最強の助っ人
暗黒の空をバックに、地上20メートルの高さからハッチの16個の眼がスサノオ大王を見下ろしている。
にらみつける眼差しは赤く輝いていて、深い怒りを感じさせるものだ。
スサノオ大王のまわりの地面は高熱で溶けて、ドーナツ状に陥没している。
いや、溶けたというか蒸発したのかもしれない。
あまりの高温に土のガラス質が凝固し、陥没した穴の縁のあたりがキラキラと光を反射している。
黒や白の煙がそこかしこに立ち昇る中、スサノオ大王は微動だにしない。
「どうしますか?」
スセリが俺の顔を覗きこんできた。
想定外の状況だし、共闘しようにも巻き込まれて邪魔にしかならない気がする。
巨大な柱のような剣を振るう世界最強の巨人と、まるで火山か溶鉱炉のような八首の大蛇の戦いなのだ。
これは控えておいたほうがいいだろう。
ハッチも下がってろって言ってたしな。
違うぞ!
けっして怖いとかじゃないからなマジで!
マジ怖いわけじゃないんだからな!
重要なことなので心の中で二回叫んでおいた。
だから、勘違いするなよ読者の諸君。
「ハッチを補助魔法で支援して、攻撃は遠隔のみで対応だ。邪魔にならないように気をつけろ」
「はい」
24人のメンバーから、大きな返事が返ってきた。
絶望的な展開から、希望を見出しているのは俺だけではないようだ。
万宝袋から生弓矢を出して構える。
すぐに戦況は動いた。
ハッチは振りかぶった8本の右手をスサノオ大王に向けて振り下ろしたのだ。
巨大な胴体を踏み込みながらコマのように回転し、8本の右手が津波のようにスサノオ大王に襲いかかる。
スサノオ大王は、神霊剣アメノハバキリを盾にして最初の2本の腕を受け止めた。
ハッチはその2本の右手で神霊剣アメノハバキリを掴むと、残りの6本の腕でスサノオ大王を殴りつけた。
スサノオ大王の膝が沈み、足が地面にめりこんでいる。
そして、殴りつけた腕も含めた8本の腕でスサノオ大王を掴んで固定し、空中に持ち上げた。
虜となり自由を奪われたスサノオ大王に目がけて、今度は巨体を逆回転させて8本の左手で殴りかかる。
ミサイルが連続で着弾したかのような轟音で、スサノオ大王の身体が打ちのめされている。
破裂する爆竹のようにスサノオ大王の身体が弾け、防御結界の破片が飛び散った。
さらに、両手両足を4本ずつの腕でつかんで大の字にすると、そこに8つの頭が向けられた。
「キャア」
スセリが悲鳴をあげて俺の腕を掴んだ。
敵対しているとはいえ、実の父親なのだ。
ハッチの胴体が赤く発光し、大きく開けたその喉の奥でマグマが煮えたぎっているのが見える。
次の瞬間、8つの頭が炎を纏いながらスサノオ大王に襲いかかった。
目で追えないほどの速さで繰り返し噛み付いている。
スサノオ大王の防御結界を、猛烈な勢いで喰い破っているのだ。
空間が弾け、大量のガラスが壊れるような破砕音が響く。
そして、スサノオ大王を地面に叩きつけると、8つの頭をスサノオ大王に向けた。
炎かと思ったが、ハッチの身体が青白く光っている。
次の瞬間、8つの口から無数の鉄の柱が、まるで機関銃のように打ち出された。
鉄の柱が豪雨さながらにスサノオ大王を打ちつける。
叡智の祝福による思考加速と並列演算でカウントしたが、わずか4秒で4218本もの鉄柱が撃ち出されている。
鉄柱の洗礼が終わると、すぐさま身体をひるがえし、上空から8本の尾がスサノオ大王へと打ちつけられた。
大地が揺れてその衝撃の強さをおしえてくれるが、正直なところもう逃げ出したい。
強烈な怒りと憎悪を乗せた破格の連撃なのだ。
近くにいるだけで、その悪意と迫力で吐きそうになるほどだ。
「仮病使ってんじゃねー! 立てコラクソ野郎!」
巨大な大蛇の口からハッチの声がするのは、とてもシュールだ。
すると、めちゃくちゃになった地面に、森のように立ち並んだ鉄柱の中心から、スサノオ大王がゆらりと立ち上がった。
「生きてんのかよ!?」
粉々になっていてもおかしくない連撃にさらされながら、スサノオ大王は普通に立ち上がってきた。
まあ、やはりという思いもあるが、早くやられてくれという切実な願いがある。
ハッチはスサノオ大王を見下ろしながら、8つの頭をかしげている。
「おめー、弱くなったんじゃねーか? しっかりしてもらわねーと困るんだけどよ」
「貴様は調子がよさそうだな」
スサノオ大王はそう言い終えると、片膝をついた。
「なんですと!?」
まさかの展開すぎる!
