし、この部屋を出たところで逃げられるとは思えない。
ならば、じっとしているほうがいいだろう。
ミナがほどなく目を覚ました。
「サルダヒコに捕まったようだ」
ミナは暴れようとしたが、服従を条件に助けてもらったことを話して思いとどまらせた。
「今はまだ勝てない」
「あい」
それはミナもわかるようだ。
「でも、いつか勝つ」
「あい」
俺もミナもまだまだ強くなれる。
勝負するのはそのときだ。
負けるのには慣れているし、勝てる力をつけるまで、どんな屈辱にも耐えてみせるさ。
村のこと、ミナの家臣団、心配なこと、気になることはたくさんあるが、まずは現状の対策を考えるのが一番大事だ。
とりあえずサルダヒコの配下として、ワ国とやらを中から見てやろう。
俺はこの世界に来て日が浅く、この世界のことをまったくわかっていないのだ。
身の振り方を考えるのは、それからでもいいだろう。
サルダヒコに逆らう力はまだないしな。
「出ろ!」
刺青が印象的な船員っぽい男が階段から降りてきて、俺とミナに部屋から出ろと言ってきた。
いつの間にか船は港に着いたようだ。
さあ、どうなるだろうか?
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