小さな反抗
「ヤカミ!」
流兎の後ろに、イナバ国にいるはずのヤカミが立っていた。
なぜヤカミがイナバ国にいるかというと、こういった理由がある。
ヤカミは傾国とまで謳われた絶世の美女であり、イナバ国は、そのヤカミの美貌を目当てに訪れる観光客相手に発展した観光立国だ。
しかし、ヤカミが俺を追ってイズモに来ている間にイナバ国を訪れる観光客が激減し、国の財政が相当危険なことになったらしい。
本当に傾国の美姫なわけだ。
そのためイナバ国王が直々に頭を下げて頼みに来たのだ。
そして、正式な婚姻が行われるまではイナバ国で過ごすという話にまとまり、ヤカミを連れ帰ったのだった。
あの時のイナバ国王のうれしそうな顔といったら、それはもうありえないレベルだった。
よほどうれしかったのだろう。聞くところによると、イナバ国に帰ってから国庫を開いて国民に穀物なんかを配ったらしい。
ちなみに、ヤカミはイナバ国に帰ることをいやがった。
だけど、月に一度は会いに行くということで、なんとか納得してもらった。
なぜいやがるヤカミを帰したかって?
スセリがいぢめたわけじゃないぜ。
イナバ国はワ国連合の中でもイズモ国と並ぶ国力を誇る大国であり、そのイナバ国の国力低下は、ワ国連合の力を低下させることになるという実情があったからだ。
まあ、政治的判断ってやつだな。
それとイナバ国でなら二人きりで会えるし。
スセリがいると怖いんだよね。
実際、何度も死にかけたしな。
まあ、これが三年前の出来事だ。
ってことでひさしぶりに・・・、正確には三週間ぶりにヤカミを見るわけだが、やはり信じられないくらいの美少女だ。
ヤカミのまわりだけ別空間になったかのようで、吸い込まれるように目が離せなくなる。
大きな潤んだ瞳は青い宝石のようだし、まばたきで長い睫毛が揺れるだけで、俺の心は大きく揺さぶられてしまうのだ。
ヤカミ・・・。
「大王様?」
「いてえええええええええ」
スセリに足を踏まれた。
ヤカミに見惚れていたことへの怒りだろう。
10人以上の術士による防御結界を突き破って俺の足にダメージを与えるなんて、さすが荒神の娘というべきか。
てか、これからスサノオ大王と戦うっていうのに、ダメージ受けてる場合じゃねー。
「次は無いですよ?」
「ヒィ」
次は無いってなんなのかよくわからないしわかりたくもないが、スセリは凍るようなまなざしで俺の足に回復魔法をかけてくれた。
特定業界では最高のご褒美であろうそのまなざしも、俺にとってはとびきりの恐怖でしかない。
「師匠!」
ミナが叫んだ。
気がついたら、スサノオ大王が目前に迫っている。
いかん、しかし、みんなのおかげでリラックスすることができた。
いや、マジで仲間の力ってすごいよな。
「絶対防御!(アブソリュートブロック)」
要塞の盾の裏にある持ち手を両手で握り、魔力を通しながら全力で地面に打ち付ける。
盾の下部から突起が突き出して、地面を抉り深く突き刺さって盾を固定した。
400枚もの結界魔法が守る中で、膨大な魔力を込められた要塞の盾は、ドラゴンの爪が大地を掴むかのようにがっちりと固定され、文字どおりの要塞と化すのだ。
俺の隣にはスセリとヤカミ、後ろにはルウと回復術士たち、そしてやや後方からは方術士や巫女が、スサノオ大王に攻撃阻害や防御力低下の術を連射している。
撃ち出された術式の多くは、スサノオ大王に当たる前に消滅したり弾かれているが、いくつかは効いていると信じたい。
しかし、避けている素振りはないし、とくに結界や障壁を張っているわけでもなくて、生まれつきの防御性能が破格のようだ。まったくもって意味不明な強さにはうんざりしてしまう。
