最大の死地
5メートル超の巨体、そしてその巨大な大剣によって、フツヌシの間合いは俺の生太刀の間合いの3倍近くもある。
普通なら攻撃できる間合いに近づくことすら苦労するはずだ。
しかし、俺の場合はそんな苦労はない。
なにせ、カワイキュンにもらった天地理矛の間合いは、フツヌシの間合いを凌ぐのだ。
「そい!」
右足で蹴って膝を入れ、腰を回しながら左手の天地理矛を突き出す。
螺旋状に高められたエネルギーが、天地理矛に乗せられてフツヌシに向かっていく。
そして天地理矛は物理的に伸びるのだ。
どういう仕組みなのかはわからないが、念じることで伸縮させることができる。
これによって、3倍近い体格差とリーチ差のフツヌシに対しても、俺のほうが遠い間合いから先制できるのだ。
「憤」
フツヌシはその巨体に見合わない速度で身をかわす。
あっさりと避けられたがそれは予定どおりだ。
間合いを乱して牽制するのが狙いだからだ。
「大国主よ! 奇異なものを振るうなり」
届かないであろう距離からの天地理矛の刺突に、フツヌシも少し驚いたようだ。
しかし、少し驚いただけのようだ。
自在に伸縮する天地理矛に混乱してくれるとよかったが、どうやらそうもいかない様子だ。
「正攻法じゃガタイが違いすぎるからな」
「断ち斬るのみ!」
フツヌシは大剣を振りかぶると、さらに激しく斬りかかってきた。
フツヌシの膂力を載せた大剣は、その膨大な質量と相まって、すさまじい破壊力を生んでいる。
まともに受けたら持っていかれるし、生太刀で逸らしてなんとか受け流す。
小さなミスひとつで致命傷を受けるだろう攻撃の連続に、アドレナリンがどばっと噴出する。
頭が熱くなり神経が研ぎ澄まされる感覚だ。
剣を交えるほどにハイになっていく。
受けてばかりだと流れがフツヌシにいくので、天地理矛で足先と手先を狙う。
攻撃力と機動力を奪うためだが、分厚い鎧にかすらせるのがやっとだ。
巨体のくせに素早いし、無駄のない達人の身のこなしはイラっとさせてくれるぜ。
「あんたが強いのはよくわかった! 小細工させてもらうぞ!」
フツヌシの足元の土を魔法でぬかるみに変える。
足場が悪くなると、体さばきは格段にむずかしくなるのだ。
攻撃の威力も落ちるはず。
「国を乞い請ける勅使である! 全力で来られるがよかろう!」
しかし、次の瞬間、俺はあっけにとられてしまった。
ありえねえ!
ぬかるみの上を飛ぶようにステップしながら、なにもなかったかのように攻撃してきやがる。
水の上を歩いてるというのか?
「なんだよそれ!?」
魔法とかそういうのを使っている様子はない。
ただの体術と足さばきだ。
しかし、その技術が極まっているのだ。
そういえばジジイも水に浮かべた竹の上を走ってたけど、フツヌシもそれをやってるってことか?
巨体で機動力高い達人とか、ちょっとチートすぎないか?
神話の剣神パネェわな。
「うらぁ!」
矛先と剣先から風魔法で衝撃波を撃ち出してみる。
真空の刃は、かまいたちってやつだ。
剣と矛の連撃に魔法の刃を加えたラッシュを仕掛ける。
奥の手にと温存していたのだが、序盤から使うことになるなんてどうなんだよ。
もうそんなに手がねーぞ!?
「さすが国造り大国主よ! 呪いも見事なり!」
「いやいやいや! 頼むから死ねって!」
やばい、フツヌシさん、風魔法が効きやしない。
分厚い鋼鉄をも断つ威力の俺のかまいたちが、全身鎧に当たるがびくともしない。
そよ風くらいにしか感じてないじゃねーか?
ひょっとしてその鎧も神級武具とか?
まあ、天鳥船を空駆けさせてしまう高天原の技術だ。
魔法無効とか、なんてことないのかもしれない。
しかたねえ!
小細工なしの全力だ!
「おらああああ! 破局的洪水!!」
俺の突き出した両手から大量の水が噴出してフツヌシを襲う。
町ひとつ押し流すほどの水量は、俺の無尽蔵の魔力が可能にさせる最大質量の攻撃だ。
これで殺れるとは思わないが、とりあえず水流と水圧でぶっ飛ばしてやる。
迸る水流が、フツヌシを10メートルほど押し流した。
「そうであろうとも!」
裂帛の気合とともに、フツヌシの黒い鎧が赤く輝いて灼熱化した。
なんだこれ怒ったのか!?
フツヌシの全力か!?
大剣を振りかぶったフツヌシのまわりの水が沸騰して蒸発している。
津波や洪水規模の水流だぞ!?
それが当たるそばから蒸発するってありえないだろ。
なにがどうなってるんだ?
いや、落ちつけ俺。
そうだとしても考えることなどない。
魔力が尽きるまで全力で魔法をぶちかますだけだ。
「うおおおおおおおおおおおおお」
湖ができるほどの水を撃ちだした。
水蒸気の煙と増大する水流でフツヌシの姿は見えない。
山だって流しつくすほどの水だぞ。
お願いだから消えてくれ!
