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木こりの宿命

「ミナ!」


 一瞬振り返って俺を師匠と呼んだミナは、すぐにスサノオ大王に視線を戻した。


 三年ぶりに会うミナは、背も伸びて少し大人になっていた。

 幼女から少女に成長した背中は、激しい修行の日々をくぐり抜けてきた者の自信と覇気に満ちている。

 うれしいような寂しいような複雑な気持ちが去来するが、スサノオ大王と対峙(たいじ)するこの場面ではこれほど頼もしい味方はいない。

 こみあげる感情は喜びが(まさ)っている。

 なによりひさびさに師匠と呼ばれたなつかしさと、出会えた喜びのほうがはるかに強いのだ。


 しかし、スサノオ大王の突撃を撃ち落すなんて、いったいどれほど強くなったと言うのだろうか。

 おそろしくも頼もしい。

 右手に持つ宝剣ライキリも、あきらかに大きくなっている。まさか成長する剣なのだろうか?

 よくわからないが、武器性能がものすごく上がっているようだ。


 今現在の俺は、絶対絶命のピンチだ。

 ワ国も存亡の危機と言える。

 汗や涙やいろんなものを垂れ流しているし、足はガクガクと震えていて(ひざ)は笑っている。


 戦場でスサノオ大王の殺気に当てられたのだ。

 情けないと思うかもしれないが、失神しなかっただけでも自分を褒めてやりたい。

 スサノオ大王はそれほど規格外の存在なのだ。


 この三年間の修行で、俺は世界五指の強者であるイタケルをも圧倒できるほどの実力を身につけた。

 かつては計り知れなかったイタケルの強さも、今の俺にとってはなんの脅威にもならない。


 しかし、その俺から見てもスサノオ大王は破格であり理解できない存在なのだ。

 強くなればなるほど、スサノオ大王の強さを思い知ることになった。

 鍛えれば鍛えるほど、スサノオ大王がはるかな高みにいる遠い存在だということが理解できてしまうのだ。


 この世界では俺はチートだが、その俺から見ても真のチートがスサノオ大王なのだ。

 そのスサノオ大王の殺気は、俺の心をバッキバキに折りまくって、粉々に砕いてしまっていた。


 俺を圧倒していたフツヌシを、一撃で絶命させた荒神の殺気だぜ?

 心が折れるのもしかたないだろう。


 いかし、そこでのミナの登場は、折れていた俺の心に、再び戦える大きな力を与えてくれた。

 なにせ、2000年以上もの後世に出雲最強の武神、建御名方命(たけみなかたのみこと)として語り継がれる神話の神の助っ人なのだ。


 いつの間にか足の震えは止まっていた。


「わしらも忘れてもらっては困りますな!」


 感慨(かんがい)(ふけ)っている俺の目を覚ますように、戦場に怒声が響き渡った。

 右翼から地面を揺らし土煙をあげて突進してくるのは、オオヤマヅミ将軍だ。

 両手持ちの巨大な十握(とつか)の剣が、短刀に見えてしまうほどの巨体だ。

 山の神の巨体が、その見た目にはそぐわないスピードで突撃してくる。

 その巨大な質量は圧倒的な迫力となり、俺の足をわずかに下がらせた。


「まったく化け物揃いだぜ」


 冷や汗で悪態をつく。

 さて、どうしたものか。


「ムイチ、俺の仕事だ」


 ムル教官が駆け出した。

 背丈を超えるサイズの分厚い鉄板のような大斧を引きずりながら、オオヤマヅミ将軍に向かっていく。

 かっこいいシーンなのだが、口の横にごはんつぶがついてるのが残念な感じだ。


 オオヤマヅミ将軍がムル教官に気づいて、さらに突撃を強めた。


八十神(やそがみ)! フユギヌの息子か!」


「ああ、山のことは木こりにまかせろってな!」


 引きずっていた大斧が、勢いをつけてオオヤマヅミ将軍に襲いかかる。


「ヘイヘーイホォー!」


 巨大な斧が巨大な剣と交差して弾けた。

 でかい火花が見えた。

 鋼鉄と鋼鉄が打ち合った太い金属音は、工事現場の重機同士の衝突を思わせるものだ。


 ムル教官すげえ!

 あのオオヤマヅミ将軍を止めてみせるとは。

 木こりが山に向かう、ある意味で構図としても正しい感じだ。


「オヤジ! 木こりのおっさんを助けてくるぜ!」

 

 そう言ってタカヒコが駆け出した。

 オオヤマヅミ将軍はタカヒコの父親であり、親を越えようとする気概に満ちた力強い光が瞳に宿っている。

 ムル教官とタカヒコの二人なら、あのオオヤマヅミ将軍が相手といえど、そう遅れをとることはないだろう。


 タカヒコに続いて、ムル教官が連れてきたワ国戦士たちが駆け出した。

 オオヤマヅミ将軍の後ろから続く29名のスサノオ大王直属の将軍たちを抑えるためだ。

 ワ国戦士たちの多くがイズモ貴族であり、スサノオ大王直属の将軍たちの子息や親戚すじに当たっている。

 その偉大な強さを一番よく知っているのは彼らだ。

 しかし、彼らは微塵(みじん)もそんなことは気にしていない様子で不敵に突撃していく。


「おまえら・・・」


 国譲りの脅威からワ国を守る戦士たち、それは俺にさらなる勇気をくれた。

 これで右翼の脅威は去った。

 あとは俺たちでスサノオ大王を止めるだけだ。


「ワ国戦士に告ぐ! 絶対命令だ! 死ぬな!」


 俺は突撃する戦士たちの背中に声を振りしぼって叫んだ。


 スサノオ大王は、足を止めてオオヤマヅミ将軍とムル教官の衝突を見ていたが、再びこちらに向かって歩き出した。


「さーて、荒神鎮(こうじんしず)めといきますか」


 俺、ミナ、スセリ、そして残りのワ国戦士20名ほど、第二ラウンドがはじまった。

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