「表層防御結界ダメージ2604%吸収で消滅します!」
いきなり外側の結界が26枚ぶち破られた。
何をされたわけでもない。
スサノオ大王は、ただ歩いているだけなのに、こちらの結界を壊しながら近づいてくるのだ。
万の軍勢でも突破できないはずの結界だぞ。
ほんと、バランスブレイカーっぷりも大概にしてほしいぜ。
「止めるぞ! ミナはカウンター準備!」
「あい!」
手足に力を込める。
そして思考加速と並列思考も総動員だ。
スサノオ大王の斬撃に対応するために、要塞の盾の最適な傾斜角を計算して即応する。
後ろからは術士が総動員で防御結界や先掛けの回復呪文を連射している。
回復過剰なのは否めないが、荒神の破壊力の前にやりすぎは無い。
むしろ、少しでも出し惜しめば死ぬ。
今この瞬間にすべてを出しきるのだ。
「くるぞ!」
スサノオ大王が十握の剣を振り上げて、無造作に振り下ろした。
「あガッ」
世界が揺れて景色が飛んだ。
軽く舌を噛んで痛い。
要塞の盾が掴んでいる地面ごと飛ばされたのか?
なんだこれは予想以上だ!?
列車にはね飛ばされたバレーボールのように、結界ごと300メートルも飛ばされたのだ。
「防御障壁は?」
「8割持っていかれました」
「一撃でかよ!? 全力で張りなおせ!」
「やっています」
スサノオ大王は追撃はしてこない。
ゆっくりとこちらに歩いてきている。
しかし、攻撃力がこちらの想定以上だ。
頬を流れる汗をぬぐうと、それは汗ではなくて真っ赤な血だった。
「ケガ人は?」
「8名死亡、11名負傷、蘇生と回復に入ります」
「奇跡や秘術も出し惜しみするな!」
くそう、死傷者を出してしまった。
だが、はね飛ばされたおかげで距離は稼げた。
スサノオ大王との距離は200メートル、次の交戦までに2分はあるはずだ。
態勢を整えて、次こそは止めてみせる!
蘇生の祭壇が築かれ、死んだ術士たちが蘇生されている。
全員が必死で本気で、なにもかもがギリギリだ。
「師匠!」
「な、嘘だろ!? 弓かよ!?」
動揺が止められない。
ミナの指差すほうを見ると、スサノオ大王が剛弓を引き絞っている。
黒く禍々しい弓が、折れそうなほど引き絞られているのだ。
「くるぞ!」
スサノオ大王が矢を離した。
放たれた矢は、大気を切り裂き破壊の使命を帯びてこちらに向かってくる。
「結界を矢の範囲に集中しろ! 薄く拡げないで集中させるんだ!」
矢は重力を無視するかのように一直線にこちらに向かってくる。
外側の結界をあっさり通過、ほんのわずかな威力も削がれることはなく突き抜けてくる。
矢は結界をすべて貫いて、ついに要塞の盾に達した。
「ヤカミ!」
「はい」
ヤカミが要塞の盾の裏側に火魔法を撃ち込むと、激しい破砕音とともに、要塞の盾の表面が爆散した。
激しい音と光の花が咲いた。
「爆破装甲だ!」
矢は盾の破片と爆発によって弾き飛ばされ、なんとか防ぐことができた。
盾に加わる攻撃を、盾の前面を爆発させることによって相殺したのだ。
現代の戦車に採用されている装甲技術で、対戦車砲弾やロケットランチャーから戦車を守るためにイスラエル軍や米軍、ロシア軍などで実用化されている技術を魔法を使って実現している。
しかし、現代のミサイルでも簡単に防げるチームとユニットなのに、矢でこれって・・・、スサノオ大王の破格ぶりにはもう笑うしかないな。
「止めましたね!」
スセリが喜んでいる。
絶望的な戦いの中でも、小さな反抗から反撃に転じるのだ。
さあ、次はなにがくる?