「っあ!」
息を吐いて膝をついた。
魔力切れだ。
頭が割れるように痛いし、全身に脱力感がある。
修行で何度も味わった感覚だが、慣れるものではないな。
全力を出しきった。
まわりの谷が水没して、俺の膝まで水につかっている。
水蒸気が濃い霧のようになっていて、フツヌシの姿は見えない。
「やった・・・か?」
俺はたまらず崩れるように尻餅をついた。
あ、しまった。
これダメなやつじゃね?
これって死闘のときに言ってはいけない台詞ナンバーワンじゃないっけか?
やれてないフラグだよなこれ。
でも、もう力出ないわ。
水蒸気の霧が晴れる。
霧の中の巨大な影が俺の予感が正解だと告げている。
当たりたくないときには当たるんだから不思議だ。
てか当たるなよマジで!
「いよいよもって見事なり!」
霧の中から大剣を構えたフツヌシが現れた。
ゆっくりと俺に歩いてくるが、その足音は死刑のカウントダウンを聞かされている気持ちだ。
「ぅああ」
天地理矛が持ち上がらない。
右手で水底に沈んでいる生太刀を探すが見つからない。
尻餅をついたまま後ずさりながら、右手で掴んだ石をフツヌシに向かって投げる。
しかし、石は鎧に弾かれて甲高い小さな音を立てただけだ。
「わああああ」
ついに目の前にフツヌシが立った。
振り上げた大剣を振り下ろせば、俺の人生が終わる感じだ。
恐怖は無いが、負けたくはない。
必死で後ずさりながら策を探すが思いつかない。
「これより後は、幽界を治められるがよかろう!」
くそう、こんなとこで終わるのか?
現代から神話世界にやってきて、国譲りの未来を変えるためにがんばってきたけど、やはり神話は変えられないのか?
死を間近にした集中力で、時間が間延びしているようだ。
俺の命を断つために振り下ろされるフツヌシの大剣が、ひどくスローモーションに見える。
くそう、死んだか!
マジでがんばったんだけどな。
その時、フツヌシの後ろの空から何かが高速で飛んでくる音が聞こえてきた。
フツヌシが振り返るとともに、大音響と100メートルもの水柱を上げて、何かが空から落ちてきた。
「なんだ!?」
隕石か?
いや、水煙の向こうには、黒い影が見える。
「あ、あなた様は!?」
これまで動揺の欠片も見せなかったフツヌシが、後ずさってうろたえている。
何が起きてる?
誰なんだ?
「い、今まさに国譲りと相成るところ! ま」
フツヌシに迫る黒い影が剣を振った。
フツヌシの言葉は遮られ、体が胸のあたりで水平に断たれて上半身が消し飛んだ。
一瞬の出来事だ。
「な!?」
嵐のような剣風に、俺の髪や服が音をたててなびいている。
石なんかが飛んできて痛い。
フツヌシが殺された?
圧倒的な強さだった剣神が、一振りで消し飛んだ?
叡智の祝福の思考加速ですら、目の前の出来事に理解が追いつかない。
「時間切れだ」
歩いてくる黒い影がつぶやいた。
「え? あんたは・・・」
黒い全身鎧、3メートルの筋骨隆々の体、牛のような角のついたフルフェイスの兜。
それは、三年間帰ってきていないスサノオ大王だった。
「オオナムチよ! 良き国を造った」
「スサノオ大王!?」
助かった?
助かったのか!?
よくわからんが、国譲りの勅使であり大将であるフツヌシは死んだ。
しかも、国造りを褒められた?
三年間の苦労が頭の中を駆け巡り、良き国と言葉をかけられたことで頭が熱くなった。
スサノオ大王さえいれば、国譲りなんてありえないし、もう高天原など微塵も怖くはない。
ほんと、この人はいったいどこに行ってたんだよ。
「大王! 助けてくれてありがとうございます」
俺は魔力切れの疲労すら忘れて立ち上がった。
スサノオ大王に頭を下げる。
本当に、本当に感謝の気持ちがとめどなく湧いてきた。
「否」
「え?」
「フツヌシを倒して助けてくれたんじゃ?」
「否」
「え?」
なんだ?
わけのわからないこと言ってるが、なにが起こってる?
「今より我こそがフツヌシ、国譲りの勅使なり!」
「はぁ!?」
この人、何を言ってるんだ?
我こそがフツヌシ?
フツヌシを殺して、自分がフツヌシになったってこと?
「ええええええええええええ!!??」
まてまてまてまて!
助かったと思ったらさっきまでより最悪じゃねーか!
スサノオ大王がフツヌシって、おいそれはどんな自作自演なんだよ!?
どんでん返しってかストーリー破綻してるだろ!
「オオナムチよ! かかるところは戦場なり」
スサノオ大王が少し笑った気がした。
「無理無理無理無理! 国譲る! 国譲る! 無理無理!」
いや無理だから!
スサノオ大王と勝負とか無理ですから!
国譲りますからノシつけてマジで!
ピンチから助かったと思ったら、もっとピンチがやってきた。
俺は人生最大の死地に突入したのだった。