荒神が膝をつくなんて、想像できない現実が展開している。
よし、ちょっとたしかめてみよう。
「スサノオ大王!」
俺が大声で呼びかけると、スサノオ大王がこちらを向いた。
「争いはやめないか? 大王の座は返す」
そもそも俺は権力に興味はないし、大王になりたいわけじゃないのだ。
なぜ俺を殺そうとしてるのかわからないけど、争わなくて済むならそれが一番いい。
「ダメだ。貴様に訪れるのは確実な死だ」
「ウホッ」
あまりにダイレクトな死の宣告に、みっともない声が出てしまった。
スセリやヤカミの前でこんな屈辱を、許さんぞスサノオ大王。
「ハッチ先輩! やっちゃってください!」
「いや、言われなくてもこの牛野郎は殺すけどよ。後でパフェな!」
言うが早いか、再びハッチの猛攻がはじまった。
俺も生弓矢で援護する。
このまま削って押し切れるかと思ったその時、黒雲を割って戦場に雷が落ちた。
地面が抉れ、爆発音が響く。
ハッチの動きが止まった。まさか、雷が怖いのか?
まあ、俺も近くに落ちてびびって膝がガクガクしてるけどな。
嫁の前だから必死で耐えたぜ。
「御館様! 遅れました」
「ヤエ!?」
雷とともに現れたのは、八重事代主こと少名彦、つまり、イズモ国副王であるヤエと・・・、ヒナだった。
これ以上ない心強い腹心の登場に、俺の心は沸き立った。
青いショートカットの髪にキリリとした知的な顔立ち、そして、そのボーイッシュな服装に反して凶暴なサイズの胸、この魅力的な胸は・・・間違いなくヤエだ。
「ぐはっ」
俺がヤエの胸に集中していると、スセリに思いきり足を踏まれた。
対スサノオ大王用の防御結界をあっさりと踏み抜いて俺に的確にダメージを入れるって、やはりスセリはおそろしい。
そして、そこで俺は気づいた。
ヤエの足元に転がっているものに。
「ハッチ・・・の首!?」
雷とともに落ちてきてハッチの首を落としたというのか、さすが仕事が早いヤエというべきだが、違う。現状ではハッチは敵じゃない。むしろ、我がチームの最高戦力なのだ。
まあ、見た目があきらかにラスボスっぽいから、ヤエが攻撃してしまうのも無理はないんだけどね。
「ヤエ! 違うんだ! ハッチは敵じゃない! 敵はスサノオ大王だ!」
「違うのはわたしではありません」
「え?」
ヤエなにを言ってるんだ?
「我こそは猛き雷の力持ちて、御館様の怨敵を撃ち滅ぼす神なり」
そう言うと、ヤエはスサノオ大王に向けて膝をつき剣を捧げた。
ん? どゆこと?
一瞬、思考が停止したが、叡智の祝福の思考加速と並列演算で全力で考えた。
そして、俺はうれしくない答えに辿りついたのだ。
ひょっとして、ヤエの御館様って俺じゃなくてスサノオ大王ってこと?
「ええええええええ!?」
次の瞬間、ヤエの姿が消えて再び雷が落ちた。
そして、その足元には2つ目のハッチの首が転がっていた。
「すごいやろ。ヤエはんが振るうのは雷の力で瞬間的に移動できる剣なんやで。名づけて武雷や」
ヒナがそう言って笑った。
ミホの研究所でこんなものを作ったというのか?
すごいんだけど、今はありがたくない。
あれ?
おいまて、タケミカヅチだと?
国譲り神話の天照大神の勅使は、フツヌシとタケミカヅチ。
まさか、ヤエがタケミカヅチなのか!?
稽古では俺に勝つこともあるヤエが瞬間移動できる雷の剣を振るうって、ちょっとやばいんじゃないか?
俺は呆然と立ち尽くしていた。