咆哮は轟く
「大蛇の尻尾か。探す手間が省けたわ」
スサノオ大王は折れた十握の剣を一瞥しながらつぶやいた。
武器を失ったというのに、なんら動揺していない様子だ。
むしろまるで他人事のように、興味なさそうな態度である。
激戦の中に訪れた束の間の静寂。
誰もが息を飲み、次の展開を注視している。
てか、マジで緊張するよ。
この空気は読めないってば。
俺は主人公として、どう対応すればいいんだ?
そして、そんな空気の中で口を開いたのは、空気を読もうとすらしないハッチだった。
「うるせぇ! 八番目の頭、天才俺様ハッチ様とは俺様のことだぜ! ッラァブーン!」
言うが早いか、むしろ言葉と同時に二刀を振りかぶって斬りかかるハッチ。
10メートルほどの距離を一足飛びでスサノオ大王に踊りかかった。
頭頂部で結んだ長い神が加速に引っ張られ、神剣アメノムラクモの剣先が目にも止まらない速度でスサノオ大王の頭を狙う。
恐ろしく素直で軌道がわかりやすい剣なのだが、その圧倒的な速度と勢いは、防ぐに容易くはないはずだ。
「うアウチッ!?」
ハッチが空中で弾き飛ばされた。
スサノオ大王が折れた十握の剣を投げたのだ。
ただ投げただけのそれは、魔力を込めたわけでもないのに空気摩擦で燃え盛り白熱化した。
そして物理法則を無視したまま数百メートル加速し続けて、やがてプラズマ放電に包まれて大地に激突したのだ。
「キャァアッ」
鼓膜が破れるかのような轟音に女性たちが悲鳴をあげた。
大爆発が起こり、きのこ雲が空にそそり立っている。
爆風で飛ばされた石や木で防御結界が破壊されていく。
回復術士たちがあわてて修復し、俺も必死で手伝った。
デタラメはほんとやめてほしい。
余波ですら死にそうだっての。
爆発の煙や粉塵が晴れたら、そこにはきっと巨大なクレーターが口を開けていることだろう。
「ありえねえ・・・核爆発じゃねえか・・・」
マジでありえねえ・・・。
折れた十握の剣を軽く投げただけに見えたそれは、現代の核爆発を凌駕するほどのものだった。
煙が晴れてくると、そこにあったはずの山が無くなっていた。
俺が本気で魔力を使えば、同じようなことはできるだろう。
しかし、スサノオ大王は折れた十握の剣を、片手で無造作に軽く投げただけなのだ。
何を食べたらそんな強さになるのか、敵として俺の前に立つのは本当にやめてほしい存在だ。
「100年ぶりの大蛇退治か」
スサノオ大王がゆっくりと右手を上げると、その手に巨大な剣が現れた。
「神霊剣アメノハバキリオロチノアラマサ、よもや今一度振るうことになるとはな」
スサノオ大王の右手に現れた巨大な片刃の剣は、カクカクした包丁を巨大化させたような形をしていた。
黒々とした刀身の長さは5メートル以上、幅も1メートル近くあり、厚みも一番厚い部分は50センチくらいあるんじゃないだろうか。
剣の名前長いなって、ちょっとまて!?
アメノハバキリって・・・。
現代に神代三剣と伝わる伝説の刀じゃねーか。
ハッチが振るう神剣アメノムラクモ、石神神宮に祀られている霊剣フツノミタマ、そしてアメノハバキリの三振りの剣が神代三剣だが、この戦場にそのうちの二振りが揃ったってことか?
いや、スサノオ大王に屠られたフツヌシが持っていた剣がフツノミタマだとすると、この戦場に三振り揃っているってことか?
そしてアメノハバキリは天羽々斬と書き、大蛇退治神話では、酔って寝ているヤマタノオロチを、この剣で斬り刻んだと伝わっている剣なのだ。
そんな伝説の剣を、神話の神が手に持って立っている。
神霊剣アメノハバキリオロチノアラマサ、3メートル近い巨人のスサノオ大王が持っていても、その巨大さは異様だ。
巨人が鉄の巨人を振り回しているようなもので、剣と呼ぶには巨大すぎる物騒な代物だ。
しかし、その巨大さも、ヤマタノオロチ退治の剣だとすれば納得がいく。
「ほお、そいつを抜きやがったな?」
ハッチの形相が変わった。
その目の狂気は8割増しで、もはや人のそれではない。
怒りからか身体が小刻みに震えていて、今にも飛びかかりそうだ。
体温が異常に上がっているのか、身体から水蒸気のような煙が立ち昇っている。
「蛇を斬るための特製だ」
「うるせぇ! 親父や眷属たちを根絶やしにしやがって!」
ハッチは怒りの限界を超えた様子で歯を食いしばり、口もとから血の泡を吹いている。
「根絶やしになどしてはおらん。イズモの血族であるイナタは我が后となったぞ?」
「ふざけんな! テナヅチ・アシナヅチを騙して兄貴に嫁いでくるはずだったイナタのねーちゃんを奪い、俺らオロチ族を殺して山を奪い、イズモ神族からイズモの国を乗っ取った侵略者だろうがオメーはよ!」
ハッチが吼えた。
ん? どういうことだ?
神話ではスサノオ大王は大蛇退治を成しイズモ国を建国した英雄だが、ハッチからすると侵略者になるのか?
ハッチやオロチ族をイズモ先住民だとすると、後から来て国を奪ったのがスサノオ大王ということか。
どちらが正義とか悪とかはわからないが、歴史を作るのは勝者であり、敗者は悪として封じられてきたというのは納得ができる。
それぞれの立場でそれぞれの見解があるだろうし、そこは俺には判断できない。
しかし、今こうして俺が拡げたワ国連合に攻めてきているのがスサノオ大王で、俺を殺すと宣言されている。
降伏すら受け入れてもらえないわけで、俺もスサノオ大王と戦わざるを得ないわけだ。
つまり、状況としてはハッチと共闘してスサノオ大王に当たることになる。
「賊の口は死をもって閉じん」
「死ぬのはオメーだ! ウラァ!」
ハッチは怒りを解放したままで、獲物に飛びかかる蛇のように、スサノオ大王に向かっていった。