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恐竜ってこんなだったの?

 ひたすら攻撃していたハッチが足を止めた。

 戦場に訪れた一瞬の静寂。血生臭(ちなまぐさ)いぬめっとした風が、傷だらけの頬をなでて吹き抜けていった。


「さーて、俺様もそろそろ本気出しちゃおっかな♪」


 俺の奮闘に当てられたのか、ハッチが張り合うようにつぶやいた。

 血だらけの顔に最高の笑みを浮かべてスサノオ大王と対峙している。

 何をやる? 何が起きる?


「鬼子、ピッキー、おめーらは下がってろ」


 本気出すとか言うやつは、一生本気を出さずに終わるものだと思っていたが、ハッチはそうではないらしい。

 いつもふざけて笑っている表情がにわかに厳しくなり、あきらかに今までとは違う張り詰めたオーラを発しはじめた。


「ミナ」


 目配せでミナに下がらせる。俺たちも大きく下がった。

 何が起きるのかわからないが、とりあえずハッチに従おう。


 ハッチに直面しているスサノオ大王は、攻撃も迎撃も止めてまったく動じていない様子だ。

 神剣アメノオハバキリを地面に突き立て、その柄に両手を乗せたままハッチの様子を伺っている。

 攻撃を全て受けた上で跳ね返して見せるつもりなのか、いや、あまりに強すぎてなにをされても余裕なため、警戒する習慣が無いのかもしれない。

 これから本気で攻撃すると宣言されているのに、意識している様子がまったく見られない。

 むしろ、心なしか少し楽しそうに見えるほどだ。まあ、フルフェイスの兜だから表情とかわかんないんだけどな。


「クソ牛野郎、期待しろよ!」


 唇の端を釣り上げてハッチが笑う。

 ハッチの両手から神剣アメノムラクモが消えた。

 そして、スサノオ大王に向けて両手を突き出したのだが、その指の間には黒い玉のようなものが挟まっている。

 親指と人指し指の間にひとつ、人指し指と中指の間にひとつ、中指と薬指の間にひとつ、薬指と小指の間にひとつ、右手に4個、左手に3個、両手で合計7個の玉だ。


「なんでしょうか?」


 スセリが尋ねてくるが、俺もよくわからない。


「7個の玉ってなんだろうな? まあ、時間が稼げるのはありがたい。負傷者の回復と、結界の張り直しをしっかり頼む」


「はい」


 後方のヒーラー陣の呪文の詠唱が聞こえる。

 ルウも巫女の巫術だろうか、手にした鈴のようなものを鳴らして舞っている。


「いくぜベイブ!」


 ハッチの顔から笑顔が消えた。

 鋭い目つきに浅黒い肌、真顔になると本当に凶悪な感じだ。

 頭上には、にわかに黒雲が立ち込めてきて、なんの特殊効果だよと心の中でつっこみを入れてしまった。

 いや、実際これは自然現象ではないと思う。

 ハッチの指の間の玉から黒く禍々しい煙のようなものが噴出して、渦を描いて回りはじめた。


「オオオオーーーロオォオーーチィイイイ!!」


 ハッチの絶叫とともに、大地が揺れて裂け、地面が盛り上がって空に向けて山のようにせりあがっていく。

 黒雲は空を覆いつくし、大地の揺れは激しさを増して轟音が響いている。

 背中のスセリやヤカミをかばうために両手を広げると、後方のヒーラー陣が悲鳴とともに失神して倒れるのがわかった。


「マジかよ・・」


 あまりのヤバさに思わず声が出た。

 俺の手も震えている。

 これって天変地異だろ、どうすればいいんだよ?


 ハッチは叫び続けているが、その姿は盛り上がった山の中で見ることはできない。

 地上15メートル以上はあるだろうか、黒い煙の中から赤い光が見えた。


「蛇? 大蛇(おろち)か!?」


 その赤い光は巨大な双眸(そうぼう)だった。

 鏡のような眼の下には、巨大な口がぱっくりと開いている。

 身体は黒いウロコに覆われているが、首から下の喉下(のどもと)から腹にかけては、溶岩のような赤い光が漏れている。

 まるで赤く(ただ)れているようだし、黒煙を()きながら、相当な熱量を放っている。

 焼けて溶けた金属なのかもしれない。

 しかも、そこで俺は気づいた。


 やはりというべきか、頭が八つあるのだ。


八岐大蛇(やまたのおろち)だな」


 俺がつぶやくと、スセリが震えながら俺の背で(うなづ)いた。


 日本神話で一番有名かもしれないスサノオの大蛇退治神話だが、まさかその八岐大蛇を直接目にすることになるとは、ちょっと想像できなかった事態だ。

 そもそも、スサノオ大王に退治されているはずだし、なぜこうして現れているのだろうか?


 全長30メートルはゆうにあるだろう。

 八つの頭がスサノオ大王を空から睨みつけ、八本の尾がゆらゆらと天に泳いでいる。

 頭と尾をつなぐ胴からは、無数の足が生えていて、ちょっと気持ち悪い感じだ。

 恐竜ってこんな感じだったのだろうかと考えていると、おもむろにヤマタノオロチが立ち上がった。


「え? 立つのかこれ?」


 無数の足だと思っていたものは、半分以上は手だったようだ。

 四本の後ろ足で立ち上がり、16本の腕を振りかぶっている。

 腹の赤い光がさらに強く発光し、赤熱化したのがわかった。

 結界を抜けてくる熱風でヤケドをしかねないので、慌てて冷気の魔法で空気を冷やした。


 鼓膜が破れそうな絶叫とともに、ヤマタノオロチの八つの口からマグマのような炎が噴出した。

 スサノオ大王が5メートルはある神剣アメノオハバキリの刀身を楯のように構えると、噴出した炎の束がひとつになってスサノオ大王に襲いかかった。


 マグマのような炎は、地面すら蒸発させている。

 全力で冷気をイメージして空気を冷やすが、まるでサウナのように汗が吹き出てくるほどだ。


 90秒ほどのヤマタノオロチの炎の噴出で、すっかり地形が変わってしまった。

 何が焼けたのかわからない焦げ臭い臭気があたりに立ち込め、白や黒の煙で視界が効かない。

 ヤマタノオロチは追撃はしないで、スサノオ大王の様子を見ているようだ。


「よくぞ大蛇を蘇らせたものよ」


 やはりというかなんというか、スサノオ大王が煙の中から現れた。

 しかし、あきらかにダメージを受けているようだ。


 ハッチすげえ、いや、ヤマタノオロチがすごいのか。

 いや、ヤマタノオロチはハッチだから、やっぱハッチがすごいのか。


 思いがけないハッチの本気で、絶望的な戦いに光が見えてきたのかな?

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