この世に折れないものはない
スサノオ大王と距離が空いたので、イズモ将軍たちと戦っているムル教官やタカヒコたちに視線を移す。
十握の剣の連撃に吹き飛ばされた俺たちとは、500メートルほど離れてしまっていた。
魔法で目の前に氷の望遠レンズを作り、戦いの様子を伺う。
スサノオ大王と俺たちチームの戦況は、23対1だというのにかなり推されている。
もし、あちらが壊滅して、スサノオ大王に加勢されたなら、その時点で負けが確定してしまうのだ。
ガチャガチャとした混戦の中を、叡智の祝福の思考加速と並列思考を駆使して状況把握に努める。
コンマ3秒でカウントが終わった。
「苦戦してるな」
乱戦の中で立っているのは、ムル教官やタカヒコなどワ国連合軍のイズモ貴族たちが14人、対するスサノオ大王直属のイズモ将軍たちが26人、親子対決は親に軍配があがっているようだ。
その中でもオオヤマヅミ将軍の暴威は飛び抜けていて、ムル教官とタカヒコは付きっきりで対応している。
普段は動くことのない山が動くと、これほど恐ろしいものなのだと痛感させられる光景だ。
ムル教官は巨大な斧で襲いかかり、タカヒコはイズモ随一という防御力を活かして盾になっている。
てか、タカヒコおそろしい防御力だな。
「大丈夫でしょうか?」
スセリが長い睫毛を少し伏せて、心配そうにつぶやいた。
「大丈夫じゃないな。あと5分は持たないだろう。まあ、でも・・・」
「でも?」
「俺たちほどやばくはないんじゃないかッ!?」
振り向くとともに爆撃されたかのような衝撃。
目の前に来ていたスサノオ大王が十握の剣を振ったのだ。
防御結界はすべて簡単に剥がされ、要塞の盾の爆破装甲でなんとか耐える。
スサノオ大王の斬撃の軌道に合わせて要塞の盾を傾斜させ、完璧な角度で受けたにも関わらず衝撃を殺すことができないでいる。
そして、戦慄する事実がある。
スサノオ大王は本気を出していないのだ。
むしろ、かなり手心を加えて加減しているのがわかる。
なにかをかばうかのように手加減を加えているのだ。
あ、そうか、スセリか!?
そう気づいたときに、スセリがスサノオ大王に向かって叫んだ。
「父様、なぜワ国を攻めるのです!? 畏れ多くもあなた様が自ら建国し、オオナムチ様に引き継いだ国ではないですか?」
スサノオ大王が手を止めた。
「ワ国を攻めているのではない。オオナムチを殺すだけだ」
「えっ!?」
思わず声が出た。
薄々は感づいていたけど、やはり俺個人を狙ってたのね。
国譲りの勅使フツヌシだと名乗りながら、国を譲るって言ってるのに攻撃やめないし。
術士や展開している攻撃手たちを屠るチャンスがいくらでもあるのに、俺にだけ攻撃を集中しているから、もしかしてとは思ってたんだよね。
なるほどなるほど、納得したってか腑に落ちたぜベイベー。
っておい!
洒落になってねーじゃねーか!
スサノオ大王が俺を殺すって、マジで聞きたくない確実な死の宣告じゃないですか。
世の中に絶対とか100%ってことは無いっていうけれど、これは完全に遂行される予言だと思うんだよね。
いやまったくもう全然うれしくないですから。
「なぜオオナムチ様を殺されるのですか!?」
スセリが毅然とした表情で問いかける。
しかし、その身体は小さく震えていて、心配したヤカミが後ろからそっと肩に手をあてているのが見えた。
「聞いたら殺してもかまわぬか?」
スサノオ大王の静かな問いかけに、スセリが一瞬視線を落とした。
ものすごい勢いで思考を巡らせているのだろう。
スセリの一言に、国が、俺の命が賭かっているのだ。
そして、スセリは静かに口を開いた。
「させません」
静かに、しかし、はっきりとした強い意思を感じさせる言葉だ。
大きな瞳には強い決意の色が浮かんでいて、スセリに背中をまかせていることを本当に誇りに思った。
「ならば推すのみ!」
スサノオ大王の怒気が上がり、編隊を組んだ重爆撃機による絨毯爆撃のような攻撃が、俺たちチームを翻弄する。
「ミナ!」
「あい!」
斬撃のいくつかはミナが宝剣ライキリで払い逸らしているし、攻撃阻害や能力低下の術式も避けるそぶりもなく喰らっている様子なのに、スサノオ大王の猛攻に歯止めはかからない。
スサノオ大王が俺だけを狙っていることが確定したので、十握の剣の軌道が読みやすくなったのは救いだが、マジでこれはどうすりゃいいんだ?
