本気を出すのは今ですね
飛びかかるハッチに対して、スサノオ大王はとくに構えるでもなく自然体で立っている。
そのことにハッチはさらに激高したようだ。
「シラフの大蛇はつえーぞ牛野郎!」
両手の神剣アメノムラクモが、見えない斬撃となってスサノオ大王に襲いかかる。
切っ先は音速を超えている。
「スセリ!」
「はい!」
スセリがハッチを補助魔法で強化すると、ハッチはさらに加速した。
青い筋となってスサノオ大王に襲いかかる。
スサノオ大王は向かってくるハッチに神霊剣アメノハバキリの巨大な刃を向け、鋭い呼気とともに振りきった。
「ガッ!!」
激しい衝突音が響き、空中にでかい火花が散った。
弾き飛ばされたハッチが、土煙を巻き上げながら大地を削って後退する。
しかし、すぐさま100メートル走のクラウチングスタートのような姿勢で片手片膝をつき、さらに勢いをつけて飛びかかった。
鍛え抜かれた武人でも一合で心を折られるであろうスサノオ大王の剣撃に触れてなお、瞳に宿している狂気は一層増している感じだ。
心が強いのかバカなのか、いやバカだとしてもここまでバカだともはや勇者だな。
「ミナ!」
「あい!」
神霊剣アメノハバキリを振った直後のスサノオ大王に、俺とミナで同時に攻撃する。
もう防御する余力が無い。
攻撃は最大の防御とも言うし、スサノオ大王が引かないとわかった以上は攻めなければ永遠に勝てない。
総攻撃で押しきるのだ。
「龍神怒洪水」
スサノオ大王の足元に水魔法をぶっ放す。
スサノオ大王がチラリとこちらを見た。
その視線の威圧に心臓が縮む。
「あい!」
ミナがスサノオ大王の後ろから宝剣ライキリで頭を狙う。
突きを避けても首筋に斬りこめる必殺の軌道だ。
俺も同時に攻撃だ。
天地理矛でスサノオ大王の足を狙う。
黒い柄の先にギラギラと光る十文字の刃は、突くときだけでなく引いたときにも斬れる。
もちろん振っても斬れる。
右足で大地を蹴り、左足で踏み込んだ。
時計回りに膝と腰を回転させ、大地から螺旋状にひねり出したエネルギーを肩から左腕に伝える。
「憤破!!」
左手の天地理矛に風魔法をまとわせて、空気抵抗を軽減しながらスサノオ大王の足へ突き込む。
そしてさらに天地理矛を伸ばす。
左からハッチ、後ろからミナ、足元に俺が同時攻撃を加えるのだ。
「グハッ」
激しい衝撃の後に我に返った。
一瞬、意識が飛んでしまったようだ。
俺の水魔法の水が蒸発したのか、水蒸気で何も見えない。
咄嗟に風魔法で水蒸気を吹き飛ばす。
スサノオ大王から10メートルほど離れた場所で、ミナとハッチが立ち上がろうとしているが、少なくないダメージを受けているようだ。
「あれ、俺は?」
俺は飛ばされていなかった。
左手の天地理矛を見ると、スサノオ大王の足に当たっている。
俺が受けた衝撃は、スサノオ大王の足に突きを入れた反力だと言うのか?
スサノオ大王の鎧に、少し傷がついているようだ。
「あ、当たった!?」
あのスサノオ大王の鎧に傷をつけた。
実際に面と向かって戦っているからこそ、それがどれほど奇跡的な事なのかがわかる。
いやまて、ひょっとして三人同時だと対応できないのか?
いかにスサノオ大王とて、俺とミナとハッチの同時攻撃には対応できないってことか!?
この三年の修行で、俺もありえないくらい強くなっている。
一国の軍団が相手だとしても一人で無双することくらい朝飯前なのだ。
世界五位の強者であるイタケルすら、今では相手にならない。
そんな俺たちが三人で同時に攻撃するのだから、勝てない敵などいるわけがない。
そうだ、スサノオ大王だとしても、こうして攻撃が当たるじゃないか。
「いけるか」
やれるかもしれないという希望が見えたことで、身体に力がみなぎってくるのを感じる。
人は絶望に足を止めるが、希望があればまた歩き出すことができるのだ。
「ミナ! 勝つぞ!」
「あい」
立ち上がったハッチがスサノオ大王に斬りかかる。
「牛野郎ぶっ飛べ!」
ハッチの攻撃を合図に、俺とミナも合わせる。
金属音と強い衝撃、俺の攻撃はまたスサノオ大王の足鎧に傷をつけた。
「まだまだぁ!」
飛ばされたハッチはすぐさま、さらに勢いをつけて斬りかかる。
ダメージを怒りが凌駕しているようだ。
俺とミナも続く。
俺の攻撃はまたスサノオ大王の足鎧に小さな傷をつけた。
「いける!」
斬りかかる。
飛ばされる。
俺の攻撃は当たる。
五回斬り結んで、俺は違和感に気がついた。
「避けて・・・ない?」
俺が攻撃を当てているわけではない。
スサノオ大王が避けていないのだ。
ハッチとミナの攻撃には対処しているが、俺の天地理矛には、当たるにまかせて放置しているのだ。
スサノオ大王の反撃にさらされているハッチとミナは、すでに満身創痍で肩で息をしている。
なんだ?
俺はなめられてるのか?
「なぜ避けない!?」
怒りにまかせてスサノオ大王に怒鳴った。
スサノオ大王がゆっくりとこちらを向いた。
「いたのか?」
「な・・んだと・・?」
俺を殺しに来たくせに俺の存在を忘れていたというのか?
俺の攻撃は意識すらされてないというのか?
命賭けの戦いの中での激しい屈辱と怒りに、血液が沸騰している。
スサノオ大王はあざ笑うように、しかし冷淡に言葉を続けた。
「そのまま靴磨きでもしておれ」
「く、靴磨き!?」
天地理矛の渾身の突きを靴磨きだと?
バカにしやがって!
「おいピッキー! おめーもマジメにやれ!」
ハッチが膝をガクガクさせながらも悪態をついてくる。
背が伸びて大人っぽくなったミナにも見下ろされているようで、情けなくなってきた。
「ムイチ! 命を奪う気概だ!」
治療を終えたムル教官が、斧を杖代わりにしながら叫んできた。
「おまえの剣は命を奪う気概に欠けている。そんなんじゃダメだ!」
現代日本で育った俺は甘い。
ジジイに武人としての英才教育を施され、牛や猪を殺す訓練なんかで命を奪う訓練もさせられたが、それでもやはり甘いのだ。
「誰か殺されてから本気になるのか? 奪われてから悔いても遅いぞ!」
「あああああああああ!」
おにぎりの正論にむかついて叫んでしまった。
そのとおりだ。
このままではミナとハッチは殺されて、そして俺も殺されるだろう。
俺をかばおうとすればスセリやヤカミも殺されるだろうし、とにかく俺はもう奪われたくはない。
俺の中でなにかが切れて弾けた。
「うわああああ!」
型もなにもない怒りまかせの斬撃を、スサノオ大王が神霊剣アメノハバキリで弾いた。
「ガッガガ」
大地を転がされた。
はじめてスサノオ大王が俺の攻撃に反応した。
「やればできるじゃねーか」
ハッチが口元の血を拭いながら笑っていた。