決戦の幕開け
スサノオ大王がフツヌシで国譲りの勅使だと?
なんだよこのイミフ展開は!?
あまりの驚きに思考停止しそうだが、無理やりに叡智の祝福の思考加速と並列思考をフル回転させる。
現代のスーパーコンピューターすら凌ぐ計算速度で、予測とシミュレーションを行うが、なにが起こっているのかまったく理解できない。
あいかわらず混乱製造機だよスサノオ大王は・・・。
「な、うぁお!!」
不意に頭上に迫る十握の剣を慌てて避ける。
スサノオ大王は軽く剣を振っただけに見えたが、俺のいた場所の地面は爆ぜ、大地が剣圧で割れた。
巨大な地割れに俺の魔法で出した水が飲み込まれていく。
俺はその剣風だけで20メートルも吹っ飛ばされた。
地面を転がる痛みや屈辱よりも、スサノオ大王から少しでも遠ざかることができる安堵のほうが先に立つ。
世界一の負け犬だが、相手が宇宙一だから仕方ない。
てか、もはや剣っていうより天災クラスだ。
受ける気なんて微塵も起こらないし、俺の心は二つどころか四万回くらい折られている。
スサノオ大王の背後の空には暗雲が立ち込め、嵐が迫ってくるようだ。
暴風を象徴する荒ぶる神と云われるが、本当に気象すら操ってしまうのか?
いや、スサノオ大王の感情に、世界が呼応しているだけかもしれない。
黒雲の隙間を青白い稲妻が横に走っている。
大きく息を吸って小さく吐く。
楽に殺されるにはどうすればいいか、頭をよぎるそんな弱気な思考を吹き飛ばしたいが材料が無い。
剣を帯びたスサノオ大王の前に立ってしまったことが、すでに詰んでいる状態なのだ。
いや、マジでこの場に立てばわかるって。
とにかく人の形をした死の宣告って感じなのだ。
魔力はかなり回復してきているが、フツヌシとの戦いで疲弊している俺だ。
万全の状態とは程遠い。
万全の状態でも勝ち目がないのに、なにをどうすればいいんだよ?
勝因のかけらさえ見つけることができない。
そして、悪夢は続く。
スサノオ大王の背後に控える30名ほどのフツヌシの配下、その先頭の一人が兜を脱いだのだ。
「お、大山咋将軍!?」
次々と兜をとると、それは三年前にスサノオ大王とともにどこかに消えたイズモ国将軍たちだった。
魔王率いる最強軍団相手にソロかよ!?
無理ゲーがさらに無理になりました。
なぜ、なぜこんなことになってる!?
「国は譲りますから!!」
大声で叫ぶが、返答は無い。
スサノオ大王はゆっくりと俺に向かって歩いてくる。
「うわあああああ!」
背を向けて逃げようとした俺は、いきなり抱き止められた。
やわらかいものに顔が埋まって視界が暗くなる。
「大丈夫ですよ」
ふんわりとした声、よく知っているいい匂い、俺の中で安心感が広がっていく。
それと同時に、全身に力がみなぎってきた。
これは、神話級の回復魔法と補助魔法か?
力は勇気となって俺の全身を満たしていく。
「スセリか!?」
「はい」
顔を上げるとそこには、いつも一緒にいる最愛の妻の顔があった。
大きな瞳にはやさしい光が宿っている。
「ムイチ、遅くなったな」
スセリの後ろからは、ムル教官がおにぎりを食べながら現れた。
訓練所で鍛えたイズモ貴族の軍勢を引き連れている。
バトゥンさんの顔も見えた。
「オヤジ、加勢に来たぜ!」
雷神鋤を担いだタカヒコがニカッと笑った。
タカヒコは大山咋将軍の息子だし、ムル教官が率いる軍団の多くは、スサノオ大王率いるイズモ国将軍たちの子息だ。
イズモ国の新旧対決という構図なのか?
親子の対決になるわけだが、親子ともに動じていない様子だ。
「み、みんな・・・」
スセリが一歩前に出て、スサノオ大王と対峙した。
「父様、なぜイズモを攻めるのです?」
スサノオ大王は答えない。
「オオナムチ様を殺すおつもりなのでしょうか?」
「応」
スサノオ大王がしっかりとうなずくと、スセリの表情が険しくなった。
握り締めた拳から、メキメキと音がしている。
魔王の娘の覇気が、怒りのオーラがゆらゆらと立ち昇る。
「もはやこれまでですね」
スセリ怖い。
スサノオ大王は剣を構えると、弾丸のように突っ込んできた。
大気が歪む。
いや、ダメだろこれ。
大陸間弾道ミサイルでもこれほどの迫力は無いだろ。
死んだ!
そう思った瞬間、スサノオ大王が撃ち落された。
「なんですと!?」
大地が爆ぜる。
また爆発だ。
いやマジ、今日はなんて日だよ。
驚きの連続にも程があるだろ。
誰もが今起こった出来事を飲み込めないでいる。
煙が風に飛ばされると、スサノオ大王が何事も無かったかのように立っている。
ふたたび俺に剣を向けた。
スサノオ大王を撃ち落した人影が俺をかばうように間に立った。
誰だ?
「師匠!」
振り向いたのはミナだった。