「左から来ます!」
「おうよ!」
ヤカミが要塞の盾に魔力を注ぎこみ、爆破装甲でなんとか十握の剣を跳ね返す。
でたらめに軽く振りまわしているだけに見えるスサノオ大王の斬撃だが、どうしても受けるしかない位置にいやらしく撃ち込んできている。
避けることができないで激しい衝撃にさらされ、自分もチームも目に見えて消耗していくのがわかるのだが、ただこの瞬間を生き延びることだけに必死だ。
打開策は無いし、希望の欠片も見つけられないのだが、生き延びれば、受け続ければどうにかなるはずだと自分を鼓舞して盾を構える。
俺の背中にいるみんなが俺を支えていてくれるのだ。
俺が折れるわけにはいかない。
むしろ、みんなが絶望したとしても、俺が希望の光になるくらいの勢いで戦うのだ。
絶対負けねえ!
っと、そこで鈍い音がした。
「あ・・・」
要塞の盾が割れた。
スセリが、ルウが悲鳴をあげた。
ヤカミが顔をしかめている。
世界がスローモーションになり、スサノオ大王がひときわ大きく十握の剣を振りかぶるのが見えた。
生まれてから今までのことがフラッシュのように現れては消える。
死の際の走馬灯ってやつか!?
まあ、目の前のスサノオ大王は間違いなく俺を死の世界に送ってくれそうだ。
「絶対防御」
スセリが、回復術士たちが結界や防御呪文を必死に唱えているのが、やけにクリアに聞こえる。
世界が静かになり、十握の剣の切っ先が、俺の人生を終わらせるために目の前に迫っているのが見えた。
あっけないな。
俺は静かに目を閉じた。
「ガッキーーン!!」
金属がぶつかる破砕音が轟き、暴風が俺の身体を撫でた。
スサノオ大王に斬られたのだろう。
あれ、思ったほど痛くないな。
それにガッキーンって声だったような?
「オオナムチ様!」
スセリに揺さぶられて目を開けると、折れた十握の剣を手に後ろを振り返っているスサノオ大王の姿があった。
「死んで・・・ない?」
五体満足でどこもやられていない。
そして、スサノオ大王の視線の先に目を移すと、ムル教官たちとイズモ将軍たちの混戦の輪の中に、二刀を担いで立っている懐かしい背中が見えた。
「カーッカ! あのクソ野郎をぶっ殺すつもりで飛び込んだんだがなァ。勢いあまってこんなとこまで突っ込んじまった」
青い着流しの着物をはだけ、傷だらけの上半身をさらしている男は、孤立して囲まれているというのに大きな口を開けて笑っている。
「ついでだ! マァーーーーーー♪」
意味不明な甲高い声で叫びながら竜巻のように二刀を振るうと、取り囲んでいたイズモ将軍たちが宙を待って跳ね飛ばされた。
ムル教官やタカヒコも宙を待っている。
まあ、あいつらは死なないだろう。
「てか、ハッチかよ!?」
「ハッハー! 死にかけてんじゃねーよピッキー!」
数百メートルを弾丸のように一足飛びに戻ってきたハッチは、むかつく台詞を吐きながらニカッと笑ったのだった。